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第22話 知らずに増える配下たち(1)

 素で不思議がるルリアージェの向かい側で、リオネルは口元を緩めた。そうですか……これが、ジル様が主人と認めた人間なのですね――ようやく、素直に彼女の存在を受けられる。


 魔王にまで最強と認められた主君が、なぜ人間風情に膝を折ったか。主の言葉だから承知はしても、本音では理解できなかった。解封に関係する制約に縛られていると考えたのだ。しかしリオネルの想像を覆し、ルリアージェはジルにとって失えない存在だった。


 神族に生まれを否定され、魔族に存在を認められなかった。どこにも居場所のなかったジフィールを素のままで、無条件に受け入れる者が彼女なのだ。強がりや怯えがない真っ直ぐな心を向ける存在は、彼にとって初めての感情を巻き起こした。


「だけど…」


「事実を見ろ。お前は私を助けようした。結果、私は助かったんだ」


 反論しようとしたジルの口を塞いで、ルリアージェは言い聞かせた。母親が叱った後の子供に道理を説くように、柔らかな声で告げられた内容は優しくない。甘やかす言葉ではなかった。


「……そうだな」


 そう同意したジルの淡い笑みに、ライラが頬を赤らめる。ほっとした表情のリオネルの隣で、レンは苦笑いしてカップを口に寄せた。


 誰が同じ言葉を言っても、ジルは聞かなかっただろう。反論して激昂した筈だ。それがルリアージェの言葉でなければ……彼女の本心からの声でなければ、届かなかった。


「レン、聞いてもいいか?」


 ほっこりした場面で、ジルは淡々と友人を振り返る。何を問われるかと身構えたレンへ、眉を寄せたジルが右手首を指差した。


「いつ、手を戻した?」


 小首を傾げたルリアージェに罪はない。彼女は切り落とした場面を知らないのだから。最初にレンがジルの前から逃げたときに、確かに右手首から先を切り落とした。事実を知るのは、世界から過去を読み取る魔性のリオネルやライラくらいだ。


「そういえば、いつの間に生やしたのですか?」


 拘束するために紐をつけたくせに、リオネルはすっかり忘れていたようだ。


「トカゲのようじゃの」


 失礼な2人の言い草に、レンは肩を竦めて笑う。


「今頃気付くなよ。そもそも切り落とされた手は、おれのじゃない」


 言われて過去の記憶を探ったジルが、「ああ」と納得した様子で頷いた。確かに切り落とした手首を置いていったが、その手がレンの物か確認していない。他の魔性の手であっても、あの場面で確認する必要性はなかった。


「器用だな」


 感心したジルの声色に、騙された悔しさはない。本気で戦った場面で使われたら顔を顰めただろうが、逃げるトカゲが尻尾を切り落とした程度の感覚だった。また生えてきたのであっても、他人の手を人身御供に差し出したのであっても、大差なかった。


 笑い話で済ませる彼らは、まさに人外の集まりだ。ライラが持ち込んだタルトを食べていたルリアージェは、手についた粉を払ってから紅茶を飲み干す。


「ルリアージェはマイペースだな」


 苦笑いしたジルが手を伸ばすより早く、リオネルがポットから紅茶を注ぐ。新しいタルトを選んだルリアージェが、小首をかしげた。


「お前と付き合えば、嫌でもマイペースになる。合わせていたら身が保たない」


 当然のように言われた内容に、人外たちは顔を見合わせた。


「え、ルリアージェ。それは酷い」


 ショックを受けるジルをよそに、他の面々は納得して頷く。


「まあ、懸命な判断だな」


「レンさんの言う通りですね。確かにジル様に合わせるのは大変ですから」


「リアが正しいわね。あたくしも精霊に近いからジルは好きだけれど、やっぱり大変だもの」


 口々に大変だと繰り返され、ジルが頭を抱える。爆弾発言の主は落ち込むジルの黒髪を弄りながら、無邪気に言葉を重ねた。


「大変だが、嫌いになれないのは不思議だ」


「ルリアージェ」


 感動しているジルへ、空になった紅茶のカップを差し出す。もしかして、便利だから嫌いになれないとか? 無言でカップを受け取って紅茶を注ぐジルの心の中は、複雑な感情に埋め尽くされていた。





