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第94話 お祭り巡りをしませんか

「というわけで、リアにドラゴンを見せたいの」


 端的な説明に、ジルは「うーん」と唸った。確かにこの面々がそろえば、リアに危険を寄せ付ける心配はない。魔王達が動かなければ、彼らに危害を加えられる実力者はほぼいなかった。


 海辺の別荘に戻り、食事を終えた彼女らは紅茶片手に雑談中だ。平和な光景の裏に、さきほどのような襲撃があったとしても、生活のスパイス程度の認識しかなかった。


「どのドラゴンがいいとか、希望はある?」


 問われたルリアージェが首をかしげ、同じ方向に首を傾げたジルと見つめ合う。ぽちゃんとライラが自分の紅茶に砂糖を入れた。


「どんなドラゴンがいるのか、わからない」


「なるほど、そこからですね」


 ごそごそと図鑑を取り出したリシュアの手がページをめくり、ぴたりと止まった。古い書物ではなく、紙はまだ新しく黄ばんでいない。傷みが少ない図鑑の開かれたページには、ドラゴンが数種類描かれていた。


「上から炎竜、水竜、風竜、土竜ですね。隣のページは変異種です。木竜、雷竜、氷竜でしょうか」


「私も雷系のドラゴンは見たことないわ」


「ドラゴン種は狂暴ですし、新種が増えていても誰も気にしないので、もっと種類はいるでしょうね」


 図鑑のドラゴンを説明したリシュアの横から覗いたパウリーネが口を挟み、最後にリオネルが補足した。確かに人族はドラゴンに関する知識を集められる環境にいない。遭遇すれば命がけで退治するだけで、研究する余裕のある魔術師など考えられなかった。


 魔族に至っては力試しの相手に使うくらいで、ドラゴンにさほど興味がない。そのため新種と出会っても、無視するか戦う以外の選択肢はなさそうだ。


「ドラゴンと会話はできるのか?」


「興味があるなら、現場で研究してみればいいさ。リアが人族最初のドラゴン研究者かな」


 くすくす笑うジルの様子に、本当に危険なくドラゴンを観察できそうだと期待が膨らんだ。嬉しそうなリアの前に、フルーツタルトを差し出す。


「ただ、今は季節が悪いから……あと少し後の方がいいぞ。あっちの大陸は氷河期だ」


 数年単位で氷河期と温暖期を繰り返すらしい。ジルが途中まで説明したが、残りの細かな質問にはリシュアが答えてくれた。爬虫類と一緒で、ドラゴン種は寒くなると洞窟に閉じこもって出てこないらしい。飛ぶ姿が見られるのは、温暖期のみだった。


 氷河期になり気温が下がると動けなくなるドラゴン達は、地熱を利用して洞窟で眠って過ごす。その時期に会いに行っても大変なだけで、眠る巨大トカゲがいるだけ――そう断言されたリアは、素直に彼らの提案に乗った。


「わかった。ならば氷河期が終わったら見に行こう」


「それまでは近隣の国々の祭りを、転々としませんか」


 パウリーネの浮き浮きした提案の声に、ルリアージェも笑顔になる。サークレラの花祭もそうだが、ルリアージェは他国の文化や祭りに疎い。幼い頃に魔力量と魔術の才能を見出されてから、ずっと英才教育と称して隔離されて育った。世間知らずな部分が目立つのもそのせいだ。


 平民の暮らしも知らなければ、一般的な女性としての知識もかけていた。本人は自覚なくとも、王族に仕える一生だと思い込まされていたのだ。ジルと出会わなければ、教育者の意図した通りテラレス国の宮廷魔術師としての人生を歩んだだろう。


「国によって違うのだと聞く。実際に行ってみたい」


 ルリアージェの子供のような願いに、ジルはぱんと音を立てて手を打った。


「よし、それなら計画を立てないと。順番通り回れば、1年で大陸中の祭りを一周できるぞ」


 リオネルが紙を取り出して、季節を書き込む。それぞれに知っている祭りを並べながら、表となった紙の隙間を埋め始めた。


「この祭りは前半が盛り上がるので、順番が逆ですね」


 リシュアが記憶を頼りに修正していく。花祭はその年ごとに多少のズレがあるため、気象条件と相談になる。感謝祭や収穫祭は決まった周期で行われるので、日付を確定した。


 びっしり書き込まれた表を、今度はリシュアが丁寧に書き直していく。修正箇所を踏まえて未確定の祭りは下段に記載するなど、長年(まつりごと)を統括した彼らしい気遣いで写し終えた表が差し出された。


