第26話 祭りの後の大捕り物(1)
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肉の香ばしさに釣られて屋台に立ち止まる。屋台で売られる肉類は串に刺したものが多いので、この店のように竹の器に載せた細切れの肉は珍しかった。
「いらっしゃい、美人さんだね。サービスするよ」
「では1皿」
褒められれば誰だって悪い気はしない。匂いにつられて立ち止まった時点で、購入しようか迷っていたのでいいきっかけだった。
「リア、オレも」
「追加で…2皿」
期待のまなざしを向けるライラに気付いて、2人分を注文する。受け取る際に細長い棒を2本ずつ渡された。少し考えて、素直に尋ねることにする。
「これはどうするんだ?」
「ああ、外の人かい。これは箸って名前で、こうやって挟んで食べる道具だ」
器用に右手で2本の棒を操る屋台の親父さんの真似をして、ぎこちなく挟んで口に運ぶ。落ちる寸前で口が迎えに行き、なんとか食べることができた。初体験にしては上手に出来たと満足しながら振り返れば、ジルやライラは慣れた様子で箸を扱っている。
「……慣れてるな」
「あたくしはこの国に何度か来ているもの。鮮やかな花模様の衣装を仕立てたことがあるわ」
「民族衣装か? リアにも似合うと思うが、リシュアがもう用意してそうだな」
数千年を生きる彼らと張り合う方が愚かなのだろう。釈然としない気分だが、もう一度箸で肉を掴む。香辛料でピリ辛の肉は食欲を促進する。美味しいものを食べると、些細な不快さなど吹き飛んでしまう。
「民族衣装とは、あれか?」
屋台から少し離れた木の根元で食べながら、道を歩く女性を指し示す。華やかな赤い布は、色取り取りの花がちりばめられていた。流れる水のような模様や、舞い散る花びら、鞠のような絵が美しい。
「リアなら紺や黒の濃い色が似合いそうだ」
「深紅でもいいわね、あと、緑はどう?」
「いっそ購入するか」
さきほどリシュアが用意すると予測していたくせに、ジルは自分が見立てて購入するつもりでいる。彼の金銭感覚は異常だった。金に糸目をつけず、気に入れば買ってしまう。それが可能なだけの宝石を山ほど持っているが、すべて魔性を封印した際の封印石のため、魔術の媒体として重宝がられるのだ。
宝飾品用に流用される数より、魔術や魔法陣の媒体として高値がついていた。市場規模を上回る量を保有しているジルがうっかり売りすぎれば、市場価格が崩壊しかねない。
「いや、服はいい」
以前、お姫様気分で着飾ろうと彼が奮発した際のジュエリーやドレスも大量に残っていた。サークレラの舞踏会に出ても恥ずかしくない上質なドレスばかりだ。
「そう? まあリシュアに任せるか。この国の衣装は色合わせが独特で難しいんだよなぁ」
言われた通り、ドレスであればあり得ない色の組み合わせも多数見受けられる。違和感なく美しさを保っているバランスは見事だった。
「確かに不思議な色合わせだ」
「サークレラの初代王妃の好みが反映されてるの。独特な感性で、あたくしは彼女にもらったスカーフをまだ持っているのよ」
ライラがひらひらと取り出して見せたスカーフは、確かに珍しい色合いだった。全体に緑の淡い色がぼかしながら広がるが、中央に紫の花が描かれている。茎は赤、葉の色は青で縁に金があしらわれている。絶妙なバランスで、配色されたスカーフをライラは首にくるりと飾った。
「特別なときだけ着けるの。古すぎて痛んでしまうから」
どうやらリシュア国王の愛した初代王妃と仲が良かったらしい。大切にされたスカーフは、色褪せることなく美しさを保っている。
すこし強い風が吹いた。白い花がひらひらと花びらを落とす様が、まるで雪のようだ。鮮やかな民族衣装と振り続ける花びらが、幻想的な景色を生み出した。
「この国は戦がなかったから、国民も穏やかなのだな」
