第24話 花祭りでのご招待(2)
軽い口調で語られた内容は、思ったより壮大だった。実際に歴史を目の当たりにしてきたライラの言葉に疑う余地はない。
主人であるジルに追い返されたリシュアは我が子の国を滅ぼされ、末裔に新たな国を興させた。その国を保護し続け、今も国王として君臨しているらしい。
「彼自身が国王なのか?」
子孫のための国なのに、どうして彼がずっと国王だとライラは言い切ったのか。ルリアージェの疑問に対する答えをジルは持ち合わせていない。両手を挙げて知らないと示すジェスチャーのジルが、ライラに目を向けた。
「簡単よ、彼の子孫は血が薄まりすぎてしまったの。今では、一般の人より少し魔力が多い程度の人族よ。だから国を護るためにリシュア自身が国王を続けている。見た目を幻影で偽って、老いては生まれる姿を繰り返してるわ」
狐尻尾をぬいぐるみのように抱き締めた少女は、くすくす笑いながら隣のルリアージェに寄りかかった。がたんと馬車が大きく揺れる。椅子から落ちそうなライラを、咄嗟にルリアージェが抱き留めた。羨ましそうなジルの視線を無視して。
「面倒なことしてるな」
「確かにね。興味深いので顔を見せたことがあるのだけれど、追っ払われたわ」
……ちょっかい出したのか。ルリアージェが顔を引きつらせる。
これは顔を出した途端に、ライラがリシュアという魔性に攻撃される可能性が出てきた。ジルが止めてくれるといいのだが、最悪は自分が盾になれば大丈夫だろう。
ルリアージェの考えを知らず、ライラはさらに続ける。
「酷いのよ。リシュアったら、あたくしを見るなり巨大な氷を投げるんですもの」
「ああ、アイツは見た目より過激だからな。おまえを敵だと認識したんだろうさ」
何しろオレを封じた協力者だから。手加減とは無縁の人物のようだ。
封じられた本人と封じた当事者は、けろりと話を続ける。遺恨を残して憎しみ合えばいいと思わないが、あまりにもあっさりしていた。実力がすべての世界に生きる彼らは、そこまで拘らないのだ。
逆に直接戦わなかったからこそ、リシュアは怒りと恨みを募らせたのだろう。ジルの様子を見るに、ライラに攻撃する前に止めてくれそうだと判断して、ルリアージェは表情を和らげた。
ライラが一緒に行動するようになって、ジルは本性で接してくれている。そのことがルリアージェには嬉しかった。
もしこの話をルリアージェがしていたら、必死でジルは訂正しただろう。ライラが来てからではなく、アスターレンで本性を見せた時からだ。ルリアージェがジルの羽を褒めたことが影響しているのだが、本人に自覚はなかった。
「なぜジルへ迎えを寄越したんだろう」
ルリアージェの疑問に、魔族2人は小首を傾げる。彼らの姿から、ルリアージェの発言に疑問がわいたのだと知れた。
「どうした?」
何か言いたげな彼らに水を向ける。長い黒髪の先を指先で弄るジルは素直に答えた。
「リアが疑問に思う理由がわからない」
「リシュアはジルの配下だもの、迎えを寄越すより自分が出向くべきだわ」
大きく馬車が揺れる。沈黙が落ちた馬車の中で、ルリアージェは眉を顰めた。
「認識の違い、か」
「オレの魔力を感じれば、アイツは飛んでくる。だが確信が持てないか、立場的な問題があって動けないんだろう。別にリシュアに挨拶する必要はないけどな」
「それはそうよ。ジルが主だもの」
ライラの価値観では、主であるジルがリシュアに呼ばれるという形式が気に入らないらしい。逆にジルは形に拘らないが、リシュアと再会する必要性そのものを感じていなかった。
