第100話 見たことのない果物
ジルの城にいると温度や湿度に気を使う機会はない。常に快適で、何も不満がないのだ。その環境に慣れたルリアージェは、突然渡された毛皮に驚いた。ふかふかの柔らかな毛皮は、以前にジルから貰った熊より手触りがいい。まだら模様のコートを撫でながらリオネルに首をかしげた。
「毛皮は早くないか?」
「リア様、そろそろ氷祭や雪祭りの時期ですよ」
「もう冬なのか」
数日前まで初秋だった気がする。紅葉を楽しむジュリの赤葉祭りを楽しんだばかりだが、外は冬が来たらしい。人の世と時間の流れが違うのは聞いているが、思ったより時間が短かった。
「ゆっくりするなら、来年の氷祭でいいじゃないか?」
ジルは長椅子に斜めに寄り掛かり、のんびりと声をかけた。黒髪を高い位置で結いながら立ち上がり、すたすたと歩いてくる。手触りのいい毛皮を抱っこして満足げなルリアージェの頬へ、ちゅっと音を立ててキスをした。
真っ赤になったルリアージェがしゃがみこむ。
「お祭りはいく。あと、キスは勝手にするな」
ジルに文句をつけながら、ルリアージェは赤くなった首筋を手でぱたぱた仰いだ。照れると口が悪くなるルリアージェに「ごめんね」と口先で謝るジルが笑う。あまりに幸せそうで、それ以上の文句を言えなくなった。
ジルは我が侭になった気がする。そう心の中でぼやくルリアージェに自覚はなかった。好意を向ける相手に甘えるのは魔性の素直な部分であり、悪いところでもある。あまり知られていないが、猫と一緒で増長していく傾向が強い性質があった。
そして自覚がない彼女は、ジルやライラ達を否定せずに肯定し続ける。無条件に受け入れてくれる存在がいたら、子供の精神をもつ彼らが依存するのは当然だった。どこまでも幼子と同じなのだ。優しくされれば懐き、冷たくされれば攻撃する。
なにより魔性達を喜ばせたのは、彼女が我が侭を口にするようになったこと。今までは我慢して口にしなかった言葉も遠慮なく口にし、言いかけて飲み込むこともなくなった。心を開いたと判断した魔性達が、さらに彼女を甘やかそうと考えるのも自然な流れだった。
「リア、美味しい果物を手に入れたわ」
「これは落月花の実ですわね」
姿を消していたライラが突然広間に現れ、手にした白い房状の果物を自慢する。驚いたパウリーネの声から判断すると、珍しいものらしい。興味を惹かれて近づくと、ライラが房ごと手渡してくれた。外が寒かったのか、柔らかい実の表面が結露している。
「冷たい。食べられるのか?」
果物と表現するなら、食べ物だろう。そう思って尋ねたルリアージェに、腰に手を当てたライラが得意げに説明を始めた。
「これは真っ白な落月花という木にできる果実なの。食用なのだけれど、精霊が育てないと花が咲かないのよ」
花が咲かなければ実はつかない。つまり精霊が育てた実という意味だった。
「精霊はなぜ育てるのだ?」
この実を食すのだとしたら、貰ってきてしまうと困るのではないか。疑問がつぎつぎと湧いて出るルリアージェの手に、冷たいライラの指が絡められた。にっこり笑って広間のテーブルへ誘う。素直についていくルリアージェを座らせ、ライラとジルが左右に腰掛けた。
「あの子たちは育てるけれど、食べないわよ。だからもらってきたの」
紫がかった青がグラデーションになった美しい皿を取り出したリシュアがテーブルに置き、促されたルリアージェが冷たい実を乗せる。リシュアの風が房から一粒の実を落とす。丸い実が皿を転がる間に、白い外皮は鮮やかな黄色に変わった。
「すごい!」
「やってみますか?」
リシュアが房ごと実を差し出す。目を輝かせてルリアージェが指で実をもぎ取る。落ちた実は淡いピンク色に染まった。
「……色が違う」
驚いたルリアージェの様子に、くすくす笑うリシュアは「大成功ですね」とライラに告げる。どうやら実の色には理由があるらしい。それを尋ねる前に、今度はリオネルが手を伸ばして実をもいだ。落ちた粒は濃い紫色に変化する。
「落月花の実は無属性だから、落とした人の魔力によって色が変わる。しかも魔力自体の色と関係なく、触れた時期でも色が変化するらしい。珍しい実だから、あまり試す機会はないけどな」
