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第23話 魔の森のお茶会(3)

「ほんっとうに、無礼な野良犬だわ。お茶菓子の上に埃が落ちるじゃない」


「野良犬は無礼なのが標準だ」


「……問題はそこか?」


 ライラとジルは魔性の中でも異端だ。変わり者と言い換えてもいい。人間を主人に選ぶあたりはもちろん、魔性として最上位の力を持つが故に考えの基準がおかしかった。


 疑問を呟いたルリアージェだが、確保したオレンジのケーキにフォークを突き立てる。そのまま切り崩してぱくりと口に放り込んだ。鼻に抜ける柑橘類特有の香りが心地よい。彼らに感化されている自覚はあるが、治そうと思わなかった。


「美味しい? リア」


「ああ、スポンジが柔らかいし、輪切りのオレンジも美味しい」


「そのケーキ、オレの分を取っといて」


 ジルの言葉に、ルリアージェがケーキを取り分ける。その頭上は、重い音を立てて岩が積み重なっていた。危険なのだろうが、まったく危機感はない。


 ライラとジルは、上にいる魔族を『魔物』と分類した。魔性ではなく、魔物ならば危険度は低い。ましてや最上級の実力を誇る2人がお茶を続けているのだから、ルリアージェに危機感が芽生える筈もなかった。


「この魔法陣、綺麗だな」


 ルリアージェの褒め言葉に、ジルが笑みを浮かべた。


 大人3人でも抱えられないような質量の岩を複数載せても、まったく揺るがない魔法陣は青白い光を放つ。魔法陣の色は属性に関係なく、術師の魔力の色が反映される。アスターリア国で首都を復元した魔法陣も青白かった。


「そうだろ、このあたりが特殊なんだ」


 指差された中央付近の文様は、ルリアージェが見たことのない形だった。同じように上を見上げたライラも首を傾げる。


「あたくしも知らないわ、これ」


「神族の古代文字が原型だ。今度ゆっくり説明するよ」


 勉強熱心なルリアージェに提案すれば、目を輝かせて頷いた。


「貴様ら! いい加減に……っ」


 ガゴン! 重量物がぶつかる衝撃音が響く。眉を顰めたジルがちらりと視線を上に向けた。


「それはこっちのセリフだ、日当たりが悪くなるだろ」


 無視され続けた魔物は緑がかった髪を振り乱し、さらに岩を浮かせる。頭上の魔法陣はまだ重量と衝撃に十分耐えるが、耐えても日当たりが悪くなる一方だ。元から耐えたり我慢することに、ジルは向いていない。


 オレンジのケーキを半分に切ってルリアージェの皿におき、残った半分を手早く食べ終えると紅茶で流し込んだ。さっさとお茶の時間を終わらせ「ご馳走様」と挨拶して立ち上がる。


「失礼な動物を躾けてくるから、リアはお茶してて。ライラ、しっかり守れよ」


「任せて」


 請け負ったライラの返答にひらひら手を振り、ジルはふわりと浮いた。岩の横にいた魔物が飛びのくより早く、ジルの左手に現れた槍が叩き落す。


 突き刺さずに叩いた魔物は地に落ちて呻いた。槍が直撃した肩から胸にかけて、骨が折れたかも知れない。口から血を吐き出した。()(つくば)った魔物の背を体重を掛けて踏んで、ジルは槍を肩に突き立てる。


「ぐあっ」


「誰の配下だか知らないが、お茶の時間を邪魔するなんて品がない。主の品格を疑うレベルの行為だぞ。大体オレを『悪魔』だと罵ったが、二つ名は『死神』だ。訂正しろ」


 躾けるという言葉通り、淡々と言い聞かせている。相手に理解させるためでなく、自分が満足するための説教なのが玉に瑕だが、突然殺害しなくなっただけ落ち付いた証拠だ。


 魔族同士のやり方に口を出すつもりのないルリアージェは、痛そうだと眉を寄せるが何も言わない。槍を放り投げて消したジルの指が、積まれた頭上の岩を指し示した。


「そもそも、上位魔性相手に物理攻撃は無効だ」


 ひょいと指を動かすと、岩が次々とどかされていく。森の木々の間に不自然な岩山が出来上がった。積んだ岩がぐらり揺らいだところに、ライラは無造作に言葉をかける。


「こっちへ転がっては嫌よ」


 精霊王の娘の言葉に従ったのか。岩は不自然な軌道を描いて転がった。重力や応力などを無視した、自然の摂理に反した転がり方で大地にめり込む。


「ほらな?」


 幼子に言い聞かせるように笑って肩をすくめる。頭上の岩がすべて片付き、再び木漏れ日がテーブルの上に降り注いだ。明るくなってテーブルの上に並んだ菓子を引き寄せ、ルリアージェは次に食べるタルトを選んでいる。


