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第24話 花祭りでのご招待(1)

 遮る屋根にぶつかることなく、大きく枝を広げたサークレラの木々は15mに達する大木ばかりだ。寿命が200年ほどの木は順番に植え替えるため、立派な並木を誇ると聞いたが、ただただ圧巻で見事の一言に尽きる。


「これがサークレラか」


 本で読み話を聞いても、実際に目の当たりにしないと分からないこともある。白い花が咲くこの季節は複数の祭りが盛大に催され、祝いの時期とされていた。そのため他国から観光に訪れる者も多い。


「あ、宿がない」


 この時期に宿がほぼ塞がってしまう。空室がある宿は問題があることも多く、ルリアージェはうーんと唸って考え込んだ。初めて来る国に知り合いがいるわけもない。宿泊先のあてなどなかった。


「ん? 問題ないぞ」


 ジルが平然と切り返す。


「この辺りはリシュアの領地だから、転がり込めばいい」


 聞いたことのない名前が飛び出し、眉を顰めた。嫌な予感がする。そんなルリアージェの懸念は、当然ながら現実となった。


「リア、この串揚げ美味しそうよ」


 いつのまに出歩いていたのか、ライラは無邪気に串揚げが数本包まれた紙袋を見せる。テラレスでは串揚げにはタレをかけるのだが、サークレラは違うらしい。鮮やかな緑の塩が別に添えられていた。緑色は刻んだハーブの葉のようで、香辛料の良い匂いがする。


「ジルにも分けてあげるわ」


「はいはい、ありがとうよ」


 年の離れた兄と妹のようなやり取りをしながら、大通りに置かれたベンチに腰掛ける。木製のベンチは急ごしらえの簡易用で、座ると少し揺れた。真ん中にルリアージェを座らせ、左右に彼らは陣取る。


「ジル、リシュアというのは……」


「オレの配下で、唯一封印されなかった奴だよ」


「そうね、彼は動かなかったもの」


 まったく事情が理解できないルリアージェは、諦めて串揚げを口に運んだ。さくっとした歯ごたえと野菜の濃い味が口中に広がる。ハーブ入りの緑塩が野菜の味を引き立てていた。


 串揚げは4つの素材が刺さっており、どうやら2つ目は肉のようだ。野菜と肉を交互に刺してあるのかも知れない。


「美味しいな」


 気に入ったルリアージェの声に、ライラが嬉しそうに笑う。紙袋には10本ほど残っており、機嫌よく紙袋を差し出した。


「何種類かあったので、いろいろ買ったの。肉は四角で、魚は三角、丸いのは甘いらしいわ」


「素材で形を分けたのか、見た目で区別できるのは便利だ」


 迷って魚の串を手に取る。三角が5つ重なった串揚げは、2種類の魚が使われていた。上を見上げればサークレラの白い花、木漏れ日が心地よい。


 サークレラの木は寒い季節に葉を落とし、蕾と花だけが先に芽吹く。花が満開を過ぎると、徐々に葉が茂り始めるのが特徴だった。


「懐かしいな」


「そうね、よく神族の都で『お花見』したもの」


 海辺で育ったルリアージェは知らないが、彼らは春のこの祭りを良く知っているらしい。長く生きたジルやライラにとって、形は違えど花を楽しむ祭りは懐かしい行事なのだろう。


「お花見?」


 聞き慣れない言葉を尋ね返せば、ジルが2本目の串を食べながら話し始めた。


「元は神族の都に植えられた花木なんだよ。あいつらは白が好きだから、好んで植えてた。春先に一気に芽吹いて僅かな期間で花びらを散らす。その短い数日を花見と名付けた祭りで浮かれて過ごした。こうやって花の下に席を設けて、のんびり飲み食いするんだ」


 紫色の瞳が細められた。過去を懐かしむジルの穏やかな様子に、ルリアージェは頬を緩ませる。壮絶な過去を聞いたので、こうやって懐かしむ姿を見せてくれるのは素直に嬉しかった。