本当に自分勝手な種族だと実感する。人族が感じる不義理や失礼な行為も、彼らはそれほど重視しないようだ。その割りに相手の態度ひとつで激昂する。その境目が分かりづらい。
「国王ならば、うかつに動けないのかもしれないぞ」
擁護するルリアージェに、ライラはすぐに意見を翻した。
「そうよね、あたくしも同意見だわ」
「……露骨な擦り寄りしやがって」
歯に衣着せぬジルは不満そうに吐き捨てる。ルリアージェにしてみれば、彼の発言も言葉ほど棘を感じない。羨ましいと指を咥える子供のようで、微笑ましかった。
ガタン、大きく馬車が揺れて止まる。ノックする音がして、外側からドアが開いた。
「お待たせいたしました。陛下がお待ちでございます。どうぞこちらへ」
騎士達がルリアージェとライラへエスコートの手を差し出すが、ジルが遮った。馬車の階段を一段下りたところで止まり、ルリアージェに手を伸べる。受けた美女をゆったりとおろし、自分も後に続いた。
残されたライラが不満げに頬を膨らませると、苦笑いして抱き下ろしてやる。ルリアージェと腕を組んで歩きだすジルを、騎士は恭しく案内し始めた。国王に相当厳しく言われているのだろう。国賓並みの扱いで城へと招かれた。
テラレスは鮮やかな原色を好み、アスターレンは白や青、煉瓦色を中心に街を作る。ジルの城は漆黒で統一され、一部に淡い色を配した上品なものだ。サークレラは、今まで見たどの城とも違っていた。
乳白色の柔らかな壁や天井、床は艶のある黒檀だ。高価な黒檀をふんだんに使うため、派手ではないが金額は計り知れない。
「凄いな」
封印石や魔石と呼ばれる宝石で飾る他国と違い、自然から得られる貴重な素材を生かした城に感嘆の声がもれる。ジルの城とは違った品の良さがあった。
ガラスの窓の内側に、特殊な紙を用いた窓枠が嵌っている。柔らかな明かりが差し込む廊下は、しんと静まり返っていた。まるで教会や聖堂のような凜とした空気が満ちる。
ひそひそと話をするのも憚れる厳粛な雰囲気だった。
謁見の間へ続く扉は開け放たれている。ほぼ正方形の部屋の奥で3段持ち上がった黒絨毯の上に、青年は立っていた。まだ若く見える。30歳前後だろうか。
絨毯の上に2客の椅子が用意され、人の身長ほどの大きな背もたれが目を引く。その椅子に座らず、王冠を被った青年は豪華なマントを翻して前に出た。
「扉を閉めよ」
王冠を被った青年の声に、騎士は一礼して扉を閉じた。途端に王冠を椅子の上に放り出し、マントを脱ぎ捨てて駆け寄る。腰まで届く長い黒髪は、よく見れば緑色の艶を帯びていた。神秘的な髪色は、サークレア王族の特徴として他国にも知られている。
「っ……」
驚いて礼をとるのも忘れたルリアージェを他所に、青年はジルの足元で膝を折った。そのまま黒衣の裾を持ち上げて接吻ける。騎士が忠誠を誓う姿にも、服従する下僕にも見えるが、青年の表情は歓喜に満ちていた。
「我が主よ、1000年の長き封印よりの復活をお祝い申し上げます。また過去の温情に御礼を……」
「リシュア」
淡々とした声で国王の言葉を遮る。先ほど人払いをしているからいいが、もし騎士や他の貴族がいたら大騒ぎだっただろう。それ以前に国王がどこの馬の骨とも知れない男に膝をつく姿の方が、大きな問題だったか。
「はい、我が君」
言葉を遮られても嬉々として応じるリシュアの前に、ジルは手を差し出した。驚いて顔を上げるリシュアの前で、ひらひらと手を振る。
「ほら、起き上がれ。リアがびっくりしてるだろ」
言葉もなく呆然と成り行きをみていたルリアージェは、突然名を呼ばれて肩を揺らす。苦笑いして「そうよね、こういう熱い奴なのよ」とぼやくライラに緊張感は欠片もなかった。




