第26話 祭りの後の大捕り物(2)
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「スリか、また割に合わない仕事だ」
ぐいっと捻った腕の痛みに悲鳴を上げる青年を、いつの間にか多くの人々が囲んでいた。その表情は厳しいが、どこか同情の色を滲ませている。
「ジル、衛兵に引き渡そう」
「え? 許しちゃうの?」
不満そうに鼻に皺を寄せるジルの子供じみた姿に、ルリアージェはくすくす笑ってしまう。そのまま空の右手を伸ばして整った鼻を指先でなぞり、頬に手を添えた。穏やかな仕草にジルが少し首を傾げる。
「私の財布はお前が取り戻してくれた。あとは衛兵の仕事だろう」
「……ルリアージェって変わってるわ」
確かに、財布を掏られて気付かなければ腹が立つ。ぶつかられた肩も少し痛かった。けして気分がよい状況ではないが、ここまで痛めつける程怒っていない。
街の人々の顔を見れば、この青年になにか理由があるのだと察するのに十分だった。理由があれば許されるわけじゃないし、スリは立派な犯罪だ。だから衛兵に渡すという解決方法を提示した。ジルの言葉通り許す気があれば、自分の財布を取り戻した時点で放り出しただろう。
「そうか? 私はこのまま祭りを楽しみたいだけだ」
「確かに、コイツに構ってる時間がもったいない」
「あたくしは、リアの決定に従うわ」
収まりかけた場に、衛兵が駆け寄ってきた。その姿を見るなり、民族衣装で着飾った人たちが声を上げる。
「離してやってくれないか」
「彼は捕まるわけにいかないの」
「詫びなら、おれ達がするから」
口々にジルが手を離すよう促してくる。ちらりと窺うジルの眼差しに、了承の頷きを返した。無造作にジルが手を離す。地面に転がった青年が必死に身を起こして、地を這うように逃げ出した。
民族衣装の人々が盾になる形で彼の身を隠して逃がしている。衛兵が駆けつけた時には、すでにスリの姿は跡形もなかった。
「スリが出たと聞いた。どこだ?」
「悪い、押さえられなくて逃げちまった。この財布はすべて盗難品だ」
ジルは平然と財布の山を指差して説明を続ける。一瞬不思議そうな顔をするが、嘘だと断定する証拠がない。ましてやジルやルリアージェの格好は、他国人だと判断するに十分だった。この国の人々の大半は、民族衣装を着用しているのだから。
「他国民か?」
「ああ、観光客だ。ぶつかってきたので捕まえたら財布を捨てて逃げた」
「聴取を……」
「外見なら大柄で筋肉質な男だ。大きな槍を持ってたぞ」
ぺらぺら適当なことを並べ、肩を竦める。聴取で時間を潰す気はないと示せば、祭りの時期だけに衛兵も強く出られない。祭りによる観光収入は大きく、他国に妙な噂が広まったら目も当てられなかった。
「わかった。協力に感謝する」
「はい、お疲れさん」
顔色ひとつ変えずに嘘を通したジルは、ルリアージェと腕を絡める。反対側の手を握るライラがにこにこ笑いながら促すと、そのまま現場を離れた。周囲の国民に聴取をしているが、同じ答えしか返らないだろう。何しろ、逃がすことを望んだのは彼らだった。
「お兄さん、さっきは助かった。これは礼だ」
近くの屋台のおじさんが飲み物を差し出す。泡の出ている透明な液体は、アルコールの匂いがした。どうやら酒らしい。少女のライラに気付くと別のコップを差し出した。
「お嬢ちゃんはこっちか」
「ありがとう」
礼を言って受け取ったコップの中身は白く濁っており、甘い匂いがした。
「甘酒って言ってな。肌にいいぞ」
「肌にいいの? なら、リアにあげるわ」
ライラは無邪気にコップを手渡す。解いた手に受け取ったコップを恐る恐る口に運んだ。どろりとした飲み物だが、不思議とすっきりしていた。甘すぎず、飲みやすい。何より冷やしてあるので、デザートのようだった。