「そうか」


 穏やかな時間が過ぎて行くかに思われたが、大災厄たるジルに平穏と言う単語は似合わないようだ。3人の騎士がこちらへ歩み寄ってきた。


「そこの方々」


 ベンチに座ったルリアージェ達の前で立ち止まった騎士は、丁寧にも身を屈めて話しかける。不思議なことに全員が同じ髪色だった。黒に近い濃いグレーの髪と瞳を持つ彼らは、顔立ちもどこか似ている。兄弟なのかも知れない。


「何でしょうか?」


 相手が屈んでくれたため、立ち上がることなく返すルリアージェだが、騎士達はジルの顔をじっと見つめて膝を折った。明らかにジルを上位者と見て対応している。跪いた騎士達は頭を下げ、その中の一人が口を開いた。


「ジフィール様とお見受けします。主の命を受け、お迎えに上がりました」


「わかった、ご苦労」


 平然と受け流し、ジルがルリアージェの腰を抱いて立ち上がる。ライラはしっかりルリアージェと左手を繋いで、同行する旨をアピールした。ジルは黒衣を捌いて、騎士に立ち上がるように促す。


「ジル、知り合いか?」


「彼らの主ってのが、リシュアだ」


「……つまり?」


 ジルが封印される前の配下の名がリシュアで、ここにいる騎士の主なのだろうか。彼が封印されていた期間は長く1000年に及ぶ。状況が把握できなくて首を傾げた。


 首を覆う長さの銀髪がさらりと揺れる。それを指先で掻き上げるルリアージェの唇に、ジルの人差し指が当てられた。


「あとで説明するから、彼らと移動しようか。目立ちすぎる」


 確かに目立っていた。周囲の人々は、騎士が傅く黒衣の青年と銀髪の女魔術師と少女に好奇の眼差しを向ける。3人がそれぞれにバラバラの特徴を持ち、貴族らしからぬ服装をしていた。


 頷いたルリアージェの手を取ってジルが先にたち、ライラはぴょこぴょこと軽い足取りで後に続いた。道案内をする騎士達が示す馬車に乗り込むと、ようやく周囲の注目が切れる。走り出した馬車を守るように、3人の騎士は馬に(またが)った。


 ライラが当然のようにルリアージェの隣に陣取ったため、向かいに座ったジルの機嫌が悪い。むっとした顔で狐尻尾の少女を睨んでいた。


 貴族用の馬車なのか、中は豪華な作りになっている。地面の揺れも緩和されて、かなり乗り心地がよかった。深紅のクッションに寄りかかると、柔らかく身体を包み込まれる。


「説明してくれ」


 ルリアージェの促しに、ジルは視線を外へ向けた。カーテンが飾られた窓は開いており、祭りの喧騒が届く。高い位置で括った黒髪が風に揺れた。


「リシュアはここの王族だ、たぶん今もな」


 封印されていた間のことは知らないが……そう前置いたジルへ、ライラは肩を竦めて肯定した。


「あたくしが知る限り、ずっと国王よ」


「1000年前にサークレラ国はなかったはずだが」


 ルリアージェの疑問に、黒髪を指先で弄るジルが説明を再開する。


「リシュアは1000年前の帝国滅亡の騒動に参加しなかった。理由は妻がいたからだ。人族の妻の寿命は短い。彼女と一緒に生きるため、争わなかったんだよ」


「あなたが追い返したと聞いたわ」


「そりゃ追い返すだろ。春の蝶と同じ寿命の妻を置いて参戦するようなバカ、ひとつ殴って放り出すしかないさ。オレが封じられる少し前に、あいつが我が子のために国を興すと聞いたのが最後かな」


 なんでもないように話すが、ジルは貴重な戦力を追い返した。配下の一人だと言いながら、その扱いは家族や親族と変わらないように思える。微笑ましい気分で聞くルリアージェの頬が緩む。


「ジルが封印された後、彼の子がラシャータという国を興したわ。だけど4代ほどで隣国に滅ぼされてしまい、人族同士の争いだと傍観したリシュアは後悔したの。その後、見つけた子孫を中心にリチュアンセ国を興し、200年程でライカン国に名を変えたのよ。リシュアが保護したので500年弱続いたけれど、大陸大戦争で国々が統合されて分裂し、9つの国が乱立する今の姿になったわ」

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