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第87話 螺旋の風が止まるとき

「早くしないと」


 パウリーネは大きな氷を作って砕いていく。隣でリシュアが砕く手伝いに風を叩きつけた。粉砕された氷が結界の中に詰められていく。上質の魔方陣が作り出した結界の氷球を幾つも並べ、パウリーネは大きく息をついた。


「リオネルから連絡は?」


「まだです」


 ジルの契約者、至上の宝であるルリアージェを攫ったのは、間違いなく風の魔王ラーゼン本人だ。大切な主を彼が傷つけない保証はなかった。ましてや風の魔王ラーゼンが動くなら、その原因は火の魔王マリニス絡みしかない。


 直情的なマリニスが、ルリアージェに接触する前に助ける必要があった。彼女自身に恨みはなくとも、マリニスは白炎のリオネルや死神ジフィールを恨んでいる。直接手が出せない実力者を最も傷つける方法として、ルリアージェは最上の人質だった。


「もう少し作るわよ」


 魔方陣を転写して氷を流し込む。無言で手伝うリシュアの苛立ちに、風が乱れながら氷を切り刻んだ。共同作業を無心に行う2人は、苛立ちや心配を魔力に流し込みながら表情を歪める。黒い城の広間に浮かんだ大量の氷球が、頭上から降り注ぐステンドグラスに輝いた。


「ダメね。追いきれないわ」


 ルリアージェの居場所を探っていたライラが戻ってくる。大地の精霊王である父親達が封じられた緑柱石まで使って、大地との接点を大陸中に飛ばしたが、ルリアージェの痕跡がない。もしかしたら何らかの封印か、大地が触れない場所に閉じ込められた可能性があった。


 空中に囚われたなら、風の魔王ラーゼンの結界越しではライラの力は及ばない。悔しそうに次の手段を模索するライラは、長い三つ編みを解いてひとつ息を吐いた。


「悪いけれど、しばらく()()()わ。結界をお願い」


「氷の棺でよければ」


「お願いね」


 パウリーネの申し出に頷いたライラが床に横たわる。その身をあっという間に氷が包み込んだ。パウリーネが表現したとおり、棺にしか見えない。精霊王の娘であるライラは、他の魔族と違う能力をもつ。精霊として身体を脱ぎ捨てることで、隠されたすべての場所に到達できるのだ。


 本体を傷つけられると強制的に引き戻されるが、精霊である間は距離も時間も超越して動けるため、彼女にとって危険と隣り合わせの切り札だった。


 この氷は自然に溶けることはなく、高い魔力で砕くしかない安全な入れ物だ。その上に魔力を指定する魔方陣を刻む。これでライラ本人とパウリーネ以外の魔力を受け付けなくなった。作業が終わると、氷静のパウリーネの名に似合いの青い瞳を細める。


「ジル様……間に合ったかしら」


 連れ去られたルリアージェが握りしめた青水晶は、炎龍ジェンの住処であると同時に、性質を変化(へんげ)させたジルと深く繋がったアイテムだ。ルリアージェを追ったジルが城に戻らないなら、彼女の痕跡を追えた証拠だった。


「リア様……」


「不安を口にして言霊を生むのは止めなさい」


 リシュアの厳しい指摘に「わかってるわ」とパウリーネはぎこちなく笑みを浮かべた。そう、強い魔力を揮う者が放つ言葉は、現実に結び付きやすい。だから出来るだけ明るい声で、笑顔で希望を口にするのだ。


「きっとジル様が、リア様を助けている頃だわ」


「当然です。我らの主君でいらっしゃるのですから」


 その程度はできて当たり前。魔性殺しの名を持つ死神を敵に回したら、魔王の称号を得た魔族であっても勝てない。当然のように言い切る2人は、再び作業に没頭した。








「……この場でおれに勝てると?」


「オレの二つ名を忘れたか? 死神に勝てる奴なんていない」


 自信たっぷりに笑い、触れたままの結界を侵食していく。球体に新たなヒビが入った。砕くまであと少しだ。ジルの魔力が可視化されるほど高まっていく。怒りと屈辱、愛する存在を害されかけた恐怖がジルの霊力と魔力を練り上げた。


