第95話 仮装する収穫祭(1)
露店で買ったキノコと肉の串を食べながら、ルリアージェは同行者を見つめた。色を変えたのはルリアージェだけでなく、他の魔性達も違う色を纏っている。
ジルは明るい金髪と水色の瞳で、ぱっと見は騎士のような装いだ。髪は短くして、顔立ちも少し印象をぼかす魔術を使用した。おかげであまり注目を集めずに済んでいる。
ライラは相変わらず子供だが、今回は少年風にアレンジしていた。長いブラウンの髪を短くして、瞳を赤い色に変えただけで別人だ。着ている服も半ズボンにシャツという軽装だが、高級そうな素材が金持ちの息子風の雰囲気を漂わせていた。
リシュアは顔バレしそうな貴族に会うとマズイので、全面的に顔の印象をぼかして青白い髪と紫系の瞳に変えた。これだけで別人のように外見が変わるのだが、長髪を肩の高さで揃えて分かりにくさに拍車をかける。
パウリーネは男装の麗人といった雰囲気で、髪と瞳を明るい金茶色にした。ポニーテールにした髪を三つ編みにして背に垂らしている。肩甲骨あたりに届く髪が文字通り尻尾のようだ。
リオネルが一番色を変えている。褐色の肌をもっと色濃くした上で白っぽい髪色と金色に見える瞳にした。どうやら以前に見たことがある魔性の外見を真似たらしい。
「リア、これはどうだ?」
呼び方も変える提案があったのだが、わからなくなるのでやめようと却下された。今の気分は仮装大会だ。ルリアージェは長いひらひらしたローブを羽織り、日焼けした小麦色の肌を大胆に晒す衣装を身に纏う。胸元のコンプレックスを隠すように、ローブは少し大きめの白を選んだ。
黒より白の方がふくよかに見える。さらに胸元でローブの生地を結んで誤魔化す念の入れようだった。炎のような赤い髪をふわふわカールさせ、瞳の色をそのまま変えずに残す。誰が見ても銀髪の魔術師ではなかった。
「美味しそうだ」
平べったい鉄板で焼いた薄い生地で肉や野菜を巻いた屋台料理は、持ち歩きしやすいよう工夫されていた。タレは最初から肉にまぶしてあり、好みで上から塩コショウを足すらしい。ジルが差し出した紙の包みを覗き、ぱくりと大口で頬張った。
肉は柔らかいし、香ばしいタレや香辛料の匂いが抜けて美味しい。嬉しそうに食べるルリアージェは食べ終えると、紙包みを丸めて近くのゴミ箱に放り込んだ。祭りの間はいたるところにゴミ箱が置かれていて、観光客に優しい。
どの国も基本的に祭りは国民のために開催される。そのため貴族や王族は多額の寄付や物の支給をして盛り上げることが通例で、自然と観光客が増える効果があった。
気づけば祭りを楽しむより、観光客や地元客相手に稼ぐ商人が集まり、宿や食堂も店を開けて稼ぎ時を逃さぬよう努力する。
以前訪れた時と変わらぬレンガ色の屋根と白い壁が美しい街を目に焼き付け、ジル達が見つけてくる屋台料理を頬張る。非常に贅沢な楽しみ方をしながら、アスターレンの首都ジリアンをぶらついた。
昼間は普通の収穫祭だが、夕方から夜にかけて仮装大会が始まる。地元のお化けだけでなく、他国から来た招待客や観光客も仮装するので、様々なお化けが練り歩くのだ。
仮装の対象は『恐れられるもの』という括りがあり、お化けや魔物など夜の生き物が主流だった。一部には、数人がかりでドラゴンを模した張りぼてを被る集団もいると聞く。
特に仮装しない者は、人ならざる者のフリをするために仮面を被るのが一般的だった。
「リア、こっちで仮面が売られてるわ」
「これなんて素敵」
少年ライラと男装中のパウリーネだが、どちらも普段の口調が抜けないので外見と違和感がある。しかし祭りの間は周囲も細かいことは気にしないらしく、足を止めて見つめるような不躾な者はいなかった。
「私ならこっちだ」
仮面をひとつ選ぶ。赤紫の仮面に白と金を使って、蔦のような模様が描かれていた。蝶や鳥の絵が散りばめられた華やかな仮面は顔全体ではなく、顔の上半分を覆う形だ。鼻の頭から上を覆う仮面を当てて見せると「似合うわ」と声が上がった。
