第102話 個性という暴走
雪で作られた大きな城は見事だった。魔術で灯された水晶が色とりどりに雪像を彩り、見応えのある光景に ルリアージェは満足して黒い城へ戻る。
「もう少ししたらサークレラの祭りがあって、次の夏はタイカの海祭りか」
有名な祭りをほぼ網羅すると指折り数えるジルへ、ルリアージェは頷いた。
ジルの居城は、気づけば帰る場所になっている。リオネルやリシュア、パウリーネはもちろん、ライラにもそう認識されていた。いつの間にか個人の部屋が増やされ、城はひと回り大きくなっている。それでも漆黒の空間が狭く感じないのは、外の空間ごと広げたためだ。
「あとで、みんなの部屋を見せてもらえるか?」
それぞれ個性的な魔性ばかりなので、きっと部屋も個性的だろう。目を輝かせるルリアージェの願いを、彼らは快諾した。断る理由がない。
「夏祭りが終わったら、部屋巡りね。ドラゴンはその後かしら」
くすくす笑うライラが呟けば、ジルが一瞬考え込んだ。すぐに何もなかった風を装うが、気づいたルリアージェが答えを待つ。無言の圧力に負けたジルは、苦笑いして白状した。
「いや、部屋は作ったが何も入ってない。寝る必要もないから、物置と同じだ」
「あたくしは植物をたくさん植えたわ」
少女の私室が植物園という暴露に、大地の精霊王の娘だからとルリアージェは納得する。ジルが物置扱いというのも、不思議と似合う気がした。鉢植えを置いたのではなく、本当に地面を作って床から生やしたかも知れない。それはそれで興味があった。
「3人はどうだ?」
話を向けると、リシュアは笑顔で「サークレラで暮らしていた部屋をそっくり移設しました」と言う。移設と言うからには、文字通り持ってきたのだろう。国王の私室を奪われたサークレラ王城は、どうなったのか。聞きたいような、聞いてはいけないような。複雑な心持ちになる。
「私は普通ですわよ。部屋を全て柔らかなベッドで埋め尽くしてますわ」
それは普通じゃない。パウリーネの常識のなさがバレた瞬間だった。まあ、休む部屋なら居心地の良さだけ追求すればいいので、あながち見当違いでもない。
「私も別段変わったものは無いと思いますよ」
笑っているのに黒い感情が滲むリオネルに、なぜか部屋を見たらいけない気にさせられた。
「この際ですから、家具を入れて人族のような部屋を作ってみましょうか。リア様にお見せするのですから、競っても面白いでしょう」
リシュアの提案に、ジルが手を叩いた。
「それだ! 夏祭りが終わるまでに死蔵品の家具を並べて部屋を作るぞ!」
「居心地のいい部屋を作ればいいのね」
人族の部屋にある物を思い浮かべながら暴走する彼らを、ルリアージェは微笑んで見守った。他人に迷惑をかけずに遊ぶなら、多少非常識でも構わないだろう、と。
簡単に考えた昨日の自分を殴り飛ばしてやりたい。激しい後悔に苛まれながら、ルリアージェは得意げな魔性達を振り返った。
一夜だけ。自室でゆっくりして顔を見せたら、大広間が大惨事だった。
円卓と椅子やソファしかなかった大広間に、書棚や飾り戸棚が置かれている。それだけなら実用性もあるので問題なかった。なぜか芸術品らしき彫刻や絵画も大量に飾られ、繊細で手触りのいい絨毯が敷かれた場所がある。しかも大量の毛皮もごちゃごちゃと並んでいた。
「……うん。順番に説明してくれ」
考えることを放棄して素直に尋ねると、最初にライラが毛皮の説明を始めた。
「これらは狩りの獲物だったのだけど、手触りもいいし絨毯にしようと思ったの。足りない場所は後で狩ってくるわね」
「狩らなくていい」
即答で否定しておく。不思議そうな彼女は「大丈夫よ、すぐだもの」と止められた理由を理解していない様子だった。さらに首を振って否定すると残念そうに肩を落とした。
可哀そうだと思うが、毛皮を奪われる動物の方がもっと気の毒だ。
「毛織物の絨毯は、滅びたラシュバーン国の名産品でした」
