第91話 海辺の穏やかな風景
タイカ国の海辺で、今度こそゆっくりした時間を過ごす。1度目は水の魔王に襲撃され、2度目は風の魔王と火の魔王に誘拐され人質にされた。3度目の正直、やっと訪れた普通の休暇を満喫する。
「リア、料理できたぞ」
どうしても料理は手作りすると我が侭を振りかざしたジルに任せ、女性3人は海辺で水遊びしていた。魚の調達など忙しく動き回ったのはリオネルとリシュアだ。日焼けしないようパウリーネに水の薄い膜を張ってもらったため、砂浜で遠慮なく日向ぼっこをした。
どうしても水を透過する日差しの影響で、少しばかり肌が焼ける。水着の跡がついたと紐をずらして笑うルリアージェに、ライラが薄い上着を羽織らせた。
「夕方になると寒くなるわ。羽織っておいて」
「わかった」
素直に受け取ったルリアージェが膝近くまである長い上着を羽織る。背中の翼は見えないよう、ジルの魔法陣で隠してもらった。魔力の供給も彼が行っているので、かなり上位の魔性でなければ隠ぺいを見抜かれる心配はない。
「不思議な感じがする」
今までになかった翼の感覚に、服がひっかかってもぞもぞする。意識しなければ服を透過している時もあるので、魔力が形を作ったものではないかとジル達は考えていた。
貴族用のプライベートビーチになっているため、周囲の視線を気にせず振る舞えるのは楽だった。居心地がいいこの別荘は、リシュアが調達してきたという。どうやらサークレラで国王をしていた頃のツテを頼ったらしい。
「今日はカルパッチョと魚介のスープ、薄いパンとカレー味のチキンね」
サラダやワインと一緒に大量に並べられた料理は、ハーブがふんだんに散りばめられていた。翼の位置に気を付けながらルリアージェが座ると、全員が円卓を囲む形で腰を下ろす。
「このハーブはあたくしが用意したの」
大地の魔女にとって地の恵みを揃えることは、何ら苦労を要しない簡単な仕事だ。少し精霊にお願いすればいいだけなのだから。余ったハーブが花束のように食卓の中心で活けられた。
「残りは明日のハーブサラダにするか」
朝食も自分で作るつもりのジルが、次のメニューを考え始める。ワインを開けたリシュアが「このワインは香りがいいですね」とラベルに目を止めた。
「ええ、折角だからリア様の生まれ年にしたのよ」
パウリーネが調達したワインは、赤白とも同じ年のワインを探し出した。ジュリで作られたワインは内陸産特有の豊潤な香りが特徴だ。王族として各地のワインを味わったリシュアは、慣れた手つきでグラスにワインを満たした。
「「「乾杯」」」
全員がグラスを掲げて、夕暮れが溶けるワインに口を付ける。最初に白を選んだのは、魚やハーブの味を殺さないためだ。後半にかけてチーズやカレーを使った濃い味の料理になるので、そこから赤ワインを楽しむ予定だった。
「ジルは本当にまめだな」
「確かに、料理なんて手間の塊ですもの」
ルリアージェとパウリーネの言葉に、サラダを弄っていたジルが穏やかに口元を緩める。しっかりルリアージェの左隣を陣取ったジルは、カルパッチョやスープも取り分け始めた。
「最愛の人の口に入る素材を、よりおいしく味わってもらうための努力は当然だろ。幸いにしてリアの好みは旅の間に掴めたから、ちゃんと合わせてるぞ」
薄味を好むルリアージェの好みに合わせた料理は、色鮮やかだ。見た目にも気を使ったジルは、盛りつけた小皿をルリアージェの前においた。カルパッチョも美しい花びらが飾られ、まるで花畑のように目を楽しませる。
「ありがとう」
微笑んだルリアージェへ、フォークで掬った魚を差し出す。
「ほら、あーん」
「……さすがにそれは無理だ」
「ざーんねん」
断れるのは承知の上らしく、ジルはあっさり引き下がった。ルリアージェの背にある翼が引っ掛からないよう、椅子はシンプルなものを使用している。
「やっぱり不便だ」
「見えなくても引っ掛かるから」
背に翼もつ種族の唯一の生き残りが仕舞い方を知らない以上、ルリアージェが翼をしまう方法はない。ジルが背に黒い翼を出して、ぱたぱたと動かした。考えながらしまう、出すを繰り返し始める。
「リア、ちょっと試してほしいんだけど」
