第22話 知らずに増える配下たち(2)
「勝手に増えた…」
「押し掛け臣下ですね」
ぼやいたルリアージェに、リオネルはさらりと止めを差した。
「いいじゃない。配下って便利よ? あたくしは少ない方なのだけれど……下に10名ほどよ」
「オレはもっと少ないか。リオネルを入れても3人だ」
ライラとジルの配下は自動的にルリアージェの配下となる。そう告げられても、人間である身では納得しづらい。知る限りの例えを並べた結果、一番近い表現を選んだ。征服した国の臣民が己の臣民になるようなものか? 少し違う気もする。
「少ない、のか?」
「そうね、水の魔王トルカーネが一番多いと思うけれど、8000人くらいまでは数えたわ」
「いや、もっといただろ」
「私が把握しているのは1000年前の人数ですが、2万574人でしたよ」
大雑把なライラ、さらに大雑把なジル、几帳面な性格のリオネル。3人の話を聞きながら、ルリアージェは肩を落とした。
彼らの人数が少なくて良かった。下に2万人とか魔性や魔物がいても、きっと顔も覚えられない。2万人といえば中規模の都市の人口に匹敵するのだから。
「ただ、数だけが強さではないの。リオネルなんて魔王の候補だったから、魔王とほぼ変わらない魔力があるでしょ。あたくしの配下はリオネルには劣るけれど、側近クラスの上位魔性しかいないわ」
少数精鋭という意味らしい。水の魔王の配下が多かったのが気になるのか、ライラは身振り手振りで配下の有能さを訴える。多少物騒な例えが入っているが、やはり人間とは感覚が違うのだろう。ルリアージェはあえて指摘しなかった。
「アティン統一直後に、東の大きな都市を壊滅させたのはあたくしの配下だわ。たしか大地震を起こしたの。下にある遺跡が彼のお気に入りだったから、人間に取られたと思ったのね」
「なんで都市が出来てから壊したんだ?」
もっと早く奪えばよかったのに……レンがルリアージェの代わりに突っ込んだ。肩肘をついて行儀の悪い彼は、残っていたタルトを頬張りながら答えを待つ。
「あたくしが聞いた時、しばらく離れて帰ってきたら都市が出来てたって言ってたわ」
「……しばらく?」
人族の都市、それも大都市が発展するには数十年単位の時間がかかった筈だ。それをちょっと外出して戻ってきたらと表現されても、人間相手に通用しない理屈だった。
「遺跡の中にあった、何だったかしら……えっと、忘れてしまったわ。その何かがお気に入りだったのよ」
興味がないので覚えなかったライラの言葉に、ジルは肩をすくめた。リオネルは苦笑している。すでに話に興味を失ったらしいレンは、残った菓子の中から次に食べる物を選んでいた。まったくもって自分勝手で纏まりのない連中だ。
「それで……」
ガシャ!
大きな音に最初に反応したのはジルだった。上を見上げて眉を顰める。ぱらぱらと落ちてきたステンドグラスの天井を、手を掲げて張った結界で防いだ。
「ルリアージェ、こちらへ」
「ちょっと、結界くらい張らなかったの?」
ライラが抗議しながら、自分の上に結界を張る。ジルは自分とルリアージェの上にだけ結界を展開したらしい。足元に浮かんだ魔法陣が淡い光を発した。
緑色の光を放つライラの結界は、仕組みが違うのか。落下してくる欠片を吸収して消していく。弾くタイプのリオネルやジル達と、結界すら張らないレンが上に目を向けた。
素直にジルの手が腰に回るのを許せば、暖かい風に包まれる。一瞬で着替えさせられた衣装は、濃紺のスマートでシンプルなドレスだった。艶のある生地は絹で、滑々した独特の触り心地にルリアージェは溜め息を吐く。
「ジル、着替える必要が?」
「前のドレスはオレが贈ったのじゃないし、さっきお茶を零して汚れただろ?」
悪びれもせず緊迫感もないジルは、視線を天井からルリアージェに移す。足元から頭の先までじっくり眺めて、うーんと唸った。何か気に食わないらしい。
「口紅はこっちのがいい」
指先が触れた唇に、別色のルージュを乗せた。鏡がないので確認できないが、ライラは「そうね」と同意した。敵襲かも知れない場面で、化粧直しなんてあまりにも緊張感がない。
「肌も髪も色が薄いから、濃い色のドレスが似合うんだ。ピンクなんて印象がぼけちまう」
