第90話 泡沫の休息
大変お待たせいたしました(o´-ω-)o)ペコッ
「ジル、翼のしまい方を教えてくれ」
ライラが自らの身体に戻るついでに、黒い城へ戻ったルリアージェの最初の言葉がこれだった。白い翼が1対2枚広がる背中は、ドレスを突き抜けた状態になっている。服を破って飛び出さなかったのは幸いだが、これはこれで困るのだ。
「うん? 別にそのままでもいいじゃないか。すごく神秘的で綺麗だぞ」
立ち直ったのか、先ほどまで縋っていたジルは首を傾げて不思議そうにする。
「美しい翼ですから、そのままにされればいいと思いますよ」
「雪みたいに真っ白ですわね。神族みたい」
リオネルとパウリーネの褒め言葉にちょっと照れるが、ルリアージェは「そうなのだが」と複雑そうに切り出した。
「これだと、街へ降りて観光ができない」
一緒に海へ行くと約束したが、背中に翼が生えた人間を連れ歩けないだろう。見慣れた魔性の彼らからみても伝説の神族と同じ白翼なのだ。間違いなく騒ぎになるし、下手すれば追い回されてしまう。
間違いなく珍獣扱いだ。
困惑顔で説明したルリアージェに対し、リシュアが頷いた。
「確かに人族は貪欲ですから。神族と認識すれば捕らえようとするでしょう」
「わかるわ。隠す方法は確かに必要ね」
大広間に置かれていた氷の棺に腰掛けるライラが、精霊の姿のままで声をあげる。本来の年齢に相応しい大人びたライラが、床に散らばる茶色の髪を緩やかに編み始めた。
隠す方法といっても、身長より大きな翼を布などで覆えば、逆に目立ってしまう。
「翼のしまい方、か」
唸って考え込んでしまったジルに、全員が首をかしげた。普段から行なっている行為に何を悩むのだろう。そんな配下の視線に、ジルは溜め息をついた。
「考えたこともなかったから、わからない」
「……しまえないのか?」
それは不便だと呟くルリアージェだが、言葉ほど困った様子ではなかった。背中の羽がぱたぱたと動く。感情で動くらしく、動物の尻尾に近い状態だった。自ら動かす意思がなくとも動くのは、背中に生えた翼がルリアージェの一部である証拠だ。
「こう説明すればわかるか? 呼吸するのに意識したことないのと同じだ」
「「「なるほど」」」
一斉に頷いた。確かに生まれた時から自然と呼吸していたから、呼吸の仕方を教えてくれと頼まれても答えようがない。吸い込めばいいと言っても、吸い込み方を説明するのは難しかった。
ジルにしてみたら、背中の翼は生まれた時からあった。考えなくても自然に出したりしまったりしていたので、しまい方を深く考えたことがない。教え方もわからない状態だった。
「これだとこの城から出られないな」
困ったと呟くルリアージェに、ジルは簡単そうに別の案を提示した。
「見えなければいいだろ。サークレラの公爵夫人だから、無闇に背中を触れられることもないし」
もらった肩書きが役に立つといわれ、それもそうかと頷いた。サークレラは、リュジアンに続きツガシエも自治領として受け入れたため、大陸一の大国になっている。そんな大国の王族につながる公爵夫人の身に、許可なく触れる無礼者はいないだろう。
「ならば、一緒に海に行けるな。約束を守れそうでよかった」
安心しきった笑顔のルリアージェが告げた言葉に、魔性達は顔を見合わせた。エンラ国の海辺で休暇を過ごす。今回の誘拐騒動で吹き飛んだ計画を、約束だからと守ろうとする。彼女の生真面目な性格を彼らは好ましく感じた。
「そうね、約束だもの。一緒に海辺でゆっくりしましょう」
「リアは魚料理が好きだったな。腕を奮うから楽しみにしてろ」
ライラとジルの声に、ルリアージェは嬉しそうに笑う。平和な会話が擽ったく、どこか誇らしく感じた。
「さて、あたくしは戻るわね」
編み終えた三つ編みを背に放ったライラが、指先で氷の棺を叩いた。透明度の高い氷は、眠る少女の髪や表情まで伺える。玻璃の中で眠っているようだ。