そう切り出したジルが提案した方法は、意外なものだった。彼にとって翼は霊力とセットらしい。つまり霊力を体内に封じ込めるイメージで、翼が出し入れできる。人族の魔術師として上位のルリアージェなら、魔力を体内に戻す形を翼に流用できないか。
翼を魔力の延長として考える方法だった。魔力だと思えば、体内に納めることができる。
「なるほど。確かに魔力のような感じはある」
体内をめぐる魔力の流れを翼にまで範囲を広げていく。そしてすべてを胸のあたりに押し込めるイメージを作り上げた。胸元にある小さな空間に魔力を収納して、いつの間にか閉じていた目を開く。
「どうだ? 消えたか?」
息を飲んで見守っていた魔性達の驚いた顔に、首をかしげる。消えていないのだろうか。
「本当に消えたわ」
右隣のライラが背中でひらひら手を動かし、ジルがほっとした表情で背中に手を触れた。そこに翼の感覚はない。成功したと頬を緩めたルリアージェが気を緩めると、ばさっと翼が外に飛び出した。
「……あら、難しそうですわね」
パウリーネが苦笑いするが、リオネルは「慣れでしょう」と穏やかに微笑む。リシュアは今の現象が興味深いらしい。
「魔力の延長が翼ならば、我々も作れませんか?」
リシュアの疑問に、3人の魔性は食いついた。
「あたくしも欲しいわ」
「リア様やジル様とお揃いね」
「考えたことがなかったですが、試す価値はあります」
ライラ、パウリーネ、リオネルが真剣に魔力を練ったところで、呆れ顔のジルが中止を宣言した。
「こら、食べ終わってからにしろ」
「「「すみません」」」
気づけばリシュアまで一緒になって、翼を作ろうとしていたらしい。夕暮れが終わって薄闇に包まれる円卓に、リオネルがキャンドルによる灯りを並べる。ゆらゆらと風に踊る炎に照らされた食卓は、どこか幻想的で現実離れした雰囲気があった。
食べ終わる少し前に赤ワインを開けて口をつけ、フロマージュとして振る舞われるチーズを楽しむ。最後はさっぱりしたシャーベットで締めくくられた。
もう一度翼をしまいなおし、ほっとした表情でルリアージェが背もたれに寄り掛かる。行儀が悪いのは承知だが、どうしても羽を気にした生活は肩が凝るのだ。こうして気軽に背中を預けることが出来ない状態は疲れた。
生まれついての羽ならば、気にならないかも知れない。しかし突然現れた背中の翼は、ルリアージェにとって装飾過多なドレスと似た感覚だった。傷にしたり汚したりしないよう気を遣う存在だ。そのため翼をしまった今、ドレスを脱いだ身軽な気分になる。
「ああ、楽になった」
「昨夜は寝る時も俯せだったもの」
笑いながらバラしたライラに、ジルがぼそっと「羨ましい」とこぼした。一緒に寝たいと駄々を捏ねたのだが、耳まで真っ赤になったルリアージェに拒否されたのだ。
「今夜はオレと寝よう。抱っこして寝たい」
全力でアピールするジルに首を横に振ると、がっくりと肩を落とした。あまりの落ち込みように、ルリアージェは断り方が悪かったと妥協案を探る。
「そうだ! みんなで一緒の部屋に寝ればいい」
「みんな……」
繰り返したジルが顔を上げる。心なし目が輝いているが、全員一緒なら問題ないとルリアージェが大きく頷いた。彼のことだ。部屋一面にベッドを敷き詰めてでも寝る場所を確保するだろう。
贅沢を極端に嫌うルリアージェらしくない考えだが、それだけこの非常識な甘やかし集団に慣れてしまったということで……。
「ベッドをご用意しましょう」
リシュアが最初に切り出した。隣でリオネルが部屋の片づけを申し出て、パウリーネが愛らしいネグリジェを取り出してルリアージェに勧めた。
「……わかってるな?」
にっこり笑ったジルの促しに、3人は静かに頷いた。ルリアージェに見えない場所で行われた『夜中になったらこっそり別の部屋に移動する密約』だが、にっこり笑った少女の声が台無しにする。
「あたくしは、わからないわ」
絶対に部屋から出ていかない。そう宣言したライラだが、リオネル達に運び出されて隣室で目を覚ますのは、翌朝の出来事だった。
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