銀髪を撫でるついでに髪飾りを変えたようだ。着せ替え人形よろしく諦め顔のルリアージェだが、リオネルは「お似合いです」と無神経だが優しい言葉をかける。
「……お前ら緊張感ないけど、上で待ってる奴どうする?」
レンが呆れた様子で指差す先、砕けたステンドグラスの穴の内側に魔性が浮いていた。穴から入り込んだのは間違いなく、城の広間の天井を壊したのは彼らだ。ジルは興味なさそうに、ふんと鼻を鳴らした。
「どっちがいく?」
「片付けても構わなければ、私が」
リオネルが笑顔で一礼する。
「あたくしはジルの配下ではなくてよ!」
ジルの問いかけに憤慨するライラだが、上から落ちてきた新たな破片にキッと侵入者を睨む。
「破片を落とすなんて、あたくしのリアがケガをしたらどうするのよ!!」
八つ当たり気味の発言の直後、ライラの足元に新たな魔法陣が浮かび上がる。緑の光は彼女の魔力に反応しているのか、色を濃くして周囲を照らした。薄い色のときは癒しの緑だが、色を濃くすると禍々しい印象に変わる。
「魔王様のため、多少の犠牲はしかたあるまい。そこの男を……」
「あたくしを、リアを、多少ですって?!」
橙髪の魔性の声を、ライラの叫びが遮った。幼い少女姿のライラに視線を向け、そこで初めて『大地の申し子であり魔女』だと気付いたらしい。何かいい訳じみた言葉を口にしようとしたが、ライラの攻撃の方が早かった。
すばやく左手に魔法陣を重ねて右手を乗せる。右手には別の魔法陣が乗せられていた。両方が重なったとたん、魔法陣は溶け合ってひとつになる。作りかけの魔法陣を補強したライラが頭の上に魔法陣をかざした。両手で魔法陣を支える形で魔力を注ぐ。
≪妾の手は空を掴む、我は怒りを降らせる者なり≫
聞いたことのない言語が紡がれ、ジルは足元の魔法陣を爪先でつつく。一瞬で文様が描き直された。新たな魔法陣を描いたのではなく、何か機能を足したらしい。反射的に足元の魔法陣に集中したルリアージェの耳を、ジルの白い手がそっと押さえた。
ドン!!
派手な音で雷が落ちる。黒い床にヒビが入って足元の魔法陣の縁で止まった。音を防ぐ魔法陣を追加したが、それでも人の身であるルリアージェを気遣ったジルが苦笑いして手を離す。
雷は魔性を貫くが、その際に残っていた天井を粉々に吹き飛ばしていた。粉々に割れたガラスは色鮮やかな塵となって宙に舞う。どうやら相当細かく砕いてしまったようだ。
「ライラ、もう少し威力を抑えろ」
「だから、あたくしはジルの配下じゃないって言ったでしょ!!」
まだ怒りが収まらないらしい、ライラはヒステリックに叫んで両手の魔法陣を消す。怒りに焼かれた空気を使って雷を起こしたのは、彼女が精霊王の子供であり、魔性より精霊寄りの力を受け継いだ所為だろう。
「ライラは凄いな」
雷は魔法や魔術で呼び出せるが、ここまで大規模だと自然災害に近い。魔力や精霊を使役できるライラにとって、得意技だった。
「あら、そう?」
得意そうに笑う少女は、茶色い三つ編みの穂先を指先でくるくる回しながら頬を赤らめる。ルリアージェの忌憚ない褒め言葉に照れたらしい。外見相応の可愛らしい仕草だが、実年齢を知るリオネル達はそっと目を逸らした。
「何よ……」
「いえ、何でもありません」
リオネルがにこやかに追求をかわす。くすくす笑い続けるレンが壊れた天井の欠片を拾い上げた。美しい黒く艶のある床もガラスが散らばる、無残な状況だ。
「とりあえず直しておくか」
アスターレンの首都を直した際は、背から羽根を抜いて詠唱を行った。しかしこの城はジルの一部であり、またジルの力を高める媒体でもある。複雑な詠唱も魔法陣も不要だった。
≪戻れ、あるべき姿に≫
左手を無造作に振るう。空中に刻まれた魔法陣に指先が触れると魔力を流した。それだけで欠けて砕けたガラスも、ヒビ割れた床も修復される。もともと壊れても戻せるように、元の姿を魔法陣に刻んであった。それに魔力を流すだけで、城は在りし日の姿を取り戻す。
「これでよし」
「便利ね」
「最初が肝心なんだよ」
レンの指先が魔法陣を弾く。いくつも重なる魔法陣はレース編みの模様に似た繊細さと美しさで、目を楽しませた。普段は織り込まれて見えない魔法陣が、飾りのように広間を埋め尽くす。
「綺麗だな」
「喜んでいただけて何よりだ」
ルリアージェの感嘆の響きに、ジルは額に接吻けながら小声で囁いた。