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第25話 花の国の物騒な王(1)

 この謁見の間はガラス自体に紙を通したような効果が与えられており、眩しい日差しは直接入らない。透明なガラスが主流の他国と違い、この国では間接照明や柔らかな光が好まれた。川の流れや花を繊細に刻んだガラスが高級品として珍重される。


 この国の輸出産業となっているため、他国の王族や貴族のが、部屋に模様ガラスを使うこともあるらしい。以前若き王太子(現テラレス国王)に自慢された記憶が過ぎる。かなり高額で輸出されるため、金や宝石と同等の価値があると聞いた。


 ステンドグラスに似た優しい光が降り注ぐ広間で、国王リシュアは穏やかな表情で首を横に振った。顔立ちは整っているが、すこし優しすぎて幼く見える。


「いいえ、我が君の御前に立つなど」


「いいから立て。いつまでオレを待たせる気だ。命令されたいか?」


 笑いながらジルが促せば、ようやくリシュアが手を取った。身を起こした青年は、ジルとほとんど身長の変わらぬ長身だ。すらりとした手足は細く、国王としてみれば頼りなく感じられた。


 珍しい緑がかった艶の髪は良く見れば、黒より少し明るい。よく見れば左右の瞳の色が違い、左は明るい緑だが、右は髪色に近い暗い色をしていた。


「お久しぶりにございます」


「オレには1年くらいの感覚だが、お前は長かったな」


 ぽんと肩を叩いて、ルリアージェに向き直った。銀の髪へさらりと触れてから肩を抱く形で引き寄せられる。サークレラ国王が明暗の瞳でルリアージェを捉えた。


 虹彩異色症(ヘテロクロミア)と呼ばれる珍しい色の瞳に、視線が吸い寄せられる。失礼だと思いながら、ルリアージェは目を離せなかった。


「リア? ああ、そうか」


 納得したジルが手でルリアージェの視線を遮る。途端に、ルリアージェは不思議な開放感に包まれた。ほっと息をついて肩を落とす。


「……っ、申し訳ございません。瞳のことを失念しておりました」


 リシュアが慌てて視線を伏せた。


「オレ達は効かないし、しょうがないだろ」


 苦笑いしたジルが手を離すと、リシュアは頭を下げたままだった。他国の王が頭を下げた状態で、ルリアージェはどう対応したらいいか迷う。見上げた隣の男は肩を竦めて説明してくれた。


「リシュアは左右の目の色が違う。この瞳が厄介で、リシュアより魔力が低い者は魅入られる。端的に言えば催眠状態に近いな。リアは人だから影響を受けるが、オレやライラには効かない」


 魔力の絶対値の問題なので、種族も関係ないのだと聞かされて納得する。あの吸い込まれるような感覚は、魅了の力らしい。


「失礼いたしました。我が君、こちらのご令嬢は…?」


「ルリアージェ、オレの主になった人族だ」


「は?」


 失礼だと考えるより早くリシュアの口から声が漏れた。驚きすぎて、ジルの顔を正面から凝視している。まるで彼の意図を表情から読み取ろうとするように。


 明るい広間に間抜けな声が響き渡り、ライラはくすくす笑い出した。磨かれた美しい木目の床が、柔らかな光を受けて足音を響かせる。こつこつと音をさせて近づいたライラが、ルリアージェの手を取った。


