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第13話 アスターレン王宮炎上(1)

 王宮にまで響く轟音と振動に、慌てて湯から出る。駆け寄った侍女から服を受け取ると、魔法で髪と身体を乾かして着替えた。


 用意されていたドレスは後ろで結ぶリボンがついており、急いだ侍女が次々とリボンを結ぶ。驚くほど手際は良いが、褒めている時間はなかった。


 走り出した廊下は、騎士や侍女が走り回っている。普段はそんな無作法が許されない立場の彼らが、ここまで混乱するような事態が起きたのか。


「いったい、何が!」


 疑問系ですらない声が零れた唇を噛み締め、窓の外の巨大な竜巻に目を奪われる。廊下に日差しを取り込むガラス製の窓から見える景色は、散々たるものだった。


 美しかった前庭はさきほどの戦闘で破壊され、その向こうに広がる町並みは瓦礫の山だ。白い壁と煉瓦に似たオレンジの屋根が自慢の市街地を、竜巻が進んでいた。


 いや、竜巻と称するには違和感がある。


 なぜなら、壊れた街の間を竜巻が追いかけている形だった。普通は竜巻の風が触れたところから障害物を壊し、周囲の物や人間を巻き上げる。なのに、竜巻の前方が破壊されていた。


 まっすぐな道のように破壊された場所を、竜巻がゆっくり追いかける。自然現象ではあり得ない景色だった。それ故に、最初に疑ったのは……魔物による襲撃だ。


「魔物……いや、魔性か?」


 目を凝らすルリアージェの唇が紡いだ言葉に、侍女が目を見開く。彼女の役目は客人であるルリアージェの接待であり、今は避難させることも含まれていた。


 整った顔立ちと珍しい色彩の美女から飛び出した発言は、予想外のものだ。


「魔性……?」


「ああ、間違いない」


 中心に感じる魔力は強大だ。上級魔性であることは間違いない。その魔力に多少の揺らぎがあるのも感じ取るが、理由はわからなかった。


 実際は封印から解放された魔力と霊力が相殺し合っていたのだが、記憶のない彼女にそんな特殊な原因を読み解く知識はない。


「宮廷魔術師殿は?」


「あ、あの……殿下方と大広間に」


 最後まで聞かずに走り出す。普段のワンピースやローブと違い、丈の長いドレスは走りにくい。淡いピンク色のドレスのスカートを摘んで、素足を晒したまま走り抜けた。


 用意されていた靴はヒールが高く、結局脱いでしまう。放り出した靴を拾って追いかける侍女を置き去りに、ルリアージェは大広間の前で足を止めた。


「何者だ!」


 騎士の誰何に、答える地位も名前も持たない。それ故に、ルリアージェは無礼を承知で大きな扉に声をかけた。


「ライオット王子殿下! 私です、リアです!!」


「やめぬか、ここは王族の方々が………っ」


 注意する騎士の手が肩に触れる。向かって右側に立っていた騎士が歩み寄り、ルリアージェの無礼を咎めるように両手を拘束した。


 扉が厚く声は中に届かないらしい。焦ったルリアージェは騎士の手を掴んで振り払った。


「貴様っ!」


 左側に立っていた騎士も近づき、暴れる彼女を押さえようと腕を伸ばす。




「触れるなっ!!」


 叫んだ声はルリアージェではなく、見たこともない青年のものだった。




 大きなガラス窓が吹き飛び、欠片が宙に舞う。咄嗟に顔や頭を庇った騎士達の手が離れた。風を纏うように歩み寄る青年を中心に渦をまき、周囲を破壊していく。


「ルリアージェ、こちらへ」


 手を伸ばす青年の長い黒髪は解けて、荒れる風に巻き上げられていた。魔術ではない。だが自然でもない風が青年を守るように寄り添う。


「……誰?」


 見たことがある気がした。もしかしたら知っているのかも知れない。なくした記憶の先に繋がる人なのだろう。そう判断するルリアージェだが、彼の殺伐とした雰囲気に足を踏み出せなかった。


 怖い。懐かしい。

 誰だろう。

 私を知っているのか?



 ルリアージェの呟きを、風の中で聞き取ったジルが目を見開く。風の精霊が届けた言霊は、信じられない響きを纏っていた。


 彼女が、オレを知らない?


 何の冗談か。しかし彼女の表情を見れば、その発言は本心から漏れたとわかる。


 離れていた数日間に何があった? 


 痛みを共有するオレに届いた激痛を思い出す。あれは相当の痛みでなければ届かない。今は綺麗に治っている筈だが、かなり出血を伴う無残な傷を負っただろう。


 そのケガの原因は? 誰の所為で、どんな傷を負わされた?


「オレを知らない、と?」


 質問に疑問を返す。ジルを見つめるルリアージェの蒼い瞳が数回瞬き、やがて首が縦に振られた。




 くつくつと喉を鳴らして笑う目の前の青年に、ルリアージェは恐怖を覚える。反射的に後ずさった彼女と入れ替わるように、騎士達が前に出た。


「何者だ!」


「ここはアスターレン王宮、謁見の大広間だ。名を……」


 名乗れと言い切る前に、青年は紫の瞳で彼らを睨みつけた。殺気がこもった眼差しは、物理的な力を宿していたら彼らを刺し貫いただろう。そう思わせるほど、鋭く危険な色だった。


「オレに名乗れ、と言うか。人間風情が驕るな」


 人外であると自ら言い切ったジルが怒りに任せて霊力を解放した。風を操っていた霊力は、鋭い刃となって周囲の壁や調度品を切り裂く。


 真空の刃は当然、人間にも向けられていた。騎士の持つ槍の先端が落とされ、鎧が紙のように切り裂かれる。防ぎようのない攻撃に、彼らは数歩後ずさった。



≪我が崇める主は天に在り、我が僕は地に伏せ声を待つ。白に従う我らを護らせたまえ。人々の安寧と祈りの鐘をもって、息は域と成す。息を満たし、域が満つる、白き加護を……≫


 ルリアージェが結界を張るために詠唱を始めるが、その前に彼女の周囲に結界が現れる。荒れる竜巻を室内に持ち込んだジルだが、怒りに我を忘れたわけではなかった。


「お前は傷つけない」


 断言したジルが左手を持ち上げると、その上に赤い炎が現れる。炎の中心にあるべき核がない赤い火は揺れながら、徐々に大きさを増す。人の頭の倍くらいに膨らんだ炎は、揺らめきながら色を変化させた。


 赤からオレンジ、黄色を経て、やがて青を帯びた白へ変わる。


 白い炎の温度は、赤かった時の数倍になっているだろう。おそらく触れるだけで人が蒸発するほどの高温だ。


「だが……驕った人間には罰が必要だ。何しろ、このオレを二度も怒らせたのだから」


 妙に優しい、耳に柔らかい声が……不吉に響いた。

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