「死ね!」


「囮に引っかかったな」


 直後に現れた魔族が木漏れ日の間から落ちてきた。上にはまだ魔法陣が残っている。ならば何も心配はないとルリアージェが苺のタルトを手に取った。


「リアって人間なのに、すごく度胸がすわってるわよね」


 普通は咄嗟に迎撃の態勢を整えようとするし、頭を庇うような仕草をする。結界があるのを理解していても、頭上から襲ってくる魔族を無視して菓子を食べる姿は『人族の普通』からかけ離れていた。


「ジルの結界だぞ?」


 言葉の中に滲んだ信頼に気付いたライラは驚いた顔をして、くすくす笑い出す。少女のふさふさの尻尾が左右に大きく揺れていた。どうやら機嫌がいいようだ。


「本当に変わってるわ」


 ライラの声に重なって、落雷の音が森を引き裂いた。大きな音に肩が震えるが、見回した周囲に焦げはなく、炎も上がっていない。ジルを中心に小さな魔法陣が足元に展開した。その魔法陣が雷を帯びて、小さく脈打っている。


「雷はオレも得意だぞ」


 お返しとばかり、ジルが魔法陣を動かした。足元から目の前に移動した魔法陣から、複数の稲妻が走る。目を焼く鋭い光が現れた魔物を次々と撃墜した。


 魔性や魔物はなぜか上空から敵を見下ろしたがる傾向が強い。前に森で突然襲ってきた魔性もそうだったが、上にいるほど偉いと勘違いしているようだ。逆にライラやジルのように実力が異常に高い魔性は、特に上に立つことを重視しなかった。


 しかし、彼らのプライドは実力以上に高い。


「見下ろされるのは好きじゃない」


「失礼よね」


 2人の言葉を裏付けるように、無造作に雷や木々の蔓に叩き落された魔物が地に転がった。黒い槍で肩を縫い付けられた魔物を囮にした魔物達は、地に触れるなり大きな手の形をした土に拘束される。


「……雷を使うなら、風の魔王ラーゼンの手下かしら」


「最初は岩だったぞ」


「でも、大地はあたくしの領域だもの。風の力で岩を浮かせて叩き付けたのなら、やっぱり風じゃない?」


 ライラの疑問に、ジルが「それもそうか」と呟く。


「貴様らが、あのお方の名を口にするなど!」


「分を(わきま)えろ!!」


 大地に拘束された魔物の声に、ルリアージェは「どっちもどっちだ」と眉をひそめた。上位の魔性にケンカを売る行為は、彼らの言う『分を弁えない』行為そのものだ。


「うるさい、人間ごときが……っ」


 最後まで言い切る前に、ジルが左手に大きな鎌を呼び出した。解放した武器は名を喚ぶ必要すらなく、ジルの意思に従って顕現する。左手のひらを引き裂いたアズライルの黒く禍々しい姿は、死神の二つ名に相応しかった。


 振り翳した鎌の重さで、叫んだ魔物の首を切り落とす。転がった首は驚愕の色を浮かべたまま、崩れて灰になった。残された身体は死を理解していないのか、手足が動いている。


「虫けらの分際で、我が主を愚弄するか」


 ジルの鎌は残された身体を引き裂いて灰にしていく。残った4人の魔物は青ざめて口を噤んだ。


 魔物や魔性は殺されても復活する術がある。核が残っていれば、殺されて散った魔力を集めて元の姿を取り戻すことが叶うのだ。だがジルと鎌のアズライルが与える死は仮初(かりそめ)ではなかった。灰になった魔力は回収できず、また核も残らない証拠なのだ。

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