第107話 龍とドラゴンは別種族
「よしよし、ちゃんと帰してやるからな」
可哀そうになって声をかけるルリアージェだが、リシュアは首をかしげる。
「コレクションなさるのでは?」
「しない!」
彼らの毛皮コレクションを知るだけに、ドラゴン皮を集めようとするんじゃないかと怖い。そんなの要らないし、王族のようにバッグや防具を作る予定もない。聞き間違いや解釈違いが起きないよう、端的に断った。
魔性とは生活環境や思考の違いから、逆方向へ暴走することがある。経験があるため、重ねて否定することにした。
「ドラゴンは殺さない。傷つけない。コレクションもしない」
「やだわ、リアったら。あたくしは非道なことしないわよ」
きょとんとしたリシュアに言い聞かせるルリアージェに抱っこされ、大きな尻尾を振りながらライラが笑う。しかし彼女の笑顔は、次のリシュアの言葉で凍り付いた。
「……では、どう処分しましょうか」
殺さず、傷つけずに処分する方法を考え始めるリシュアに、ジルが答えを提示した。
「簡単だ。逃がせばいい」
「さすがはジル様。リア様のお望みは誰よりご存じなのですね」
ふふんと得意げな顔するジルは、手放しの誉め言葉に満更でもないらしい。しかしライラは「そんな話じゃなかったわ」とぼやいた。
「くひゃぁ……ひやぁ」
雷という武器を持つくせに情けない声で命乞いするドラゴンは、金色の美しい鱗を持っていた。初めて見るドラゴンに近づく無防備なルリアージェに、ライラが護身の結界を張る。その外にジルが別の結界を重ねた。
どちらか片方でもドラゴンの全力ブレスに対抗できる。守られている感覚に「ありがとう」と礼を告げて、そっと手を伸ばした。
「ひ、ひぃい、きゅあぁ」
怯えるドラゴンの必死な姿に、ルリアージェは触るのを諦める。これ以上脅かしたら、逃がした途端にパニックになりそうだ。残念そうなルリアージェが手を下したのを見て、ドラゴンは金の瞳をぱちくりと瞬かせた。それから彼女の腕をじっとみる。
「くひゃ……くひぃ」
先ほどと鳴き声が違うと首をかしげると、ドラゴンの視線を追って……腕輪を揺すって見せた。目を輝かせる様子から、どうやら水晶にいるジェンに反応したのだと気づく。
「ジェン、おいで」
囁くようにして開放する。腕に絡みつく青白い炎龍に、ライラがすとんと地面に降り立った。かりかりと結界の表面を掻いて興味を示すドラゴンへ、ジェンを差し出す。ライラが許可し、ジルが肩を竦めて許可したため、ジェンが外へするすると泳ぎ出た。空中を泳ぐ形で金のドラゴンと向き合う。
「ジェンの家族か?」
「いや、種族が違うからな。それはない」
長大な蛇に似た幻獣である龍と、魔物のドラゴンでは魔力量も格も違う。説明されると、それもそうだと納得する。ルリアージェのように人族が神族のように変化する事例は特殊で、ジル達のような長寿の魔性であっても初めてらしい。ならば龍がドラゴンから生まれたら知らないわけがない。
ジェンが空中で尻尾を振ると、雷竜がぺたんと地面に伏せた。頭も翼もおろし、可能な限り身体を平べったくする。
「ジェンの奴、雷竜を従えるか……相性は悪くないかもな」
ジルがくつくつ喉を鳴らして笑い、パウリーネが呆れた様子で肩を竦めた。
「従える?」
「今、ジェンが尻尾を叩きつけた行為は上位者が下位の者に命じる仕草のひとつです。それに従った以上、雷竜はジェンの配下となるのですよ」
リシュアが丁寧に説明してくれた。魔物には魔物なりのルールがあるようだ。得意げに尻尾を揺らしながら戻ってきたジェンを受け止めると、ライラとジルが結界を解除した。この場に害を加える存在がいなくなったという意味だ。
「くひゃぁ」
地に伏せたまま寄ってきた雷竜が、ルリアージェの手に頭をすり寄せる。撫でて欲しいと強請る猫のようで、自然と笑みが浮かんだ。そっと触れた喉は見た目の硬さを裏切る柔らかさだ。すり寄せた喉を撫でられ、嬉しそうに目を細めるドラゴンだが……そのサイズは人が乗れるほど大きかった。
「……連れ歩くには大きくないか?」
ジェンは小型化できるし、水晶に入れておけば目立たない。しかしドラゴンは連れ歩けないだろう。そう呟くと、ジル達が首をかしげた。
「小さくすればいいじゃないか」
「そうですわ。大きなままだと不便ですもの」
「封じる手もありますし」
最後の物騒な提案はともかく、小さくなれるのなら便利だ。明らかに嬉しそうな顔をしたルリアージェに、魔性達は内心で首をかしげた。なぜこんな弱小生物に主は夢中になるのか……もしかしたら愛玩動物と勘違いしているのでは?