「200年ぶりくらいかしら、リシュア。あたくしもリアを主と仰いだのよ」


 これからは仲間ね。そんな言葉を呆然としながら聞いたリシュアの頭の中は、真っ白だった。聞いた言葉が右から左へ流れていき、留まる様子はない。


「我が君の、あるじ?」


「そんなに驚くなんて失礼だぞ、リシュア」


 なんと声をかけたらいいか迷うルリアージェを他所に、ジルは少し不満そうな顔を作る。慌てて頭を下げたリシュアが「申し訳ありません」と謝罪を口にした。


 少し離れた玉座から、王冠が転がり落ちる。カランと金属音を響かせて床に転がる王冠は、リシュアの動揺を示しているように見えた。


「……他の者は知っているのでしょうか」


 国王の威厳など感じさせないリシュアの声は弱弱しい。確認する言葉にジルは容赦なく楔を打ち込んで塩を塗った。


「リオネルは知ってるが、パウリーネはまだ封印されたままだ」


「2人も解放するほど魔力が戻ってないものね」


 笑いながら指摘するライラは、繋いだリアの手を振ってご機嫌だ。


 ジルの左右のピアスにそれぞれ眷属が封印されていた。右の赤はリオネル、左の青はパウリーネだ。最初にリオネルを解放したのは、影を操るリオネルの方がレンの追跡に向いていたから。次に魔力が満ちたときは、パウリーネを解放する予定でいる。


「あたくしが手を貸してもよくてよ?」


「冗談、お前に借りを作る気はないね」


 ライラの提案をジルはあっさり却下した。目の前のリシュアの魔力をすべて借りれば足りるだろうが、国王としてサークレラを統治する彼が消えるのは問題だろう。そこまで急いでいるわけではない。


「では私が」


「いや、それもいい」


 リシュアの申し出も断る。自分勝手で奔放なジルは、サークレラの未来ではなく「国王崩御になったら祭りがなくなる」心配をしていた。ルリアージェが楽しんでいるのだから、それより優先する事項はない。


「祭りを楽しみに来ただけだ。お前はまだ国王するんだろ? だから宿だけ手配してくれればいい」


「宿、ですか? 王宮に部屋をご用意いたします」


「……それでもいいか」


 妥協した風に呟くジルだが、本来は宿の手配より大ごとだ。祭りに繰り出し、夜は寝るために王宮に戻る観光客など常識の範囲外だった。


「ジル、王宮に泊まる気か」


 非常識だと告げるルリアージェが溜め息をつく。国王直属の騎士に馬車に乗せられた辺りから嫌な予感がしたが、やはりとんでもない展開になった。

「何か問題あるか?」


「問題だらけだ。私は手配された身だぞ」


 自分から告げるのも情けないが、ジルを解放した際に壊した国宝の金剛石の所為で追われる身なのだ。目立ちすぎる。ルリアージェは他国で指名手配される身分で、サークレラ国王が国賓のような扱いをすれば戦の引き金になりかねない。


「どちらの国で手配が?」


「テラレスとシグラ、ウガリスだ」


 少し考えるように宙を睨んだリシュアは、すぐに柔和な笑みを浮かべた。


「問題ありません」


「あと、もしかしたらアスターレンも……」


 わからないが、首都を滅ぼしかけたジルとルリアージェが手配された可能性はある。恐る恐る追加するが、リシュアは笑みを崩さなかった。


「問題があれば滅ぼしてしまえば良いだけです」


「お、いいこと言うな~リシュア」


 ぽんと手を叩いて嬉しそうに相槌を打つジルは、もともと過激な性格だと知っているから今更だが……まさか国王として1000年も君臨した人物がここまで物騒だと思わなかった。愕然とするルリアージェは、ぶらぶらと手を揺らしているライラに目を落とす。


「あたくしも、滅ぼしてしまえばいいと思うわ。リアの邪魔をするのでしょう?」


「そろそろ子孫に国を預けてもいいでしょうし、退位する前の最後の戦ですね」


「ちょっと暴れるか」


「我が君のお手を煩わせるまでもなく、私が処断いたします」


 まずい……そう思って口を開くルリアージェは、人族最後の砦だった。彼女が止められなければ、数カ国を巻き込んだ戦争が始まる。下手すれば9つの国がすべて参戦する大戦だった。


「待て!」


 不思議そうに首を傾げるジル、穏やかな笑みで視線を伏せるリシュア、ライラは無邪気に笑っている。人間社会を滅ぼしかねない相談をしていたとは思えない。


「……頼むから、やめてくれ」


 搾り出した必死の懇願に、人外達は顔を見合わせて不満そうな顔をする。だが逆らう気はないようで、納得できないながらも受け入れてくれた――。

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