「……凄いな、この氷は溶けないのだろう?」
「ええ、自然に溶けることはありませんわ」
氷の棺を作成したパウリーネが得意そうに肯定する。表面に刻んだ魔法陣を覗き込んだルリアージェが、記号の一つを指差した。
「これは何を示しているんだ?」
「こちらは私を示し、隣のこの記号が大地の魔女を示すものですわ」
他者の魔力を受け付けないよう刻んだのだと説明され、ルリアージェは目を輝かせて魔法陣を指でなぞっている。
「試していいか?」
「問題ありませんわ。リア様の魔力は指定していないので、溶ける要素にはなりませんもの」
パウリーネは指摘しなかったが、攻撃を反射する記載がない魔法陣なので、危険もない。興味深そうに、炎の魔法陣を描いたルリアージェの手が乗せられた。表面を炎で炙っているのに、まったく状態が変わらない。溶けるどころか、炎に照らされた氷は美しく光を透過して輝いた。
「ライラは今の姿と、この少女の姿のどちらが本物だ?」
一通り興味が落ち着いたルリアージェの疑問に、ライラは少し考えた。片方が本物で偽物ではなく、どちらも本物なのだ。肉体年齢が少女で止まったのは、精霊王である父親が眠った影響だった。代替わりで急激な霊力が流れ込み、受け止める器が霊力ごと時間を封印した。
どう説明したら正確に伝わるか考えながら、ライラはゆっくり説明を始める。
「そうね、本来は今の外見まで成長しているはずなの。ちょうどこの年齢の時に、父親が封印されたから……精霊王が代替わりになって、あたくしの身体は成長しなくなったわ」
差し支えのない、優しい部分だけを伝える。ライラは穏やかに微笑んだまま、今の姿を自分で眺めた。今の自分ならば霊力をすべて制御している。いつでも成長させることができた。それでも今のまま少女でいたいと願うのは……目の前のルリアージェのためだ。
自覚がないながら、ルリアージェは甘える対象と甘やかす対象を求めている。どちらも得たい無意識の願いを、叶えたいと思った。親に育てられた経験がなく、家族との記憶もないルリアージェの小さな願いだからこそ受け止めたい。元から、大地の精霊王は受け身の存在なのだ。
「いつか成長するから平気、気にしないで」
ルリアージェが甘やかす少女を必要としなくなるまで、この姿でいると告げた言葉の裏に気づいた魔性達は、ライラの決断を歓迎した。きっとこの場で気づいていないのは、愛情を向けられるルリアージェ本人だけだ。
「そうか。身体に戻ったら抱きしめていいか?」
「もちろんよ。だって、お母様でしょう?」
サークレラのマスカウェイル公爵家の役割を口にして、ライラはするりと氷の表面に滑り込んだ。パウリーネが氷を溶かし、あっという間に少女の身体が床の上に現れる。溶けた氷は水になり、輝きながら消えていった。
身を起こしたライラが「冷たいわ」と愚痴をこぼすが、すぐに温かい腕に抱き締められる。触れた肌に伝わる温もりが、冷えた身に痛いほど沁みた。
「リア……」
「氷で冷えているな」
くすくす笑うルリアージェの胸に寄り掛かったライラの耳に、ぼそっとジルの本音が届いた。
「羨ましい」
「なんだ、ジルも一緒に……いや、やめよう」
「え?! なんで!!」
楽しい気分のまま「一緒に抱き着けばいい」と言いかけて、振り返った先が想い人の顔だったので、ルリアージェは照れ隠しのように言葉を撤回した。騒ぐジルを宥めるリシュアの声に、揶揄うリオネルが重ねる。呆れ顔で仲裁に入ったパウリーネが、最後に声を荒らげるまで。
黒い城はいつになく穏やかな雰囲気で、つかの間の休息を楽しむように時間はゆったり流れた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
感想やコメント、評価をいただけると飛び上がって喜びます!
☆・゜:*(人´ω`*)。。☆




