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第17話 歪んだ悪意(4)

 腰に腕を回して抱き寄せるジルが、笑みを消して左側を睨みつける。直後、飛来した矢を翼の羽ばたきひとつで地に落とした。


 敵対行為による攻撃だ。並みの魔物相手なら効果があっただろう。しかしジルに意味はない。大災厄である彼にとって、攻撃と呼べるレベルに達しておらず、そよ風と変わらなかった。


 実害がないから許されるわけはなく……人間は愚かにも、蟻が獅子に立ち向かう程度の実力でケンカを売る。踏み潰される未来が待つだけというのに。


「化け物がっ!」


「死ね!!」


 魔術師が作り出した風の魔法陣内は、風の魔術に影響される。その魔法陣から放たれる矢は、通常の飛距離を超えた遠方からの攻撃を可能としていた。ましてや魔術により標的への命中率を高めた矢は、狙い過たずに彼らに降り注ぐ。


 しかし彼らは失念していた。精霊は翼ある者に害をなさない。魔法陣と術式で強制的に精霊の力を引き出す魔術より、霊力で精霊達を使役する神族の御技(みわざ)の方が強いのだ。


 魔力で無理やり理を捻じ曲げる魔法だとて、神族の精霊使役には敵わない。ならば、人間ごときの微細な魔力が神族の翼を持つジルに勝てる筈がなかった。


「ほらな? 助けても人間はこうやって攻撃してくるだろ。他人を妬み、恨み、的外れな八つ当たりで恩を仇で返す種族だ」


 呆れ顔でルリアージェに肩を竦めるジルは、風の精霊に命じることすらしない。圧倒的な力の差がそこにあった。


 風の精霊は翼ある者に従う。人間が魔術の術式で縛れるのは下位の精霊達までだ。上位の精霊ほど力に溢れ、使役が難しくなるのは世の(ことわり)だった。


「ひっ……こ、殺さないと」


 必死で魔術師が炎を作り出す。火球を練り上げて放つが、届く前に四散した。ジルは翼すら動かさず、宮廷魔術師の攻撃を無効化したのだ。僅かに暖かい風が頬を撫でただけ。


「ジル、確かに人間は愚かだが……私も人間だぞ」


 落ち着いたルリアージェの切り返しに、青紫の瞳を見開いたジルは次の瞬間大笑いした。腰にまわした手を解き、腹を押さえて大笑いする。乱れた黒髪が地に触れても気にせず、翼を揺らして笑った後。


「お前が『人間に生まれた意味』がわかった」


 そう告げて黒髪を掻き上げた。背で揺れる髪を無造作に高い位置で結わえる。ジルの白い指が宮廷魔術師の魔法陣へ向けられ、軽く弾くように動いた。


「面倒だから殺すか」


「やめておけ」


 本気で言ったわけじゃないジルに気付いて、呆れ顔でルリアージェが(たしな)める。(ひね)くれて取り扱いの難しい男だが、基本的に血を好むタイプではなかった。面倒ごとを嫌がるくせに、相手の逆鱗(げきりん)逆撫(さかな)でして騒動を大きくする性格であっても。


 足元に展開させていた魔法陣が、パリンと乾いた音で砕け散る。身を守る魔法陣を失った魔術師が青ざめた顔で、じりじり足を引いた。射手や剣を構えた騎士達も互いの顔色を窺いながら後退る。


 魔術師は己の魔術に絶対の自信を持っている。それは強い魔術かどうかではなく、作り出した魔術を制御し利用する技術に対して、確固たる自信があった。


 そうでなくては、魔術など扱えない。


 彼らの不確かな自信を、魔法陣と一緒に粉々に砕いてみせたジルは、気が済んだのか。ルリアージェを抱き上げる。いわゆるお姫様だっこだ。


「どうした?」


 大した動揺も赤面もない美女に少し落胆しながら、ジルが周囲を見回した。


「これ以上絡まれる前に消えるぞ。元に戻してやったのに攻撃されるのは、不条理だろ」


「壊したのもお前だ」


「全部オレが壊したわけじゃないぞ」


 言い合いながら、ジルがぽんと爪先で地面を叩く。爪先がふれた地点から小ぶりな魔法陣が広がった。立っているジルを覆う程度の大きさしかないが、複雑な文様が広がる。


 直後、彼らはアスターレンの地から離脱していた。






「街が! 王宮が元に!!」


 駆け込んだ騎士の言葉を聞くまでもなく、王族も現状を理解していた。壊れて無残な姿を晒していた謁見の間は、以前の荘厳な姿を取り戻す。


 まさに奇跡そのものだった。瞬く間に整えられた王宮はもちろん、焼け焦げた庭も美しい姿を月光にさらす。何も起きなかったと言わんばかりの変貌だが、謁見の間の入り口に寝かせた死者が真実を物語る。彼らは甦らなかった。


 魔性達による攻撃は現実であり、死者がでたのも事実だった。外側の器を元に戻しても零れた水は戻らない。


「兄、うえ」


 手を伸ばす弟へ歩み寄り、喉をつきかけた汚い言葉をかみ殺す。ぎりりと歯が苛立ちの感情に音を立てた。表面だけ、外の器だけでも取り繕う必要があった。


 街も多くの犠牲者が出ただろう。王族同士が醜く争う姿など、国民に見せられる筈がない。次代を担う存在として育てられたからこそ、王太子は本音を飲み込んだ。庶民としての感覚を持つ母に育てられた義弟は、兄を思いやって口を(つぐ)む。


 ルリアージェ――拾った美女の話は、彼らの間に()()()()()()()。暗黙のうちに互いに気付いている。彼女の話をすることは、互いの信頼を打ち砕く行為なのだと。


 彼女はこの国に()()()()()、それゆえに魔性による襲撃は一方的な彼らの虐殺だった。幸いにして王宮や街は残ったが、人に大きな損害が出た――これが()()()()()()()()()()()となる。


「王宮の備蓄食料をジリアンの民へ。出し惜しみはするな!」


 国王の命令に、騎士と侍従たちが首を垂れて従う。首が落ちた筈の母を抱き寄せ、まだ年若い妹王女を撫でる父の姿に、王子達は表情を和らげた。


「父上を手伝わなくては」


「私も、お手伝いいたします」


 まだぎこちない動きながら立ち上がる弟に手を貸しながら、王太子は先ほどの青い光を思い浮かべる。あれは黒衣の魔性が力を振るった際に見た光に似ていた。きっと、ルリアージェと呼ばれた美女が願ったのだろう。


 無邪気に、真っ直ぐに。


 ただ無心に、あの黒衣の化け物に願ったのだ。この国を元に戻してくれ、と。


 この予想が当たっていても、間違っていても、彼女は二度と我らの前に姿を見せることはしない。宮廷魔術師が項垂れて戻る姿を目の端に捉えながら、王太子は心の中で礼を告げた。

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