「今からですと、数日で始まるアスターレンのお祭りが最初ですね。聖人の生誕祭らしいです」


 リオネルが指さしながら説明を加える。頷いたルリアージェだが、眉間にしわを寄せた。事情を知るリオネルとジルが顔を見合わせ、黒髪をかき上げたジルが口を開く。


「気にしなくていいぞ。もう元に戻したし、大きな祭なら顔がバレる心配もないから」


「……そうだが」


 破壊された街と青白く炎上した城の姿を思い出す。腕を斬りおとされたライオット王子や、弟を守る為に立ちはだかった王太子の姿が浮かんだ。


「もう平気でしょうね」


 リオネルも簡単そうに請け負うので、ルリアージェも頭を切り替えることにした。


「なぁに、知り合いでもいるの?」


 首をかしげるライラに曖昧に頷く。すると彼女は嬉しそうに奇妙な提案をした。


「だったら見つからないように、変装していきましょうよ! サークレラの公爵家で有名になったから、少しイメージを変えたらいいわ」


「瞳や髪の色を変えると印象ががらりと変わります」


 代替わりするたびに外見を変えて王位を守った男の言葉は重みがある。素直に頷いたルリアージェに対し、周囲は予想外の盛り上がりを見せた。


「銀髪は目立ちますから、そうですね。黒はいかがですか?」


「あら、赤も素敵よ。きっとリアの顔立ちなら映えるわ」


「瞳の色と髪の色を交換するというのは珍しいのでは?」


 様々な意見が出た後に、ジルが溜め息をついた。


「あまり似合いすぎると、貴族や王族に目を付けられるぞ」


「「「「確かに」」」」


 なぜか全員に納得されてしまい、ルリアージェは首をかしげた。色を変えて目立つと注目されるのはわかるが、貴族に目を付けられる理由がわからない。こういう疎い部分がルリアージェの好ましい部分でもあり、悩ましい部分でもあった。


 母親を含め美人を見慣れた彼女にとって、自らの顔が整っている自覚はない。ましてや現在はトップクラスの上位魔性という美形に囲まれたため、己の容姿について客観視する機会はなかった。


「まあ、胸がないから……っ」


 パチンと大きな音で、禁句を口にしたジルの頬が叩かれる。側室にされる心配はないと言いたかったのだが、安心するより怒りが先に立ったルリアージェの平手を喰らった。さらにパウリーネとライラの冷たい視線も刺さる。


「本当にデリカシーのない男ね」


「さすがに主でも許せませんわ」


「しょうがないだろ。安心材料の一つだぞ。これでリアの胸がこんなだったら……」


 両手でメロンくらいのサイズを示し、ジルは先を続けた。


「過去の国すべての国王に求婚される騒動だった」


 まあ、地方領主やアスターレンの第二王子には求婚されたが、そんな話は余談と切り捨てる。ジルの指摘に誰も反論が出来なかった。


 くびれた悩ましい腰から尻へのライン。細く長い手足。健康的な象牙色の肌と整った顔立ち……珍しい銀髪と至高の宝石である蒼く透き通った瞳――これで妙齢の女性である。狙われる要素が多すぎて、逆によく無事だったと魔性にすら感心されるレベルだ。


「今までよくご無事でしたね」


 人の世の醜さと欲深さを誰より実感している元国王リシュアの、しみじみとした物言いに全員が頷いてしまった。


「私のような性格の女は好まれない。問題ないぞ」


 この自覚のなさが最大の問題だった。とにかく子供に甘く、息をするような気軽さで人助けをする。この集団の中で一番魔力は少ないが、人族として見れば最上級の魔術師だった。


「この通り自覚がないから、出来るだけ地味めに仕上げよう」


「でもダサイ恰好は無理よ」


「そうね。リア様の美貌を引き立てながらも目立たない格好がいいわ」


 着飾って遊びに行くのに、地味で平凡そうに見える髪色や瞳の色を検討し始める。なんとも複雑な判断を迫られる状況となった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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