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第23話 魔の森のお茶会(2)

 歩いて移動するのかと思えば、それでは祭りに間に合わないとジルが騒いだ。確かに大陸の東側から西側まで移動すれば、数ヶ月の道のりだ。祭りはあと1週間ほどで開催されるらしい。


「まずライラが安全な地点を確保して、オレがルリアージェを連れて追いかける」


 湖畔だと思って転移した先が『幻妖の森』だったので、ジルはかなり慎重になっている。転移先が岩や海の底だったりするのも困るので、彼の慎重さは歓迎のルリアージェだったが……ライラは異議を唱えた。


「飛ぶ先くらい、途中で変更すればいいのよ! 探索を面倒がらないでちょうだい。あたくしもルリアージェと一緒に飛びたいわ!!」


 最後の「一緒に」が本音のようだ。本当に自分の心に忠実な2人である。実力者とはこういう者なのか。


 見上げた先は、木漏れ日が落ちる大木の葉が揺れていた。幻妖の森と違いカラフルではないが、鮮やかな緑が目に優しい。木や茂みが歩き回らないから、避ける心配がないのも助かる。


「ルリアージェは()()()()だ!」


()()()()()()でもあるの!!」


 世界を滅ぼしかねない実力者同士が、なぜ人間1人を取り合うのか理解できないが、このまま放置すれば騒ぎが大きくなるだろう。


「ならば交互に役目を入れ替えればいいだろう」


 今にも殺しあいそうな剣幕で睨み合っていた2人は、ルリアージェの提案に目を丸くする。予想外の提案だったらしい。というより、我を通して争う道しか考えないのは魔族特有の思考回路なのかも知れない。人間はすぐに妥協案を見つけるが、彼らにそういった傾向はなかった。


「そうだな。おそらく4回の転移でたどり着くから、交互なら2回ずつだ」


「さすがリアね。あたくしも、リアの提案なら受け入れるわ」


「リアって呼ぶのはやめろ」


「あたくしの勝手だし、リアも許してくれたわ」


「ダメだ!!」


 なぜか再び言い争いが始まる。大きく溜め息をついて、新鮮な森の空気を吸い込んだ。


「わかった、呼び方を『リア』で統一しろ」


「……ルリア、いやリアがそう言うなら」


「あたくしはリアに従うだけよ」


 一段落ついたところで、ルリアージェは収納していた結界を呼び出す。荷物をすべて放り込んだ結界を解除して、積み上げた物の中からカップを取り出した。ついでにお茶の缶も引っ張りだす。


「お茶にしよう」


 険悪すぎる2人を何とかした方がいい。ルリアージェからの誘いに、ジルやライラが文句をつけることはない。転移で移動するのだから、急ぐ必要もなかった。


「あたくし、お菓子を用意するわね」


「テーブルと椅子がいるか」


 今回はリオネルがいないので、手分けして準備を行う。リアがお湯を沸かす間に、立派な樫のテーブルが置かれ、同じ樫で作られた椅子が並べられた。


 見た目は細身のジルが、重量のある家具を片手でひょいひょい動かす姿は、見慣れないだけに違和感がある。一緒に旅をした1ヶ月あまり、彼がどれだけ実力を隠して猫を被っていたかよくわかった。人間の常識に合わせる生活は、さぞ不便だっただろう。


 淡緑のテーブルクロスがかけられ、上に白いクロスを斜めに重ねたジルが満足そうに頷いた。中央にはライラが用意したケーキスタンドが置かれ、3段の皿にタルト、チョコ、焼き菓子が彩りよく飾られる。


「ライラは甘いものが好きなのか?」


「そうね、色鮮やかなフルーツを使ったお菓子は好きよ」


 彼女の空間魔術の仕組みはジルと違うようで、お菓子は作りたての香りを放っていた。人族でも空間魔術を使える者は片手で数えるほどだ。その片手に入るルリアージェが使う時空間は、中の時間が止まる特性があった。


