第27話 思ったよりも単純な見落とし(1)
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路地裏に入ると、座標へ向けて転移する。足元に魔法陣を広げて全員を覆い、座標を示す部分を空中で書き換えた。簡単そうに行われているが、かなりの魔力量と技術を必要とする。
大災厄と呼ばれ、大帝国を一夜にして滅ぼしたジルにしてみれば、大した技術ではないのかもしれない。だが芸術的なまでに完成された美しい魔法陣に、ルリアージェは目を輝かせた。人間が使う僅かな距離の転移魔術とは、レベルが違う。
「ん? 興味あるんなら、あとで紙にでも書こうか」
転移しながらの提案に、ルリアージェは頬を赤く染めて興奮した様子で声をあげた。次の瞬間には周囲の景色が変わり、王宮の庭に出現している。
「いいのか!?」
「もちろん、リアが望むなら何でもご用意しますよ」
あまりに嬉しそうな顔をするので驚いたジルだが、すぐに笑みを浮かべて優雅に一礼した。大げさな言葉遣いは騎士と姫君のようだが、隣に少女がいるので絵面は親子だ。
「お早いお戻りでしたね」
そそくさと駆け寄る国王陛下は黒い衣の裾を引き摺っていた。どうやらマントを後ろにつけているようだ。赤い縁取り刺繍がされた黒い生地は艶があり、見るからに豪華な感じがした。
「リシュア、魔法陣を書くから羊皮紙。あとはリアに民族衣装を用意してくれ」
飼い主の出現に尻尾を振る忠実なペット。そんな感想を抱いたライラとルリアージェは顔を見合わせた。いきなり顔を見せるなり国王を呼びつけて命令するジルの神経がわからない。逆に彼にしてみたら、人間の中で地位があるとはいえ、あくまでも配下である以上、当然の状況だった。
「羊皮紙、ですか。ジル様の魔力に耐えられる高品質なものは……」
「ああ、魔法陣を描くが魔力は流さない」
リシュアの懸念を、あっさり一蹴したジルは立ち上がってルリアージェの腕を取る。当然のようにエスコートする姿勢を見せるあたり、本当に独占欲が強い男だった。しかし以前なら転移の際にライラを置き去りにしようとする傾向があったが、今回は何も言わずとも魔法陣にライラを含んでいる。
少しずつ彼も変わっている。その変化に気付いたルリアージェは、素直にジルのエスコートに任せた。
「ルリアージェ様にお渡しになるのですか?」
「気に入ったらしいからプレゼントする」
「それはようございました」
すっかり執事のような立ち位置で、主の恋を応援するリシュアの微笑が眩しい。久しぶりに再会した主の明るい姿に、嬉しくてしょうがないと全身で示していた。
「すぐに用意させます。ドレスや民族衣装はお部屋に運ばせましょう」
ここまで話したところで、城の方から数人の侍従らしき男性が走ってきた。息を切らしているのは、国王に追いつこうと必死だったのだろう。どうやら城内にジルの気配を感じるなり、転移でもした可能性がある。
「陛下、こちらの方々は…」
「さきほど話した国賓だ。国王より重要な立場と心得よ」
「はっ」
かつてはテラレス国の宮廷魔術師筆頭だったルリアージェは、傅かれることに慣れていない。どちらかといえば傅く方であったし、尊敬はされても崇拝の対象ではなかった。むず痒い感覚に襲われながらも、なんとか微笑んで誤魔化す。
「リア、お部屋で着替えましょう」
ライラが無邪気に提案する。王侯貴族は一日に何回も着替えることが多く、目的や相手別に着替える者がいるほどだ。そのため誰も疑問を覚えることなく、部屋に案内された。
当然ながらジルはリシュアに回収されていく。本人は一緒に見立てると騒いだが、リシュアに諭されていた。曰く、女性の着替えに手出ししてはいけません、とか。
