第101話 紅石の指輪と赤いスプーン
氷祭で氷像を堪能し、リュジアンの屋台を冷やかすことにする。王族追放記念の独立日として、1ヶ月後に別のお祭りがあるのだと説明された。王族追放に関わった立場としては複雑な心境だが、まあ国民が豊かで幸せに生活できるならいいかと割り切る。
「ふーん、人族って強かよね」
ライラが笑いながら屋台で見つけた串を袋から出す。川魚を香辛料でまぶした揚げ物は、すでに半分以上食べ終えていた。隣のルリアージェは食べ終えた串を袋に戻したところだ。1本ずつ紙袋に入れる方式で手渡されたため、紙袋をリオネルが回収していく。
豪華なコース料理より庶民の味を好むルリアージェにとって、祭りの屋台は宝箱だった。見たことのない食材や調理法が香ばしい匂いをさせて誘う。目移りしてしまい、全部買いたくなる。もちろん食べきれないので、彼女なりに自制していた。
この場で我が侭を口にして全部購入しても、残った分は保管するなり別の奴が食べればいいと考えないあたり、ルリアージェに染みついた庶民感覚はまだ抜けそうにない。
「リア、あれはどうだ?」
次の食べ物を探すルリアージェの興味をひくジルが手を掴んで引っ張った。手を繋いで走っていく2人を見て、残された4人は顔を見合わせる。
「ねえ、あたくし達ってお邪魔かしら」
「否定できませんね」
茶化したライラに、肩を竦めるリオネル。しかしリシュアが慌てて彼らの注意を引いた。
「大変です、呼んでいますよ」
手招きするルリアージェに気づいて、4人の魔性は凍った路面を歩いていく。踵が尖ったヒールでも転ばないパウリーネは水や氷を得意とすることもあり、危なげなくたどり着いた。
「見てみろ、このお菓子! ふわふわだ」
目を輝かせるルリアージェの指さす先で、雲のような白い綿が量産されていた。飴菓子だと説明された銀髪の美女は大喜びだ。太い串に刺さった綿菓子を口元に運び、少しずつ口に入れた。
じゅわっと溶ける感覚が癖になったらしく、もう1袋欲しいとジルに強請る。ぺたぺたと髪や顔に貼りつく綿に苦戦しながらも、半分ほど食べた。
ぼんやりと曇っていた空が、ついに雨を降らせ始める。寒さゆえか、すぐに雪に変わったので大して濡れずに済んだ。フードが付いた毛皮を着たルリアージェは、空から舞い落ちる粉雪にはしゃぐ。
「リア様って純粋よね」
「ええ、このまま変わらずにいていただきたいですね」
パウリーネとリシュアの声が、小さく雪の中に消えた。
「リア、そろそろツガシエに移動するぞ。あっちは雪だったか」
ジルの確認に「ツガシエは雪の彫刻です」とリオネルが穏やかに追加する。氷のリュジアン、雪のツガシエと言われる北の大国だが、氷の像を削り出した透明感のあるリュジアンの作品は人の背丈程度の物が多い。しかしツガシエは雪の塊を積み上げて、大きな建造物を作ることで有名だった。
雪に水を掛けて固める手法で、城や巨大な滑り台、中にはドラゴンに似た生物を模したものまで、幅広い種類が並ぶ。前回のツガシエ訪問は家具だけだったので、実はかなり楽しみだった。
「移動は馬車か?」
「いや、一度戻って転移した方が早い」
人族の移動手段より、各段に早い。しかし早くつきすぎても、祭りまで時間がありそうだった。不思議そうなルリアージェに、リシュアが魅力的な提案を持ち掛ける。
「以前にサイドテーブルを購入した工房が代替わりしたそうですよ。新しい家具が増えているのを見に行きませんか?」
「見たい!!」
即答したルリアージェに、パウリーネ達が柔らかな笑みを浮かべた。主が満足する姿を見るのが、彼女ら魔性にとって最高の幸せなのだ。注目を集める美男美女の集団は、公爵家の家紋を隠した馬車に乗り込んでから転移した。
中に誰もいない空の馬車は街を出たところで忽然と行方をくらますが、目撃者は誰もいなかった。