リシュアのまともな説明にほっとする。国王だった彼が買い取った品だろうか。そう思いながら手触りのいい絨毯を撫でると、とんでもない発言が降ってきた。
「サークレラの王城から回収してきました」
「……回収?」
「ええ。戦利品だったのですが、宝物庫にしまって忘れていまして。今回の模様替えの話で思い出したのです」
丁度良かったと言われ、頭を抱える。サークレラの公爵家の爵位を勝手にでっち上げただけでなく、過去ずっと守り続けた王家の宝物庫から、国宝級の品を持ち出すなど。恩知らずにもほどがある。いや、彼は1000年分の労働の対価だと考えているかも知れない。しかし黙って持ち出すのは問題だろう。
「書棚の本は私が揃えました」
リオネルが微笑んで書棚を示した。これも何かあるのではないかと疑うルリアージェの耳に、いたって一般的な状況が告げられる。
「時代ごとに集めた書物ですが、私は読み終えていますのでどうぞお使いください。書棚は1500年ほど前に見つけたものだと思いますが、もう返す持ち主もおりませんから」
持ち主がいない書棚は活用するとして、本も彼自身が読むために集めたらしい。他人に迷惑をかけていないと知り、疑ったことを申し訳なく思った。
「ありがとう」
「リオネルは収集癖がありますわ。たまに奇妙なものを大量に集めていますもの」
くすくす笑うパウリーネが奥にある絵画や彫刻を指さした。
「あれらもリオネルの収集物ですのよ」
「この彫刻は……見覚えが」
嫌な予感がする。ルリアージェは毛皮の上を歩いて、どこかで見たような彫刻の前に立った。下から見上げると、確かに記憶を刺激してくる。
「ああ、これならテラレスの宝物庫にあったやつだ」
肩に手を置いて横から覗き込んだジルが、答えを口にした。
ジルが封印された王杖の金剛石を調査する際に、確かにテラレスの宝物庫に入った。その時に見たのだと記憶が呼び起こされる。王杖が砕けた際、驚いて後ろに下がった時にぶつかった彫刻だ。倒れそうになった彫刻を慌てて押さえたはず。
「なぜ、ここに」
「リュジアン王宮でリア様のお好きな彫刻の傾向がわかりましたので、同じ作家の彫刻や似たデザインの物を集めました」
集めた……つまり、無断拝借か。人族の枠に当てはめると、これは盗難事件だった。溜め息をついたルリアージェの様子に気づかないのか、魔性達は口々にリオネルを褒めている。
「素敵ね。さすがだわ」
「これなんて、本当にリアの好みよ」
「気が利くな、リオネル」
本来なら戻して来いと命じるのが正しい。しかし彼らの性格を、ルリアージェは多少なり理解し始めていた。この彫刻は要らないと口にしたが最後、壊す、消す、捨てるの選択肢しか残らない。一国の宝物庫に保管されるほどの名作が、ゴミとして扱われるだろう。
それは作者に対して申し訳ない。
「次から持ってくる前に相談してくれ」
悩んだ末に彼女が口にできたのは、これだけだった。いつか持ち主に返そう。そう決めたルリアージェの呟きは、口調から想像するより弱々しかった。
「わかりました」
にこにこと笑うリオネルに悪気はない。罪を知らない幼子を叱りつけるような罪悪感を覚えながら、ひとつ溜め息を吐いた。
「レースのカバーやテーブルクロスは、海辺で見つけましたわ」
パウリーネの言う海辺とは、海に面した国だろう。穴を空けた宝石が一緒に編み込まれているのだから、土産物として販売されていたわけがない。高額過ぎて一般の人の手が届く品ではなかった。
「これは、どこから?」
「シグラの宝物庫ですわ」
悪びれず答えたパウリーネに、がくりと肩を落としたルリアージェが命じたのはたったひとつ。これだけ守ってもらえば、これ以上の被害は防げるはずだった。
「……人族の宝物庫は出入り禁止だ」
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