第95話 仮装する収穫祭(2)
胸の内側がじわじわするような、不思議な感覚がする。地に足がつかない感覚が心地よく、同時に僅かな不安も与えた。
「だが、明後日には祭りは終わるのだな」
「何か心配なの? リア」
少年姿のライラが首をかしげる。まだ始まってもいない祭りの終わりを憂う感情が、ライラにはわからなかった。
「確かにこの祭りは明後日に終わるが、そのあとはテラレスの収穫祭があって、ツガシエの冬祭り、それからリュジアンの雪祭りもあるんだぞ。春になればサークレラにも行く。祭りがない時期なんてないから、忙しいぞ」
くすくす笑いながらジルが指摘した。その内容を噛み締めるルリアージェが「そうだな。忙しい」と頬を緩める。
「お待たせしました」
話が一段落したところへ、様々な飲み物と食べ物が並べられた。
軽食を終えた彼らが外に出ると、住民達が仮面を手に走っていく。全員が同じ方向ということは、左側でなにかイベントでもあるのだろうか。通りすがりの青年を一人呼び止めて、リシュアが丁寧に尋ねていた。
「わかりました。祭りの初日の夜に、王宮から振る舞いがあるそうです。踊り子が数人雇われて踊り、無料で飲食できるそうですよ」
「……そうか」
複雑な感情を濁したルリアージェに、ジルが笑いながら首を横に振った。
「祭りを楽しむんだろ? 一緒に行こう。そもそも、今の外見でリアを判別できるわけない」
言われて、自分の姿を見下ろした。小麦色の肌も、赤い巻き毛も、銀髪の魔術師がもつ色彩じゃない。顔は仮面で隠してしまうし、きっとわからないはずだ。
「そうすね。今のリア様を見て気付けるほど、親密な相手ではなかったでしょう。問題ないと思います」
多少知っているリオネルの追従に、ルリアージェは考えるのをやめた。性格なのだろう。考えすぎて疲れる前に、思考を放棄するのが彼女だった。この軽さがなければ、大災厄と呼ばれるジルを連れ歩かなかったはずだ。
「行こう」
仮面を早めにかぶるルリアージェに合わせ、魔性達はさっさと顔の半分を隠した。ついでとばかり、ライラが尻尾を解放する。人がいる場所では隠しているが、今なら仮装の一部に見えると笑った。
ふわふわの尻尾に手を伸ばし、そっと触れる。ルリアージェの好きにさせていた魔性達は、表情を和らげて見守った。しかし人影が減ったことで、出遅れると慌てたルリアージェが走り出す。
「急ぐぞ」
「「ええ」」
「「「わかった」」」
全力で走るルリアージェにすぐ追いついたジルが、ひょいっと彼女を抱き上げる。驚いた顔をするルリアージェの頬にキスをして、息も乱さずに走った。
「お、見えてきた」
大量の人々が埋め尽くす広場で、噴水の近くに作られた櫓に似た建物がある。イベント用に臨時で作ったらしく、木組みの簡易なステージだった。
「……綺麗だ」
踊り子が薄い生地を纏わせながら、ひらひらと踊り続ける。名のある踊り手なのだろう。周囲から「アリア」や「シェリー」といった名前が飛び交った。名を呼ばれると応えながら、踊り子達は音楽が止まるまでステージを賑やかす。
「見事だわ」
ライラも感心した声をあげる。踊りが終わると、彼女らの後ろに大きな袋が大量に届けられた。一際高い歓声が上がった観客の様子に驚いていると、上から小さな袋がばら撒かれる。手のひらに乗る小さな紙袋を開くと、飴や焼き菓子が包まれていた。
王家を示す紋章が押印された紙袋は、踊り子たちの手で国民の上に降り注ぐ。これが王族からのお振る舞いなのだろう。次に受け止めた袋には銀貨が1枚、その次は髪飾りらしきアクセサリーが入っていた。どうやら内容はかなりバリエーション豊からしい。
重そうな袋もあれば、軽い袋もある。恒例となった袋撒きが終わると、都の住人も観光客も徐々に広場から散り始めた。ルリアージェは受け止めた5つの袋を手に振り返る。
手ぶらの魔性達に首を傾げ、「お前達は拾わなかったのか?」と口にした。言った後で、彼らは何でも欲しい物が手に入るのだから、拾う必要はないのかと納得する。しかし、肩を竦めたジルは予想外の言葉をくれた。
「リアが楽しんでるんだから、参加するさ。ただ他人の手から奪う奴も結構いたから、こうやって……ほら、確保してある」
「あたくしも」
「私もですわ」