ワンピース姿で、少し裕福な商家の奥様を装ったルリアージェは駆け出す。以前も訪れた工房は古びたが、看板は新しかった。代替わりしたときに掛け替えたのだろう。飾り文字が刻まれた看板は何と読むのかわからない。この辺りが堅物だった先代との違いを表していた。
リシュアが予約していたため、すんなりと中に通される。かつて作業場だった一角にカウンターや棚が設けられ、観光地のお土産屋に模様替えした感じだった。先代の武骨な雰囲気が気に入っていたので、すこし残念に思う。
これが時間の流れというものだろう。人族では何回も遭遇する場面ではないが、奥にある古い工具に見覚えがあった。あれは引き継いだものかも知れない。懐かしさと目新しさにきょろきょろと見回し、小さな机の前にあるお婆さんに気づいた。風景に同化した彼女の指に、紅石の指輪がはまっている。
「素敵なお店ですね」
ルリアージェの視線に気づいたリシュアが穏やかに、老婆へ語り掛ける。ゆっくり顔をあげた彼女は目がほとんど見えていないらしい。目を細めていたが、諦めた様子で瞼を伏せた。
「ああ、息子が頑張って、今は孫の代だから」
先代どころか、先々代だったらしい。しわがれた老婆の手を見つめると、残酷な時間の流れを実感した。本当なら、自分もあの流れの中にいたのだ。複雑な感情を持て余すルリアージェが、老婆の手に触れて膝をついた。
「旦那様は?」
「亡くなったよ、この指輪をくれてすぐだった」
愛おしそうに撫でる指輪はかつて、ルリアージェの指を飾っていた。家具の代金に妻に渡すと言ったあの親方は、本当に奥方に渡したのだと微笑ましくなる。普段はプレゼントなどしなかったのだろう。だから、彼女がもらった指輪を本当に大切にしているのが伝わった。
あの時の言葉がその場凌ぎの言い訳じゃなく、事実として残ったことが嬉しい。
「とてもお似合いです」
にっこり笑った老婆の手を離し、そっと彼女のそばを離れた。変わってしまったもの、変わらないもの、すべてが入り混じった空間が愛しく思える。
長寿の魔族が人族に対して同じ感覚を持つかわからないが、稀に人族に守護を与えた魔性の話も残っていた。御伽噺のようで真実味がなかったあの話も、誰かにとっての真実だったのだろう。
「リア様、こちらをご覧くださいな。素敵ですわ」
艶のある木で作った食器だった。家具職人の修行の一環なのか、手ごろな価格で様々な種類の食器やカトラリーが作られている。お土産に適したそれらを眺め、ルリアージェは数種類のスプーンを選んだ。
黒檀に似た黒い木材をジル、ライラは優しい木目のものを、真っ白で優美な形をパウリーネ。濃い木目の硬い木をリオネル、柔らかく手に馴染む飴色の木をリシュアへ。それぞれに選んだところで、珍しい赤い木で作られたスプーンが横から差し出された。
「こちらもございますよ」
色違いを集めるルリアージェに、赤いスプーンを渡した青年は老婆の孫だろうか。にっこり笑って受け取ったルリアージェは、6本すべてを纏めて梱包してもらった。会計を終えると、家具は見ずに店を後にする。
「いいのか?」
家具を見なくて。そんなジルの質問に、ルリアージェは満足そうに頷いた。家具を見るのもいいが、幸せそうな老婆の姿で胸がいっぱいだった。
「雪の建造物を見に行こう! 温かい飲み物も欲しい」
「屋台が多いのは元王宮があった方角ね」
「広場がありますから、雪の彫刻や屋台も多いでしょう」
話題を変えたルリアージェに追従するライラとリシュアの声に、街の呼び込みの声が重なった。自分の店や宿を宣伝する騒々しい祭りの雰囲気を吸い込み、大きく息を吐き出す。気分を切り替え、ルリアージェはジルが差し出した腕に、己の腕を絡めた。
「リア?」
「行こう」
彼女からの誘いを断るはずもなく、ジルは「お姫様の仰せのままに」とおどけて見せた。
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