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第11話 彼の本性(2)

 最初に行ったのは、予定していたアスターレンの首都ジリアンへの転移だった。


 街の裏路地に現れ、足元で驚いているノラ猫にウィンクをひとつ。とても機嫌がよかった。鼻歌を歌いながら、この地点に転移させた筈のルリアージェの魔力を探る。


 近くではないが、この都から出てもいない。


 長い黒髪の先を、指でくるくる回しながら歩き出した。


 しかし、機嫌が良かったのはそこまで……。




 レンガに似た赤茶の屋根が続く街の先、青い屋根の王宮に目をやる。ルリアージェの魔力は王宮から感じられた。


 信じられない思いで目を見開く。もう一度探っても、確かに王宮の中だった。彼女はあの青い屋根の下にいるのだ。


 追われる身のルリアージェが、自ら王宮へ向かう理由はない。シグラ国境の街に寄ったときも、警備兵の姿に慌てて身を隠した。


 手配されている自覚があるからだ……なのに、王宮?


 ――彼女は囚われたのか?


「へえ、人間風情がいい度胸してるじゃないか」


 オレのルリアージェに手を出すなんて……な。


 あの女の檻の中で共有した痛みは、右手。ルリアージェの利き手であり、魔力を制御する杖を持つ腕だ。つまり彼女は攻撃を受け、魔術で対応した。


 急な攻撃ならば、杖を呼び出す間はなかった。ゆえに彼女は杖なしで魔術を発動し、その身を傷つけた可能性が高いのだ。




 路地の空気が変わった。ぶぎゃ……奇妙な声を上げてノラ猫は全力で逃げる。本能が告げるまま、ネズミや虫ですら逃げ出した。



 ふわり、温い風が起きる。ジルの足元に吹く風が渦を巻き、彼の身を持ち上げた。小型の竜巻に乗る形でジルは右手を正面に差し出す。


≪我が命に従え。背に翼を持つモノが命じる――主の下へ我を運べ≫


 魔術と呼ばれる力ではなかった。魔術ならば術の名称がある。感情のままに精霊を従わせる命令を放つ使役術は、失われし神の御技と伝えられていた。


 秘された力を、ジルは惜しみなく使う。


 アティン帝国が滅びる少し前に、神の一族は滅亡したと伝えられる。彼らが使ったのは『霊力による使役』だった。世界に満ちる精霊たちを、己の手足のように使役する。強大な力と驚くほどの長寿を誇る種族だった。


 彼らが喪われ、失われた力を振りかざす。


 右手を取り巻く風を上に掲げ、一気に振り下ろした。埃が巻き起こり、爆音と悲鳴が街を包む。いくつかの爆発、そしてジルの前の建物が消えた。


 崩れた瓦礫が積み重なる足元を一瞥し、興味なさそうにジルは視線を王宮に戻す。


「ふん……まだ『戻らない』か」


 封印された力はまだ回復していない。それでもアティン帝国より小さな国の首都ならば、さほど時間をかけずに滅ぼせるだろう。


 にやりと口角を上げる。


 あと2発もあれば、王宮まで届く。避けて道を行く、転移で彼女の元に行く――被害を生まない解決方法をあえて切り捨てた。


 彼女は傷つけられたのだ。ならば、代償が必要だろう?



 女王ヴィレイシェとの戦いで高揚した感情は、より凄惨な光景を求める。元々が『魔性』だ、人に恐れられるのは普通で、人を弄び殺すことに罪悪感はなかった。


 王宮へ向かって近づく。足元の人間が多少巻き上げられ、心地よい悲鳴とともに地に叩きつけられる様を愉しみながら、青い屋根を目指した。


 地上の人々は何が起きたのか分からぬまま、突然の竜巻という天災による死を与えられる。理不尽に家を壊され、財産を失い、命さえ危険に晒された。いや、気まぐれに奪われるのだ。


 白い壁と赤茶の屋根が自慢の都ジリアンの美しさは、見るも無残な姿に変わった。観光客がその美しさを褒め称えた都は、積み重なる瓦礫だ。


「あ……助け……」


 悲鳴を上げる女性、足を潰されて逃げられない男、すでに死した家族を必死に掘り起こす老人。まだあどけない少女が、はぐれた母を求めて泣く。まさに地獄だった。


 必死で逃げ惑う人間を無視し、ジルは再び手を振り上げる。


 軋んだ音を立てて街がひしゃげた。王宮まであと少し……。


「くくくっ……ったく、面倒くせぇ」


 言葉と裏腹に、ジルは笑みを浮かべ愉しそうだった。面倒だと思う意識も、久しぶりに大きく使う力も、遠慮なく壊せる対象がある事実も……すべてが愉しい。


「ルリアージェ」


 2回の破壊で、最初の転移地点から王宮まで真っ直ぐに通り道が出来ていた。竜巻はじりじりと進む。本来ならば竜巻が通った後ろが破壊されるというのに、先に破壊した場所を竜巻が通り過ぎるという奇妙な現象が起きていた。


 だがこれほどの大惨事に、それに気付ける人間はいない。


 最愛の人の名を呼び、ジルが最後の仕上げとばかり右腕を持ち上げた。封印された力をすべて解放していれば、指差す手間すらなく揮える力だ。こうして手を使って破壊しなければならないのは、戻らない力を補う為だった。


 あと、すこし。



 肩で切り揃えた銀髪は触れれば柔らかい。美しく穢れない海の蒼を宿した瞳――象牙色の健康的な素肌も、整った顔も、すべてが愛おしかった。


 勝気な性格、実は甘えべたで、でも猫舌を隠したりする可愛い女性。


 外見も性格も、彼女が彼女であるから愛しい。同じ性情や姿形を持っていても、彼女でなければ意味がなかった。魂が『ルリアージェ』であるからこそ、この心を捧げたのだ。


「リア」


 彼女がオレの魔力や霊力に気付かない筈がない。なのに、彼女は現れなかった。それこそが、ルリアージェが拘束され、捕縛された証拠だ。


 ――絶対に許さない。


 最後の一撃を見舞うべく、右手を振りかざした。

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