そういえば人族の都を訪れた際も、犬猫に餌を与えていた。その感覚に近いのかもしれない。
「おいで」
ルリアージェが手招きすると、ドラゴンは洞窟の中を匍匐前進して、途中でお尻が引っ掛かった。後ろ脚が発達したドラゴンの形状では、洞窟の細い部分に入れない。
「小さくなれるか? このくらい」
肩乗りサイズを両手でくるんと示して見せると、少し首をかしげた雷竜がぼんやりと光った。見る間に小型化して、両手に乗る大きさになった。立ち上がると、よたよた揺れながら近づいてくる。膝をついて待つルリアージェの手に、顔をすり寄せて懐いた。
「可愛い! 連れ帰れるか?」
「ジェンが契約したなら問題ない」
ルリアージェに危害を加える心配はないと、ジルが頷いた。隣のライラも「雷竜なら特殊な生存条件はないと思うわ」と記憶を辿りながら話を繋ぐ。パウリーネとリシュアも特に問題は思いつかなかった。
先ほど見かけた雪竜や氷竜だと暖かい場所は苦手だから、炎龍であるジェンと相性が悪い。しかし雷は問題ないうえ、相性も抜群だった。
「お待たせいたしました」
この場面で、リオネルがようやく顔を見せた。優雅に一礼する彼だが、洞窟の中にある影からするりと出てくる。魔法陣を使わない彼の移動方法は、魔術とは別の力であるため興味深かった。しかし尋ねる前に、興味は別の物へ移る。
「ジル様も含め、全員が己に関係あるドラゴンを探すと思いましたので……こちらをお持ちしました」
彼が差し出したのは、小さな手乗りサイズのドラゴンだった。
「新種ですね。この大きさで成竜のようです」
「石……岩、かしら?」
近づいたライラが真剣に眺める。駆け寄ったルリアージェも手を伸ばすが、先にジルの結界が張られた。いきなり触って毒があるといけない。そんな気遣いを感じ、ルリアージェは彼に微笑んだ。
「いつも助かる」
「リアのためだけど、オレのためでもあるからね」
ウィンクして寄こすジルも隣に立つと、指先で小さなドラゴンを突いた。鳴くでもなく、怯えるでもない。きょとんとした顔で魔性達を眺める姿は、まだ幼竜のようだ。畳んでいた翼を摘まんで広げたジルが、驚いた顔をした。
「本当に成竜だ」
「どこで判断するのだ?」
翼のどこかに記号でもあるのか。興味津々のルリアージェを引き寄せ、翼の上部を指さす。畳んでいると見えないが、広げると翼に小さな爪がついていた。
「これが判断基準だ。子供のうちはこぶがあるだけで爪はない。成竜になると、こぶの中から爪が生えてくるんだ」
への字に折れた頂点についた爪が見分けるポイントらしい。普通は触れることが出来ないから、ドラゴンが広げてくれるのを待つのだが、彼らは気にせず翼をいじくりまわしていた。人の手が嫌いではないらしく、ドラゴンも逃げる素振りは見せない。
大人しく撫でさせてくれる竜は、美しい翡翠色の羽をしていた。爪は深い青、ボディは虹色だろうか。見る角度によって色が違うが、全体に真珠に似た印象を受けた。まろやかで柔らかい色合いだ。
撫でる手にすり寄るドラゴンは、柔らかかった。
「……リアの考えが読めるわね」
「奇遇だな、オレもだ」
「「「私達もです(わ)」」」
ライラに、ジルと3人が同調した。言う前に伝わってしまった要望に、恥ずかしくなって顔をそむける。赤くなった耳に、「連れていきたいんだろ?」と苦笑いするジルの声が届いた。
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