「きっとリアが好きだと思ったのよ」
ジルの説明に、ライラが悪戯成功と手を叩いて喜ぶ。「珍しい実を見つけたから試して欲しかったの」と笑う彼女に「ありがとう」と礼を口にした。
「ジルは何色だ?」
「うーん、前回は赤だった。今回はどうだろう」
彼らにとってもルーレットのようなもので、何色が出るかわからない。そっと一粒もいだ実は、真っ青になった。海の色、それも深く暗い色だ。
「パウリーネとライラもやってみてくれ」
「ええ」
「わかりましたわ」
はしゃぐ主の姿に、彼女らも頬を緩ませて手を伸ばす。残った実は少なくなって、あと5粒ほどだった。そのひとつをライラが落とした。摘まんだ瞬間から色が広がって、緑色になる。明るい緑色はやや黄色寄りだ。
続いてパウリーネが触れるとオレンジ色に変わり、ころんと皿の上に転がった。目を瞠ったパウリーネが「前回は黒だったわ」と呟く。
毎回色が違うのはすごいと感激するルリアージェは、色の変わった粒をひとつ選んだ。自分が落としたピンクではなく、リシュアが変色させた黄色を摘まむが、もう色は変化しなかった。
「変化は一度なのか?」
「ええ、もう変化しないわ。色によって味が違うこともないの」
説明しながらオレンジ色の実を剥いたライラが、真っ白な果実を差し出した。見た目はツガシエで食べたレイシーにそっくりだ。口を開けると、巨峰くらいの粒が転がり込んだ。
「あ! オレが食べさせたかったのに!!」
「残念ね、リアの初体験をもらったわ」
意味深な言い方をして揶揄うライラだが、色事に疎いルリアージェは実を食べながら首をかしげた。意味が分からないながらも、『初めての実を食べる体験』として納得する。意味は間違っていないが、なんとも色気のないうら若き乙女だ。
「甘くて美味しい」
「あら、甘かったならリアが優しい証拠ね」
不思議な言い方に、リオネルが説明を付けてくれた。
「この落月花の実は、食べる人により味が変わります。優しい人は甘く、他者を貶める人は苦く、愚かな者は酸っぱく……様々な味に変化するのですよ」
説明しながら、皆が実を剥いてくれる。しかし誰も口にしようとしない。彼らの殺伐とした人生を考えると甘いわけがなかった。
「私は優しくないと思うが……」
「実は正直よ。嘘が通用しないもの」
ライラは実をすべて剥いてしまうと、皮をどこかへ消してしまう。残された実をジルが指で摘まんで差し出すので、素直にそのまま口を開けて食べさせてもらった。本人に自覚はないが「あ~ん」状態の甘い雰囲気が漂う。
「食べ終えたら、ツガシエとリュジアンの冬の祭りを回ろうか」
「本当か?」
「いいですね。新しい身分を用意しますか」
リシュアの提案に、リオネルが首を横に振った。
「王族絡みでなければ地位は不要でしょう」
優遇される部分がある反面、面倒ごとを招き寄せる可能性があるのが地位だ。サークレラはここ10年でリュジアン、ツガシエを統合した。その国の貴族を名乗れば、かなり危険も増すだろう。
「ジュリから入国して、リュジアン、ツガシエと回ればいいのではなくて?」
パウリーネが取り出した地図を広げる。ここ10年で勢力図は大きく変わった。ウガリスとシグラがテラレスに攻め込んだため、現在のテラレスはルリアージェの知る時代の半分に領土を減らしている。ウガリスはアスターレンと戦の準備を進めており、シグラはタイカを狙っていた。サークレラがリュジアンやツガシエを飲み込んだことで、戦いの機運が高まったのだ。
欲しい領土は奪えばいい。そんな風潮が広がって、ジュリはアスターレンと同盟を組んだ。サークレラに飲み込まれぬよう、2国で協力するらしい。しかしアスターレンが後ろのウガリスに狙われた以上、ジュリも同盟国として戦う義務がある。
複雑な勢力関係を一切説明せず、パウリーネは指先でルートを示して微笑んだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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