「美味しい。半分残したから飲んでみろ」
ライラの茶髪を撫でて残りを返した。初めてなのか、ライラもゆっくりと口をつけて一気に飲み干した。コップを差し出せば、おじさんが回収する。
炭酸の透明なコップは、ジルが飲んでいた。彼の言葉によれば強い酒なので、女性にはお勧めしないとのこと。素直に頷いておく。
コップを返しながら、ジルはさらりと切り出した。
「ところで、さっきのスリを街の連中が庇う理由はなんだ?」
「……悪いことをしてるが、アイツは孤児を養ってるんだ。俺たちも食べ物を差し入れたりしてるが、金が足りてない」
おじさんの暗い顔に、ルリアージェとジルは顔を見合わせた。この国は戦火に焼かれていない。戦自体も騎士や兵が行っており、ほとんど一般の民は参加していなかった。養いきれないほど多くの孤児が発生する理由がないのだ。
これが他国ならばわかる。数年前まで激戦を繰り広げたウガリスやツガシエ国ならば、多くの孤児がいるだろう。リュジアンやアスターレンにも逃げた難民が流入していた。しかし離れているサークレラに難民は辿りつけない。
食料やテントなど旅支度もない難民が、一番離れた西の国にたどり着く可能性はゼロに近かった。
「どうして、孤児が…?」
街は豊かに繁栄している。国の舵取りはしっかりリシュアが握っており、特におかしな政をしているように見えなかった。彼にとってこの国は、愛した妻と子のために守り抜いた宝石のようなものだ。大量の孤児が生まれるような失政をしている可能性は低かった。
素直に驚いたルリアージェだが、周囲を見ていたジルは淡々と状況を判断して呟く。
「他国からの流入だ。この国の民はほとんど同じ色の髪と目をしている。他国から来た連中は色で分かるし、そいつらに国からの保護はない」
言い当てたのか、おじさんは目を瞠った。隣の屋台のおじさんは、焼いている肉の存在を忘れているらしい。肉の焼ける匂いに焦げ臭さが混じってきた。
「おじさん、焦げてるわ」
指摘されて、慌てて肉をひっくり返す。基本的に身内以外に興味の無いジルは、自分の発言を忘れたようにルリアージェの手を引っ張った。
「あっちの屋台で魚食おうぜ」
「……ジル」
頭を押さえて彼を制しようとするルリアージェだが、店のおじさんは「それでいいんじゃないか? どうしようもないんだ」と寂しそうに呟いた。何度か国に掛け合ったのかも知れない。だが行政は動かなかった。
スリは犯罪だが彼らが生きていくための必要悪、と街の人々は捉えているらしい。あの青年が帰らなければ、孤児の面倒を見てくれる人がいなくなる。それはすなわち、孤児の死を意味していた。
積極的に助けてやるほど裕福ではないが、見殺しにするほど薄情じゃない。この国の人々が出した結論なのだ。
「ジル、戻ろう」
「え? やだ」
ルリアージェが戻ると言い出した理由が、孤児の救済を願い出ることにあると知っていて、ジルは即答で反対した。リシュアの治世に口出しする気はないし、自分が何か求めれば命令になってしまう。祭りを楽しむために街に下りてきたのに、顔も知らない他人が理由で諦めるのは嫌だった。
子供の我が侭そのものだ。
「リシュアが民族衣装を用意してくれた頃だろう。着替えて夜にもう一度来ればいい」
ここ数ヶ月の付き合いしかないが、ルリアージェはジルの操り方を覚えていた。彼は自分の欲が絡めば動く。さきほどルリアージェに民族衣装を着せようとしたのなら、着てやると言えば大人しくついてくるはずだ。ましてや彼はルリアージェを着飾ることに執着している。
「着替えるの? なら帰ろう」
一瞬で決まった話に、ライラが口元を押さえて笑う。子供の外見だが、ジルに比べたら中身はだいぶ大人だった。封じられたジルの1000年は瞬きの間であったというから、きっと時間の流れはなかったのだろう。外で生きてきたライラの方が精神年齢は高かった。