反論していたジルだが、ルリアージェに同じ言葉を告げられると肩を落とし、引き摺られるように連れ去られた。今頃はそわそわしているだろう。あまり待たせると飛び込んできそうなので、ルリーアジェは手早く衣装を選び始めた。
「リアは傲慢な振る舞いが苦手なのね」
「そうだな、得意ではない」
「不思議だわ、似合いそうなのに」
ライラが小首を傾げる。以前も彼女は同じような言葉を口にした。ルリアージェの言葉遣いが王族に近いというものだ。
眉を顰めたルリアージェは膝をついて視線を合わせた。
「ライラ、頼みがある」
「ルリアージェがあたくしに? もちろん、頼ってくれていいわ」
嬉しそうな彼女に告げるのは気が引けるが、ここで注意しておかないとまた同じことを繰り返すだろう。ジルに知られるわけに行かないのだ。
「音が漏れないようにしてくれ」
「ええ」
大事な話があると見当をつけたライラは、小さな結界で2人を包み込んだ。長く張っていればジルが気付いて騒ぐが、少しの間ならば気付かれないはずだ。
そっとライラの手を握る。
「私の言葉遣いや振る舞いについて触れないで欲しい。特にジルの前では禁句だ」
「……理由はきかない方がよさそうね」
長く生きているだけに察する部分があるのだろう。ライラは困ったような顔で笑う。その表情は大人びていて、子供の外見に不釣合いなものだった。
「あたくしの名誉にかけてリアの願いを叶えるわね」
「ありがとう」
微笑んだルリアージェの上でぱちんと音がして、結界が弾けて消えた。途端に遮断されていた周囲の物音が聞こえる。侍女たちが忙しく衣装を並べていた。
「どちらになさいますか? リア様のご希望をお聞かせくださいませ」
「ジル様に黒をご用意させていただきましたので、赤や淡い黄色はいかがでしょう」
並ぶことを前提に勧めてくる衣装を眺め、鮮やかな赤に目を奪われた。朱色に近い鮮やかな色の絹に、白や黄色の花模様が描かれている。美しさに誘われて指先が触れると、心得たように侍女たちは他の衣装を片付けていく。
「こちらにいたしましょう」
「ライラ様は瞳の色に合わせて、淡緑をご用意しましたわ」
「リア様の帯はこちらの黄緑、飾り紐は深い紫を用意して」
あっという間に用意された衣装を、丁寧に着せてもらう。かつて宮廷ドレスを着たときに絹には手を通しているが、まったく手触りが違った。織り方が違うらしく、こちらの方が艶やかで肌滑りがよい。
衣装を巻くように帯で留め、飾り紐が付けられていく。銀の髪も紫系の飾り紐で軽くまとめて結い上げられた。ほつれる髪を上手に利用して、髪留めがいくつか差し込まれた。
「こちらをご覧くださいませ」
鏡を示され、機嫌よい侍女たちが促すままに覗き込んだ。母に良く似た女性が写っていた。いつもの自分よりも母に近く見えるのは、晴れ着の影響だろう。何度か瞬きして無言になったルリアージェに、侍女たちは笑顔で褒め言葉を贈ってくれた。
「ありがとう」
はにかんで礼を口にすると、彼女たちはライラに着付けを始めた。子供用の民族衣装は動きやすく、ほどけにくいように作られている。ルリアージェの帯に近い色だが、もっと薄い緑を纏ったライラの帯は銀の糸を使った黒い生地だ。刺繍された細長い生き物は、蛇に似ている気がした。
「ルリアージェは知らないかもしれないわね。龍というのよ、ドラゴン(竜)とは違うの」
説明されて納得した。蛇に手足はないが龍は手が付いており、何かボールを握っている。この辺の説明はあとで聞いてもいいだろう。いつもは足元まで届くほど長い三つ編みにしている茶色の髪をほどき、侍女たちは手早く髪油をつけて梳かした。
くるくる巻いて上手に後ろで纏め上げた。髪が多すぎる分を中央で纏めた髪の両側から流してある。オレンジ色の花を模した飾りが付けられ、額の上に金属の簪が挿された。
「普段のライラと違って……お姫様のようだな」
「あら、リアの艶姿には負けるわ」
互いに褒めて顔を見合わせて笑った。