緑色の葉っぱをたくさん並べたような目を覆うタイプの仮面をライラが見つけ、隣のパウリーネが獣の毛を使った猫の仮面にお金を払った。
「ジル達はどうする?」
尋ねると、バッグから出した振りを装いながら、収納空間からそれぞれに仮面を取りだした。羽を広げたコウモリのような黒い仮面はジル、リオネルは虹色の尾羽がついた白銀の仮面、意外だったのはリシュアで目元だけ隠す布の仮面を見せる。
「それは……もしかして」
リシュアの治めていたサークレラの民族衣装の布に似ていた。帯に使うしっとりして厚い織物で作られ、金糸や銀糸が織り込まれた煌びやかな模様で、全体に濃緑色をしている。アイマスクのように目元だけを隠す形で、後ろで結ぶようになっていた。
「ええ。民族衣装の帯を作るついでに頼みました。以前にこの国の祭りに招待されましたので」
リシュアが国王として君臨した期間は長く、いつの祭りに招待されたのか聞いても頭が混乱するだろう。早々に興味を引っ込めたルリアージェは「見せてくれ」と帯生地のマスクを手に取って眺めた。顔に触れるためか、滑らかな柔らかい生地で作られている。
「綺麗だ」
「ありがとうございます、きっと職人も喜んでいるでしょう」
にっこり笑って返却されたマスクをしまうリシュアの言い方に、やっぱり職人が存命していないくらい昔の話だったと頬が引きつった。
「リア、仮面が決まったら購入してしまって……少しお茶をしない?」
足が疲れる頃を見計らって気遣うライラに頷き、ルリアージェは手を繋いで歩き出す。後ろから近づいたジルがさりげなく反対の腕を絡め、満面の笑みを浮かべた。
見つけた店は裏通りの地味な喫茶店だった。レンガ作りの壁は漆喰で化粧していたが、内側はそのままレンガを残している。居心地のいい空間が広がる喫茶店はさほど大きくなく、6人が入ると半分以上の客席が埋まった。残されたのはカウンターくらいだ。夜は酒を出す営業もするようで、カウンターの奥には酒瓶が綺麗に整頓されていた。
「いらっしゃい、あら……観光のお客さんね」
顔を見せた美人なお姉さんがにっこり笑って、メニューの貼られた壁を指さした。
「注文が決まったら声をかけて」
ふくよかな胸元を羨ましそうに見つめるルリアージェが、自分の胸を見てため息をついた。これは触れない方がいい案件だ。慰めても、褒めても怒られる状況だった。
「リアは何にする?」
気づかなかったフリをすることにしたジルが、壁のメニューリストに目を通して呟いた。
「珍しいな。コーヒーがあるなんて」
「え? 本当だ。ぜひ飲んでみたい」
興味を惹かれたルリアージェの浮かれた声色に、息を飲んで見守っていた魔性達は安堵の息を漏らす。祭り当日に機嫌を損ねるような言動は、絶対に慎まなくてはならない。
「あたくしは紅茶でいいわ。あとケーキは内容次第ね」
ケーキ欄は日替わりの文字があり、何のケーキが出るかわからない。ただ値段だけが記されていた。そのためライラは即断しない。
「リア様が飲むなら、違う種類のコーヒーにしますわ。少しだけ交換して楽しめますもの」
パウリーネは男装の麗人である外見を忘れ、いつも通りの口調と振る舞いで提案した。
「いいのか?」
「もちろんです」
ルリアージェが手を取って喜んでいる横で、男性陣は羨ましそうな目をしていた。
同じ提案はすぐ浮かんだが、それぞれの事情で諦めたのだ。リシュアとリオネルが同じことを言えば、間違いなくジルの怒りを買うので口に出せない。
ジルは別の理由があった。実はコーヒーの味が好きでない。そのため言い出しそびれてしまい、出遅れた形となった。
ここまで彼女が喜んでくれるなら、自分達も頼めば良かったと、2種類しかないコーヒーの欄を恨めしく睨んだ。今さら相乗りする気もないので、苦笑いしてそれぞれに注文を決める。
店員のお姉さんに注文を終えると、ルリアージェは先ほど買った仮面を机の上に出した。
「祭りの準備をするのも楽しいものだ」
一緒に付き合ってくれる仲間がいて、大切にしてくれる人達がいて、楽しみを前にわくわくしている。こんな気持ちは、過去の生活で味わったことがなかった。




