第104話 あちらの魔物はいかがでしょう
驚くべき巨体の主は、意外と小心者だった。
「……拍子抜けした」
思わず口に出したルリアージェの隣で、ジルが肩を竦める。怯えた様子で距離を置こうとするドラゴンは、見上げる大きさだった。竦めた首を伸ばせば、3階建ての建物と同じくらいある。しかし手足を縮こませ、震えながら「くひぃい」と情けない悲鳴をあげていた。
物語に描かれたドラゴンは大きな口で威嚇し、炎を吐いたり氷を飛ばす。国の戦士や騎士が総動員されて戦い、魔術師が何人も犠牲になってようやく倒せる存在だと記されていた。そのためもっと強いイメージなのだ。
「オレ達の強さがわかるんだから、それなりに年長のドラゴンだぞ」
無難な種類から見に行こうと提案したルリアージェに従い、大人しそうな木竜を探した。身体は大きいが草食で臆病という謳い文句に誘われて、巨木の多い森に降りる。
大木の根元で葉っぱや枝を食んでいたドラゴンは、突然現れた強者の存在に動けなくなっていた。可哀想になったルリアージェが溜め息を吐く。
「別のドラゴンを見に行こう」
魔物が多く危険すぎる大陸は、海で難破して流れ着く状況でなければ、人族が立つことはないだろう。
もしかしたら人族でこの大陸に立ったのは、ルリアージェが最初かも知れない。大陸の間を移動するような高性能の船は、いまだ人族の手が届かない夢だった。そのため別大陸があることは知りつつも、誰も冒険に出かける状況にない。
魔性達の転移魔法陣で訪れたルリアージェは、物珍しさに質問が止まらなかった。
「あれはなんだ?」
「サリアの木ね。蔦がたくさんあるでしょう? あれは寄生木の一種で小型の魔物を捕食するの。その死骸をサリアが肥料として吸収するから、共存共栄ね」
美しい白い幹を持つサリアが立ち並ぶ森は、まるで雪で作った人工物のようだった。その木に絡みつく赤い蔦が毒々しい反面、不思議な美しさがある。魅せられたルリアージェは、近くにいる角が生えた兎に気づいた。
「あの兎は?」
「ホーン・ラビットだ。角を軸に突進してくるんで、意外と厄介だぞ。茂みの中から足を狙ってくる」
兎なのに肉食なのも、魔物らしい特徴だった。人族が住む大陸の兎は草食で、大人しい動物だと認識されている。知識がない人族がこの大陸に降り立ったら、まっさきに餌食にされそうな魔物だった。毛皮は全体に茶色系が多いようだ。
数匹がこちらを見ているが、襲ってくる様子はない。念のために結界を張ったリオネルだが、気配に気づいて顔を上げた。
「リア様、あちらの狼などいかがでしょう」
何がいかがでしょうなのか。首をかしげながら示された方角を見ると、立派な狼がいた。グレーの毛並みは艶があり、なぜか頭の上に角がある。この大陸の動物すべてに生えているのか、それとも魔物だから角があるのか。判断できずに瞬きした。
しかし好奇心旺盛な彼女のこと、すぐに尋ねる。
「魔物はすべてツノがあるのか?」
「角がついていることが多いですね。あとは色が動物と違っていたり、炎を吐いたりします」
リオネルが淡々と教えてくれた内容によれば、魔物は氷か炎に特化した種族が多いらしい。風や水を操る魔物は少ないそうだ。稀にドラゴンのように雷を使う小型の魔物もいるらしい。
「角が欲しいの?」
「あの狼なら毛皮も立派なのが獲れるぞ」
狩猟対象としての「いかがでしょう」だったらしい。ようやく理解したルリアージェが慌てて止めた。
「待て、毛皮も角もいらない」
「肉は?」
「……それも後回しだ」
巨大な狼が踵を返して走り出す。残念そうに見送るライラとリオネルは、かなり好戦的な部類なのだろう。ジルは気にした様子がなく、リシュアは「あの大きさだとコートでしょうか」と物騒な発言をした。パウリーネは毛皮に興味がないのかと安心しながら視線を向けると「狼はたくさんあるから、別の魔物がいいわ」と斜め上の発言が飛び出した。
上級魔性達が毛皮をコレクションする傾向にあるのは、間違いようのない事実らしい。今まで戦った魔王や側近レベルの彼らも毛皮を集めるのだろうか。
「肉食獣の肉は臭いし固いから、リアの口に合わないと思うぞ」
一見大人しくしていたジルは、夕食の食材として狼を検分していた。
「そうだな」
彼らにとってこの考え方は標準だとしたら、いきなり人族のルールに当てはめて否定するのは失礼だ。自分に言い聞かせるルリアージェが、ぎこちないながらも微笑む。
「食材は任せる」
「任せて。確か大鹿がいたんだ。その肉は柔らかかったし、臭いもあまりない」
にこにこと食材を提案するジルに、ライラがぽんと手を打った。
「それなら群れを見つけてくるわ」
別に群れで狩らなくても……1頭いれば足りるんじゃないか? ルリアージェの心の声を聞かずに、ライラがぱちんと指を鳴らして消えた。もう彼女に任せるしかない。
「オレらはドラゴンを探すか」
「でしたら、私は水の気配を辿ってみますわ。水竜は滝の近くでよく見かけます」
「炎竜は火口でしょうか」
「以前に砂漠で雷竜を見た気がします」
パウリーネ、リオネル、リシュアがそれぞれに竜の目撃情報を提供する。その中から選ぶのかと思えば、ジルは予想外の方向へまとめた。
「よし、散って探してこい。オレ達は雪竜がいる山の上に移動する」
「「「承知しました」」」
こうして全員別行動になってしまった。
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