第99話 選択とは常に悩ましい
ベッドで彼女を休ませて、魔性達は顔を突き合わせて地図を睨んでいた。恥ずかしいから今日はこのまま寝ると言っていたので、ジルは会議を提案したのだ。議題はもちろん、これからの行き先だった。
お祭り巡りを続けるのか、その場合タイミングを図らなければならない。地上と時間の流れが違うので、よく確認して動く必要があった。今までの彼らには体験したことのない調整である。
別の大陸へ魔物を狩りに行くツアーを先にするなら、彼女好みの魔物がいる地点を事前に調査すべきだろう。特に虫や蛇を嫌う様子は見せなかったので、大抵の魔物は平気だと思われる。だが、出会った瞬間に悲鳴を上げて逃げる事態になったら気の毒だ。
「リアはドラゴンが見たいんだよな」
図鑑のドラゴンに興味を示していたので、魔物ではなくドラゴンだけを追いかけるのもいい。
「どのドラゴンでもいいのかしら」
「氷や雷など変異種を探すより、炎や水のドラゴンで慣れる方が先でしょうか」
「リア様ならどちらでも喜んでくださるでしょうけれど」
「「「せっかくなら、感動していただきたいです(わ)(ね)」」」
パウリーネの語尾にリオネルとリシュアが被った。笑うライラが「しー」と声をひそめる仕草をする。実際にはルリアージェの部屋に音は届かないが、くすくす笑いながら3人は自分たちの口を押さえた。
「新種探しもしたいな。絶対に喜ぶ」
「そうね、一通り見てから探しましょうよ」
今までの彼や彼女らが、魔物であるドラゴンに興味を持つことはない。偶然出会っても、襲ってこなければ無視する程度の存在だった。夏に見かける蝶や昆虫のような感覚で、特に追いかけたり捕まえた記憶はない。それなのに、ルリアージェが喜びそうだと想像するだけで、ドラゴンが魅力的に思えた。
強者として頂点に立つ上位魔性達に追い回されるなど、ドラゴンにしてみたら迷惑な話だろうが。
「祭り巡りやドラゴン狩りなんて、リアがいなければ思いつきもしなかったな」
遊びとして魅力も感じない。時間潰しでしかないのに、一緒にいるルリアージェが笑ってくれるかもしれないと考えれば、わくわくした。どの祭りが一番気にいるだろう。どんなドラゴンが好きだと言うか。世界のすべてが彼女を中心に回る。
「そうですね。不思議な方です」
「何にでも興味を持たれるので欲が深いのかと思えば、まったく逆ですし」
リシュアとリオネルがくすくすと笑う。
「リア様は子供みたいに純粋ですわ。好奇心が旺盛で、他者を気遣うことを当たり前にされるでしょう? 本当に優しい方なのだと思います」
パウリーネがうっとりと呟いた。
「……人がいない間に噂をするなんて」
照れて拗ねた口調が割り込んでくる。気づかないフリで褒めていたパウリーネが「あら」と言いながら振り返ると、リシュアやリオネルも頬を緩めた。
さっさと立ち上がったジルが近づき、部屋を仕切る扉を開ける。休んだはずの銀髪美女が、シンプルなワンピースで壁に張り付いていた。
「起きたなら、ちょうどいいから付き合ってよ」
ワンピースの肩に手を回し、くるりと回転する勢いを利用して膝下を持ち上げる。ルリアージェが驚いている間に、回った身体はジルの腕の中だった。お姫様抱っこされたルリアージェは不安定な姿勢に、思わずジルの首に腕を回す。
「び……っくり、した」
「落とすわけないでしょ。リア」
テーブルに肘をついたライラが、フルーツの果汁で作ったワインを取り出した。甘口で女性受けするワインをリシュアが受け取り、リオネルが用意したグラスに注いでいく。美しいピンクの液体に気づいたルリアージェが目を瞬かせた。
お酒はあまり強くないが、飲むこと自体は大好きなのだ。甘い香りはひどく魅力的だった。
「軽く飲みましょうよ。いいアイディアが出るかもしれないわ」
ジルは円卓の椅子を魔法陣で収納し、猫足のソファを代わりに置いた。寝そべるサイズのソファにリアを下ろし、当然のように隣に陣取る。
「リアはドラゴン探しとお祭り巡り、どっちを優先したい?」
「どちらでも対応できるよう、ご用意させていただいております」
リオネルがグラスを渡しながら微笑むと、チーズを並べるリシュアが皿を用意し、パウリーネが燻製の魚を薄くカットして並べた。
「お祭りを優先したい……時間はたくさんあるから」
ルリアージェは最後の言葉を幸せそうに噛み締めた。時間はたくさんある。彼や彼女らと一緒に過ごす楽しい時間は、もっと短いのだと諦めていた。人族の寿命なんて彼らにとって羽虫のごとき軽さで、すぐに終わってしまう。死後の彼らを心配するくらい、大切な存在だった。
だから寿命を気にせず過ごせるなら、好きなことを大好きな人達と楽しみたい。思う存分時間をかけて、人の身では経験できない時間を過ごしたいのだ。
言葉より雄弁に語るルリアージェの表情を読み取りながら、魔性達は嬉しそうに頷いてくれた。
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