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第18話 幻妖の森の迷子たち(3)

「それで、何故こちらへ?」


 直球で尋ねながら、リオネルは足元に魔法陣を開いた。転移に使う陣ではない。シンプルな文様を読み解こうとするルリアージェの目の前で、魔法陣があった場所に黒い穴が現れた。魔法陣自体は白い光で浮いたまま残っている。


 砂になった魔性を無造作に穴に放り込んで閉じるリオネルは、一仕事終えた後を確認して向き直った。褐色の肌を縁取る金髪が魔法陣の残光に煌く。


「迷子になった」


 けろりと投下された爆弾に、リオネルは首を傾げた。言われた意味がよく理解できない様子で、続けられるだろう主の発言を待つ。


「だから、迷子」


 繰り返された単語に目を見開き、ついで盛大に溜め息を吐いた。頭を抱えて嘆く仕草は、ひどく人間くさい。


「迷子の中身の説明を求めても?」


「最初はレイア湖畔へ座標をあわせたが、転移したら幻妖の森だった。おかしいよな、座標がずれてるみたいだ」


 さらに頭を抱えたリオネルが、諭すように説明を始めた。


「おかしくありません。1000年経って、湖が同じ場所に存在すると思う貴方が間違っていますよ。そもそも幻妖の森は移動するものです。1000年間同じ場所にいる筈がないでしょう。亜空間や固定座標の空間以外は、ズレていると考えてください」


 そこで口を噤み、きょとんとしている主の姿に肩を落とした。ぜんぜん理解しようとしていない。仕方なく話の方向性を変えてみる。


「なぜ転移先の調査を省くのですか」


「面倒じゃん」


 一言で切り捨てた黒衣の主は、隣の美女の銀髪を指で梳いている。あまり真剣に捉えようとしないが、転移先の現状も確認しないで飛ぶのは、彼くらいだろう。


 いくら魔性が丈夫で死ににくいとはいえ、岩の真ん中や空気がない場所で潰される可能性はゼロではない。ましてや大切な主である人間を連れているなら、もう少し慎重に転移先を選ぶべきだ。もっとも転移先寸前で座標を捻じ曲げる無茶苦茶な芸当が出来るから、余計に手を抜くのかも知れないが。


「貴方が調べようと思えば、願う程度でしょう。魔力をほぼ使わないのに手を抜くなど……」


「お説教はストップだ」


「ジル、ここはどこだ?」


 ジルの黒髪を引っ張って注意をひくルリアージェは、きょろきょろと周囲を見回した。風の渓谷と呼ばれる切り立った崖と、下を流れる僅かな川で構成された地形は絶景だ。渓谷の中ほどに浮かんだまま、彼女は足元の透明な床を不思議そうに踏んでは確かめた。


「風の渓谷かな、たぶん。ここは変わってないな」


 ラーゼンの管轄だったか? そんな響きを乗せた声に、リオネルは疑問を口にした。


「レンさんを追いかけ、沈黙の地底湖でトルカーネ様の配下と戦いましたが、側近の姿がありません。そして、ここ……風の渓谷でもラーゼン様の眷属が切りかかってきましたが、やはり側近クラスは顔を見せません。何か起きているのでは?」


「なるほど、バランスか」


 納得した顔で頷くジルへ、ルリアージェはまったく空気を読まずに言葉尻を捉えた。


「バランス? 襲うことが、か?」


「うーん、説明すると長くなるんだよな」


 困った顔をするジルが上手に誤魔化す。話を逸らそうとしている男に気付きながら、ルリアージェは素直に引いた。無理やり聞き出せば話してくれるかも知れないが、話さない理由があると悟ったのだ。


「ここが安全な場所には見えないが」


 安全な場所に移動すると告げて転移した先は、ジルの眷属だという魔性が戦っていた。戦闘中に出現したのだから、安全な場所という表現はおかしい。


 抗議を込めたルリアージェの眼差しを受け止め、ジルは屁理屈で切り抜けた。


「安全だぞ。まずリオネルは『炎の魔王』に選ばれる程の実力者だ。さらに死神のオレがいる。魔王3人が攻撃しても耐えきる実力がある」


「私はそんな面倒は二度と御免です」


 魔性達のやり取りを聞きながら、ルリアージェは知識と違う言葉に首を傾げた。まだ足元は透明なままなのだが、人間は環境に適応する動物である。すっかり忘れていた。


「魔王は4人ではないのか?」


「「え?」」


 ジルとリオネルがきれいにハモる。本気で驚いているのか、彼らは顔を見合わせたあと……そっと尋ねた。


「魔王はずっと3人ですよ?」


「だが書物には、アティン帝国を滅ぼした『大災厄』を封じたのは、魔王4人と書かれていた」


 ルリアージェが首を傾げながら告げた内容に、ジルは少し考えてから答えた。


「あれか。ライラを数えたんじゃないか?」


「ああ、大地のライラですね。彼女は魔王ではありませんが、人間には区別がつかなかったのでしょう」


 納得したらしいリオネルが説明を付け加える。金髪が風になびくのを鬱陶(うっとう)しそうに手で押さえたリオネルへ、ジルが同意した。


「封じられた直後のことは知らないが、間違えて記載されそうな奴はライラくらいだな」





「あら、あたくしの噂?」


 鈴が転がるような……そう称するに相応しい美しい女性の声に、ジルは大きく頭を抱えた。リオネルは複雑そうな顔で振り返る。そんな2人を見比べたあと、ルリアージェの発した言葉はこの場に合わない無邪気なものだった。


「知り合いか?」

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