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第14話 帝国の遺産(3)

 言葉を解して本能以外の欲や意思を持つ魔性、本能のままに獲物を狩り生きる魔物。どちらも親はなく、突然生まれて殺されて消える存在だ。


 生来、魔性は戦いを好む傾向にある。実力がすべて、己の能力だけをもって生まれる為だろう。もって生まれた魔力と能力は基本的に大きく変化しない。


 欲しい能力や魔力は他者から奪うものだった。他の魔性を殺すか封じて、その核や封印石を取り込めば己の能力として使えるようになる。ゆえに彼らは努力をしない。


 生まれた時点で、彼らは己の立ち位置を理解するのだ。理解せずひっくり返そうと足掻くのは、身の程をわきまえぬ人間のみだった。




≪哀れみ誘い舞い踊れ、悲しみ浸り沸き起これ、空が怒り地は嘆く。ああ、彼の御方は白き御手を伸べられる…尊き御身を朱に染めることなく。癒しの森は震える鈴のごとし――『深緑のヴェール』≫


 ルリアージェの声が響き渡る。最上級の治癒を、己の魔力が届く範囲に大きく拡大して展開した。


 さすがに傷ついた人すべてを助けることは出来ないだろう。だが助かる人がいるかも知れない状況で、彼らを見捨てられなかった。魔力のすべてを搾り出すように魔法陣が広がっていく。


 柔らかい緑の風が人々の間を吹きぬけ、傷を癒し、命を繋いだ。


「あなたは……」


 魔性による襲撃は、彼女を守ろうとした青年が原因だった。彼女がいなければ起きなかった惨劇かも知れない。この悲劇が彼女を中心に描かれたことは事実だ。


 それでも……残り少ない魔力を解放して人々に癒しの風を届ける美女は、まるで女神のようだった。ルリアージェの名が示す通り、女神として神話に語られた通り、慈悲深い。


 胸を貫かれた侍女の傷から氷が溶けて消える。胴体を2つに裂かれた騎士が元に戻った。


 傷ついた国王が身を起こし、王妃の首が繋がる。驚きに目を瞠る王女が安堵の表情を浮かべた。()()()()()()()ように、血が人々の中に()()()()()、肉片は()()()()()()()


 そして、惨劇は悪夢であったように消えた。


 淡いピンクのドレスの裾やリボン、銀の髪も風に舞う。ルリアージェから放出される緑の風は、彼女の魔力そのものだった。優しく、柔らかく、見返りを求めることなく……。




「リアっ!」


 叱る声がジルの口をつく。


 魔力を解放し過ぎたのだろう。青ざめたルリアージェの膝が崩れ、倒れこむ身体をジルが抱き留めた。呆れたと表情に出した人間くさい魔性が、彼女を左手で抱き締める。


 完全に意識がないのだろう。真っ青な彼女の頬にかかる髪を、愛おしそうに指でのけるジルが苦笑いを浮かべた。


「本当に、優しすぎて心配だよ――≪・・・≫」


 誰にも聞かせない名で呼び、ジルは腕の中の美女の額に接吻けた。





「まあ、()()()()()()()()が揃ってるのは、幸いか」


 ルリアージェに向ける笑みとは正反対の、凄絶な笑みを口元に刻んだジルが足元の魔性を見下ろす。


「誰の配下でも同じだが……そうだな、お前にしよう」


 ジルは緑の髪と瞳を持つ少年を指差した。魔法陣も詠唱も必要なく、ただ使役の意図をもって指し示す。その少年だけを結界で包むと、子供の無邪気さでジルが笑った。


 必死に逃げる蝶を捕まえて羽を(むし)る無邪気で残酷な子供――罪悪感も痛みも感じない。


 元から痛覚が鈍い魔性にとって、人間の感情は娯楽と変わらなかった。それは魔性同士でも同じ、弱肉強食の世界なのだ。弱い魔性を殺して食らうも、退屈しのぎに潰すも強者の自由だ。


 強ければすべて許される。魔性の常識に照らせば、これからジルが行う八つ当たりに抗議できる者はいなかった。


「他は不要だ――オレに逆らった罪を悔いながら、死ね」


 ジルが望むままに世界は動く。彼を止められる霊力を持つ神族はすでに滅び、魔性では手が出せず、実力が拮抗する魔王たちは封じられていた。


 何もない空中に現れた針が残された魔性を貫く。銀色の金属に見える針は、光を弾く水だった。氷ではなく、圧縮された水が彼と彼女の身を貫く。


「きゃあああ」


「ぐあっ……」


 貫いた針をジルが指差す。軽く指を動かすだけで、針は棘を纏って2人の身体を内側から突き破った。傷口はもちろん、身体の内部も広げる棘は数が多く、あっという間に彼らは赤く染まる。さきほど、彼らが傷つけた人間のように……。


 真っ赤な血を滴らせる魔性たちは、起き上がる自由すらなく足掻いた。楽しそうなジルが少し考え、2人を纏めて手で囲う仕草をする。


 ふわりと円を描いた右手の動きに合わせて生まれた球体が、彼と彼女を包んだ。床に伏した状態で棘のある針で貫かれた魔性を取り込んだ球体は、しゃぼんのように柔らかそうに見える。彼らの身体に刺さる針が触れたら割れそうだ。


 下部を地につけた球体の中に、赤い血が溜まり始めた。逃げようとする魔性が身じろぐたび、赤が増えていく。


「大して痛くはないだろう? 霊力は使っていないからな」


 彼らを苦しめて実力差を見せ付ける為の――遊びだ。ジルにとって戦闘と呼べるほど魔力を解放する必要がない。使うのは爪の先程の小さな力だった。


 痛みに鈍い魔性を殺すには神族の霊力か圧倒的な魔力差が必要となる。人間が魔性を封じても殺すことは出来なかった。そして簡単に人間は死ぬ。


 脆い人間は同族同士で殺し合い、魔性に弄ばれ、魔物に狩られてきた。常に弱者である人間達の目の前で、強者である魔性が手も足も出ずに害される様は、ジルの興を煽る。


「一息に殺す気はない」


 簡単に殺してやらないと告げるジルが、笑みを深めた。


「やめろ、この死神がっ!!」


 緑を纏う少年が振り絞る声に目を細め、左腕に抱える美女に頬を寄せる。罵る声が心地よいと言わんばかりの態度で、ルリアージェの頬にキスを落とした。まだ目覚めない美女の銀髪を風が優しく揺らす。


 明るい日差しが降り注ぐ午後に似合わぬ、叫びや呻き声が魔性の口をついた。


「死神と知りながらケンカを売ったのは、そっちだろうに」


 くつくつ喉を鳴らして笑うジルの長い黒髪が、重力に逆らって揺らめく。

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