「リア」


 愛称で呼ぶ少女を振り返る。耳が水晶柱になった少女は、人とも魔性とも違う姿と力を持っていた。魔王に匹敵する実力者でありながら、見た目は幼い子供に過ぎない。茶色の長い三つ編みを指先でくるりと回し、緑の瞳を細めて笑う。


「あたくし、あなたと主従の契約をしたいわ」


「ダメ」


 なぜかジルが当然のように断る。大人気(おとなげ)ないジルを無視して、ライラはふわりと椅子から下りた。広間の黒い床は音もなく彼女を受け止める。冷たくて固そうな床は大理石に似た輝きを放っていた。その床に膝をついて、ルリアージェの裾を持ち上げる。


「大地の精霊王の娘、『大地の申し子』にして『大地の魔女』である者――我ライラは、ルリアージェ様に仕えることを誓う」


 言霊が世界に刻まれる。誓約となって響いた声に、ルリアージェは驚いて目を瞠った。魔力も魔法陣もないのに、言葉は嘘偽りのない真実として届く。


 人族が行う魔族との契約は、従属契約だった。人間がレベルの低い魔物を使役するための契約は、上下がはっきりしている。飼い主とペットのように、超えることの出来ない壁が存在した。しかしライラの契約にそういった制約を感じない。


「……人間だぞ?」


 人間ごときに膝をついて構わないのか? 尋ねるルリアージェが椅子から立ち上がり、膝をついたライラを助け起こした。軽い精霊の少女を抱き上げ、疑問のままに首を傾げる。さらさら流れる銀髪に、ライラの手が触れた。


 パシン! その手を払ったジルが、強引にライラを奪い取ると放り出した。無造作な所作で黒い床に放られた少女は、重力を感じさせない動きで着地する。


「ジル!」


 叱る口調に、ジルは子供のように口を尖らせた。


「ルリアージェの契約者(しもべ)はオレだけだ」


「はぁ……」


 大きく溜め息をついてしまう。先ほどまで過去の話をしていたジルは大人びて、永き時を生きた人外の貫禄があった。少なくとも子供を連想させる仕草や口調はなかったのに。今の彼は、お気に入りの玩具を取られそうな子供そのもの。


 ぎゅっと腕の中に抱き込まれ、整った顔が不安そうに近づく。頬と額にキスを落として、必死に抱きつく姿は幼子だった。魔性は突然生まれて一人で大きくなるため、基本的に性格が子供なのだ。嫉妬も幼くて、大好きな母に近づく兄弟を追い払う程度の感覚だった。分かっていても、美形が顔を寄せると心臓に悪い。


「まったく乱暴ね。男はいつでも自分勝手なんだから」


 苦笑いするライラは平然としている。彼女のけろりとした態度にほっとしながら、ルリアージェは続いて立ち上がったリオネルに目を向けた。


 長身の彼は『死神』の眷属である証なのか、ジルと同じ黒衣を身に纏う。その裾を裁いて一礼し、膝をついた。嫌な予感がして声をかけようとしたルリアージェは一足遅い。


「ま……っ」


「改めてご挨拶を。死神ジフィールの配下、『白炎のリオネル』と申します。ジル様と共に、ルリアージェ様にお仕えいたします」


 すでに誓いですらなかった。決定事項として淡々と告げられ、困惑してジルを振り返る。まだ腕の中にルリーアジェを抱いたまま、ジルが満足げに頷いた。


「オレの主はルリアージェだから、オレの配下はルリアージェの配下ってわけ」


 今度は嫉妬しないらしい。基準がよく分からないジルの感情を推し量ることを諦め、ルリアージェは肩を落とした。最後に残ったレンが面白そうに足を組んでこちらを見ている。


 まさか……嫌な予感にルリアージェが首を横に振った。


「残念ながら、おれは傍観者だから主をもてないんだよな。でも全面協力しますよ、ルリアージェ様」


 にこにこ笑いながら告げられ、からかわれた気分になる。

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