「当然ですね」
「楽しむのが祭りのルールですから」
それぞれに収納魔法の口を少し開いて見せてくれた。中に紙袋が複数落ちているのがわかる。彼らも一緒に紙袋拾いをしてくれたことが嬉しくて、ルリアージェは笑顔になった。
「夕食は屋台で済ませる? それとも宿に戻る?」
宿の食堂も祭りに合わせて料理を用意するだろう。どちらでも構わないと決定権を委ねるライラへ、変装した赤毛美女は「うーん」と迷う様子をみせた。出かける前に宿の主人が口にした「収穫祭の時期の民族料理」も気になるが、屋台の食べ歩きも捨てがたい。
「リア、祭りはまだ2日あるんだから、今日と明日で分けたらどうだ?」
ジルが提案した内容は、どちらも選べる魅力的なものだった。目を輝かせたルリアージェが「ならば今日は宿で食べる!」と答えを高らかに告げる。他の魔性に異存などあるわけなく、足を宿がある南へ向けた。
宿まであと少しのところで、ケンカを見かけた。惚れた女性のエスコート役で、2人の男性が争っている。周りを多くの人々が囲んで、はやし立てていた。祭りではよくある光景なのだろう。衛兵もよほどひどい殴り合いでなければ、手を出さない方針らしい。
「こういうの、前にあったな」
ジルの呟きに、ルリアージェも心当たりを引っ張り出す。
「あれか? ジルが地方領主の妻に言い寄られたとき、それとも未亡人が短剣振りかざして追っかけてきたとき……」
指折り羅列するルリアージェの指がまた折られるのを遮って、ジルはにっこり笑った。色彩がいつもと違っていても、印象をぼかしても美形は得だ。笑顔で黙らせたジルが「違うよ」と否定した。
「ほら、辺境の街で着飾ったじゃないか。あの時にお忍びの姫君と騎士のオレ達に絡んだチンピラがいただろう。周りを街の人がぐるりと……こんな感じで囲んでた」
「思い出した!」
確かにそんな事件もあった。ルリアージェが食べたいと強請った屋台の肉串を買ったジルが戻ると、大人しく待っているはずの彼女が絡まれており、しかもジルの助けを待たずにやっつけた。あの時はまだ手配書が出て間もない時期で、バレないよう場を濁して逃げ出したのだ。
「懐かしいな。リアと出会ってすぐの頃だ」
「出会ったというより、纏わりつかれたの方が近い」
文句を言いながらも絡んだ腕を離さないルリアージェの、今は赤い巻髪にキスを落とす。どんな外見でも関係ない。この魂を愛したのだから。黒髪でも、いっそ髪がなくても……彼女を美しいと思う気持ちは変わらないと断言出来た。
「ねえ、そのあたりの話をご飯の時に聞きたいわ」
両親のなれそめ話を強請る子供みたいに、ライラは無邪気に強請った。ケンカの騒動の横をすり抜けて、2ブロック先の宿の暖簾をくぐる。祭りの間は食堂を解放すると言っていた通り、いろんな人々が集まっていた。
「おう、お帰り。飯なら用意するが」
「ああ、頼む」
すぐに席に案内され、待っている一見客を尻目に料理が運ばれてくる。南瓜や芋を使った温野菜、キノコのスープ、柔らかなパンと赤い木の実のジャムが並んだ。少し待つとメインだと言われ、鶏肉の香草詰めが2羽も置かれる。
「豪華だな」
「祭りの間は、王様のおかげで食材が安いからな」
「素晴らしい王様だ」
「ああ」
褒めると照れ臭そうに鼻の脇を掻いた店主が、サービスのワインを1本くれた。そんなルリアージェのやり取りを見ながら、リシュアがぼそっと呟く。
「リア様は人たらしの才能がありますね」
「あら、魔性たらしもすごいわよ」
パウリーネの追撃に、魔性達は顔を見合わせて笑う。店主にワインの礼を言ったルリアージェを温かく迎えた魔性達は、人の家族のように振る舞った。
もらったワインを喜び、瓶を開けてグラスに均等に注ぐ。それから鳥や野菜を取り分け、各々食べながら旅の話を楽しんだ。祭りの賑やかな空気を楽しんだ彼と彼女らは、酒の余韻をそのままに部屋に向かい……最後に部屋割りで少しだけ揉める。
居心地よい雰囲気に始終、ルリアージェの顔から笑みが消えることはなかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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