「お前ら魔王みたいに能無しを侍らせる趣味はないが、アイツらは優秀だぞ。すぐに追いつく。背後の心配をした方がいいんじゃないか?」


 次の瞬間、球体が砕けた。パリンと乾いた音を立てた結界が粉々に落ちる。


「リア!」


 手を伸ばして触れたと思ったジルの手は、宙をかいた。その場に見えるルリアージェの姿が歪み、透明になって消える光景に目を見開く。


「幻影、か」


 揺らぐ熱による景色の転写だ。炎の魔王マリニスと組んだなら、これは想定すべき事態だった。結界に阻まれて気配が薄いのだと思ったが、実際にこの場にルリアージェはいなかった。残り香に近い魔力の残滓に別の景色を転送していたのだ。


「っ……くそ」


「残念だったな」


「いや、お前を殺せば見つかる」


 利き腕である左手を揮う。名を呼ばずとも顕現するアズライルを握り、風の魔王ラーゼンに突きつけた。鮮やかな緑の髪と瞳を持つ青年は興味深そうにジルを見たあと、首をかしげる。


「予想と違う、もっと残念がると思ったが」


「リアを待たせてる」


 背に1対の翼をひろげる。黒い鳥の翼をはばたかせると、複数の魔方陣が周囲に浮きあがった。好戦的なアズライルが身を震わせる。その刃に唇を寄せ、触れるだけの接吻けを贈った。戦い前の儀式に似た挨拶を終えると、ジルは死神の鎌を振りかざした。


 手に槍を呼び出したラーゼンが刃を弾く。激しい打ち合いが続き、次第にジルが押し始めた。互いの肌に触れていない武器による傷が刻まれていく。人であれば激痛で武器を持てぬほど、深く鋭く傷つけられた肌は赤く染まった。


 ラーゼンの槍がジルの右腕を切り裂く。真っ赤な血が噴き出した傷を一瞥し、ジルの鎌がばさりとラーゼンの前髪を斬りおとした。魔王の顔に細い線傷が浮かぶ。


「ちっ」


 首を落とし損ねた。舌打ちしたジルが舞うような足運びで距離を詰める。優雅な動きのジルを追う黒髪がふわりと揺れた。


 曲線の鎌と直線の槍の戦いは、速さを求めるなら槍が有利だ。しかし使い手の技量に差があれば、鎌の方が使い勝手がいい。弾いた直後に捻って絡め、槍の穂先を器用に落とした。


 死神の鎌の刃が、今度こそラーゼンの首を捉えた。半分ほど首に食い込ませたところで、ジルは手を止める。


「リアはどこだ?」


「首を落とせ」


 痛みに鈍い魔性であっても、死神の鎌を受けて平然とする気力は敵ながら見事だ。ぬるりと血で滑る柄を握り、ジルは眉をひそめた。


「数万年眠る気か?」


「それも悪くあるまい」


 ジフィールが固執する女はマリニスの手元にあった。彼ならば上手に扱うだろう。切り札は手元に置いて、ちらつかせてこそ効果を発揮するもの。自分が負けてマリニスが嘆くなら、この死にも価値がある。長く生き過ぎたゆえに、風の魔王ラーゼンに己を惜しむ気はなかった。


「ならば死ね」


 この男がここまで強情を張るなら、火の魔王マリニスの手元にルリアージェはいる。確証を得たジルがアズライルを引いた瞬間、叩きつけられた灼熱の刃に手首を落とされた。


「っ!」


 転移で現れたマリニスが放った刃は不意打ちに成功したが、とっさに防ごうと翳したジルの右手首を落としただけに留まった。首を狙われたジルは、左手のアズライルに目配せする。


「マリニス!?」


 叫んだラーゼンの首から流れ出る血が、彼の声を濁らせた。


「リアを返してもらおうか」


「……ラーゼンと交換だ」


 マリニスの要求に、ジルの口角が持ち上がった。傲慢な態度でマリニスを見下しながら、アズライルから手を離した。意思を持つ武器は自らラーゼンの首に食い込んでいく。


「あの女は返す。だから」


「ならば無事の確認をさせてもらおう」


 灰色の長いローブを纏うマリニスが袖をばさりと振った。隣に燃える炎の中に、透明の球体が現れる。炎を通じての転移なのだろう。球体は炎を吸い込むように大きくなり、逆に火は徐々に消えていった。最後に残ったのは球体に閉じ込められた美女のみ。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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