 作った料理を温かいまま、冷たいまま保存できる。だが生き物を入れても時が止まるため、死なせてしまうのが欠点だった。ライラも似たような空間を操るようだ。


 逆にジルが物を収納する亜空間は、転移にも使われる空間だ。時の流れは限りなく緩やかで、距離もほぼ消える。ここならば生き物を収納しても、殺してしまう心配はなかった。


「お茶はオレが淹れる」


「任せた」


 沸いたお湯に気付いたジルが、取り出したポットに茶葉を入れる。


 カップにお湯を注ぎ、茶葉を沈めて飲むのが旅人の流儀だった。ポット等の荷物を限りなく省いた結果だ。ほとんどすべての人族に空間魔術は扱えないのだから、荷物を減らすのは旅の必須条件なのだ。旅先でポットを使うのは、荷物の量を気にしない空間魔術の使い手と王侯貴族の移動に限られた。


「リアの好きな紅茶にした」


 任せたことで機嫌を良くしたジルが美しい白磁のカップに紅茶を注ぐ。琥珀色が満たされたカップは柄のないシンプルな物だが、よく見ると縁や底に花柄が見えた。どうやら透かし彫りに似た手法で加工がされていたらしい。紅茶を注ぐと浮かんでくる花は薔薇だ。


「綺麗なカップだ」


「リアが使うんだから当然でしょ」


 得意げなジルをよそに、ライラはじっとカップを見つめてから呟いた。


「これ、神族の遺跡にあったでしょう」


「残念、オレの持ち物だよ」


「前に神族のお茶会で見たカップに似てるわ」


 禁忌とか気遣いとか、彼らには無用らしい。あれだけの壮大な過去の惨劇を聞かされて、人族であるリアに神族の話題を持ち出す勇気はない。思い出させて傷つけたら悪いと思うからだ。しかし魔族や精霊にとって、過去と現在は切り離したものらしい。


「ああ…リアーシェナに譲られたんだ。彼女と出会って間もない頃か」


 懐かしむように告げて、カップの縁を指で撫ぜる。その仕草に辛い感情はなかった。


「リアーシェナは、センスが良いのだな」


 だからかもしれない。知り合いを語るように、神族の少女の名が口をついた。嬉しそうにジルは微笑んで、静かに頷いた。


「いただこう」


 カップに口をつけて紅茶の香りごと飲み込む。触れた唇に馴染む角度と厚さが好ましく、ティーカップの価値に気付かされた。王侯貴族がこぞって手に入れたがる一品だ。森の中のお茶会で使うなど、ひどく贅沢だった。


「リア、こちらのケーキがお勧めなの」


 オレンジがふんだんに飾られたケーキを勧められ、ルリアージェが手を伸ばした瞬間……。



 ドン!



 頭上で不自然な音がした。引き寄せたケーキを守りながら顔を上げたルリアージェの頭上に、大きな岩が浮かんでいる。正確にはジルが放った魔法陣が結界となり、降って来た岩を受け止めたのだ。


「…ちっ」


 舌打ちが聞こえたが姿が見えない。


「お茶の邪魔するなんて、野暮な奴だ」


「本当にね。主の顔が見たいわ」


 これは人族でいう「親の顔が見たい」と同じ意味だったらしい。主をバカにされたと思ったのか、岩の横に魔性が現れた。平凡な外見だが、尻尾や耳、鱗は見当たらない。


「なんだ、魔物か」


 下級だと分類してジルが吐き捨てる。お茶の時間を邪魔されたのが、よほど腹立たしかったのだろう。その声は刺々しかった。隣のライラも心境は同じだったらしく……。


「ペットの不始末なら、大目に見てあげてもよくてよ」


 配下や眷属ではなく、ペット扱いする始末。彼らより上位の魔性がほぼいない上、実力社会の魔族だから容赦の欠片もなかった。


「うるさい! この悪魔が! 死ね」


 感情を高ぶらせて再び岩をいくつか落とす。人間や並みの魔物相手ならば通用した攻撃だが、質量が幾ら増えてもジルの魔法陣はびくともしなかった。

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