他国との戦を外交で回避してきた国王のおかげで、戦火に焼かれることがなかった。ここ数百年で、一度も他国の侵略を受けていない国はサークレラのみ。
実力行使で戦を仕掛けることも可能なリシュアが、人の世のルールに従い上手に舵取りをした結果だった。常に中立を守るこの国は、しかし攻め込む他国に対して容赦をしない。攻め込まれなければ手を出さないが、一度でも攻撃の拳を振り上げれば強烈な反撃で叩きのめしてきた。
魔性らしからぬ手法は、この国を確かに守ってきたのだ。
「この竹の器は捨てるのかしら?」
きょろきょろと周囲を見回すライラへ、地元のおじさんが声をかける。しゃがみこんで目線を合わせる仕草は、子供の相手に慣れているようだった。
「お嬢ちゃん、器は店に返すといい。僅かだがお金が返るぞ」
「本当? 素敵な方法だわ。ありがとう」
素直に子供のフリをして応じるライラが手を振り、おじさんを見送った。他国民に優しいのは、サークレラの政情が安定している証拠だ。
「では返しに行くか」
「リア、手を繋いで」
子供の外見で手を伸ばされると、1500年も生きた『大地の魔女』と呼ばれる魔性だと知っていても、ルリアージェは甘くなってしまう。手を繋げば、反対の手から器を奪われた。2人分の器を持ったジルが、当然のように手を繋ぐ。
3人で並んで歩くことになり、祭りの喧騒の中では少し邪魔だろう。だが祭りで逸れないよう手を繋ぐ親子も少なくないため、微笑ましげに見送る人がほとんどだった。なんだか擽ったい気分になる。
「おじさん、この器はここへ返せばいいの?」
「こっちだ。ありがとうよ、お嬢ちゃん。3つか?」
ライラが無邪気に尋ねると、店の親父さんが手前の籠を指差した。この中に入れるらしい。
「ああ、3つだ」
ジルが応じて籠に入れると、親父さんが小額の硬貨を差し出した。受け取るライラが数えると、最初に払った代金の1/3に当たる。3人で食べて入れ物を返せば1人分が無料になる計算だった。
「随分返ってくるのね」
正体を知らなければ、可愛らしい少女であるライラの弾んだ声に、店の親父さんが笑いながら仕組みを教えてくれた。
「王様のお達しでな。串や器を回収して使う店は、材料を安く売ってもらえるんだ。首都だけの仕組みだが、近々他の街でも始めるらしい」
「立派な考えだ」
「そうだろ、おれんとこの王様は最高だ」
自国の王が褒められて、ここまで喜ぶ国民は少ない。それだけ彼が国民に対し、真摯に向き合った証拠だった。ジルがなぜか得意げな顔をしている。
「他のお店でも串や箸を返すと、金や物がもらえるからな」
親切に教えてくれた親父さんに手を振り、他の観光客と同じように流れに乗って歩く。広く作られた道は舞った花びらで白く染まっていた。
「綺麗だな」
何度も同じことを思い、何度も同じ言葉を呟く。それだけ見事な景色だった。見上げながら歩くルリアージェの肩に誰かがぶつかる。と同時に、ジルが動いた。
「いててっ」
ルリアージェの肩にぶつかった青年の腕を捻るジルは、そのまま彼の膝を地につけた。ぐるりと回る形で押さえ込まれた腕が痛いのか、青年の顔色は青い。この国の民族衣装を着ている様子から、リシュアの国民だと思われた。
「ジル、やりすぎだ」
「何言ってるんだ、殺さないだけありがたいと思え」
ぶつかったくらいでそこまで……そう思ったルリアージェだったが、民族衣装の袖から落ちた財布に眉を顰める。見覚えは無い、が。慌てて自分の懐を探ると、ローブの下でベルトに括っていた財布がなかった。巾着型の財布は紐だけが残っている。
「うーん、コレじゃないな」
唸りながらジルがさらに腕を捻ると、暴れた青年の懐や袖から大量の財布が落ちた。その中に見覚えのある黄色い財布を見つける。
「あった!」
拾い上げた財布は、無残に紐が切られていた。だが掏られたばかりだったため、中身は無事だ。ほっとしながら紐をベルトに結わえ直した。




