第83話 やっと自覚した気持ち
海へ行く話が進んでいることに、ルリアージェはさほど疑問を持たなかった。彼らが海へ行きたいというなら、断る理由がない。
「服など準備をするか」
「新しいフルーツタルトを用意したの。南国のフルーツなのだけれど、リアの口に合うからしら」
急いで準備しようとするルリアージェの生真面目さに、くすくす笑いながらライラが茶菓子を勧める。一度立ち上がりかけたが、再び腰を下ろしたルリアージェの前にタルトが示された。オレンジ色のマンゴーのシロップ漬けが盛られたタルトには、ブルーベリーがアクセントに飾られており目にも鮮やかだ。
「美味しそうだ」
「たくさん食べてね」
「こちらの皿にお取りしましょう」
リオネルが慣れた所作でタルトを切り分ける。1/6より少し大きくカットされた。ルリアージェは知らないが、タルトの取り皿に使われた陶器は、子爵家レベルの年間収入に匹敵する高額品だ。先日から少しずつ、ルリアージェの周辺で使用される家具や食器、衣服はレベルアップしていた。
それぞれが秘蔵品や死蔵品を引っ張りだして並べるためだが、それらを普段使いするルリアージェの目は自然と肥えていく。中には国宝級のカップやシュガーポットも使われていた。
「このフォークは手に馴染む」
使いやすいと頬を緩めるルリアージェの言葉に、パウリーネが喜んだ。
「それは私がコレクションしていた銀食器ですわ。気に入っていただけてよかった」
「高いのか?」
「そうですわね……銀ですからそれなりに」
銀食器なら当然か。ルリアージェは深く考えずに流す。しかし追及を避けたパウリーネも、見守る周囲も温かな眼差しを向けていた。
彼女のために最上級の環境を整えるのは、彼らにとって幸せの一環なのだ。
「ミント茶にしましょう。口がすっきりするわ」
ライラが空中から取り出したミントは、つい今まで野にあったのか。摘んだ茎に水が滴る新鮮なものだった。配下の精霊をフル活用のライラが葉を差し出すと、パウリーネが指先で水の球を作り出す。慣れたリオネルが葉を濯いで水を蒸発させた。
以前にも使った水晶のポットへミントを浮かべ、熱い湯でハーブティを用意する。リシュアが横から別の茶葉を取り出した。
「こちらの緑茶も少し入れてみては? 合いますよ」
提案された飲み方にルリアージェが目を輝かせる。サークレラで飲んだ緑茶も、ミントのハーブティも好きな彼女の好みにあったようだ。緑茶を少し蒸らしてから、水晶のカップへ注がれた緑色のお茶は心地よい香りを広間に漂わせた。
「リア、海ではまた魚料理を作ろうか」
「ジルが作るなら、白身魚のマリネとサーモンのハーブ焼き、あと二枚貝のコンソメスープがいい」
嬉しそうにリクエストする美女の手をとったジルは膝をつき、その甲に唇を押し当てた。真っ赤な顔のルリアージェが硬直する。
「奥様のお望みのままに」
「お…奥様とか、呼ぶな」
照れて立ち上がったルリアージェが自室へ向かって走る。
「危ないっ、リア。ドレスで走ったら」
転ぶと言い切る前に、躓いたルリアージェをジルが抱き留めた。後ろから腕を回して転倒を回避したが、彼女の顔は真っ赤だ。
「ジルっ、離せ」
「離したら転ぶでしょ。何を……!」
手を振り回して離せと暴れるルリアージェの様子に首をかしげたジルだが、回した手が彼女の小ぶりな乳房を鷲掴みにしていたことに気づく。
「わ、悪かったな。小さくて」
気付かない程度の胸だと卑下して唇を尖らせたルリアージェを、ぐいっと引き寄せて耳元で囁いた。
「オレはこのくらいが好きだけど」
「……っ!」
耳や首まで赤くして黙り込んだルリアージェの姿に、ライラは「毒牙にかかるって諺を思い出したわ」と肩を落とす。
「おめでとうございます」
「よかったですわね、ジル様」
「まさかジル様が口説き落とすとは」
リシュア、パウリーネ、リオネルの3人はそれぞれに驚きや祝いを述べる。真っ赤な顔で「ち、違うぞ!」と抵抗するルリアージェだが、その表情がすべてを物語っていた。焦っていても口元が少し綻んでいる。
「諦めて、リア。惚れた男に抱き締められて赤くなったら、もう誤魔化せないわ」
ライラも渋々ながら認めざるを得なかった。彼女が望むのは、ルリアージェの幸せのみ。最悪の男だろうと、ルリアージェが望むなら選択肢はないのだ。
黒い床に反射する自分たちの姿は、意外なほどに似合っていて。
「それじゃ、愛を確かめ合ってくる」
「手が早すぎるわ!!」
ライラが止めようと立ち上がると、リシュアが彼女の肩を抑えた。リオネルも間に立って遮る形を取る。パウリーネは困ったような顔をしながら、ライラに首を横に振った。
人の恋路を邪魔するものは……そんな言葉が彼らの脳裏をよぎる。
「まてっ、私はそんなんじゃ……」
「はいはい。隣の部屋でゆっくりじっくり聞くよ」
転移まで使って隣室に消えたジルの嬉しそうな横顔に、全員がそろって息を吐いた。リオネルとリシュアはお茶の片付けをはじめ、パウリーネはライラと隣室を交互に見ている。そうこうしている間に、ライラは彼らの目を掻い潜って隣室から数歩離れた場所に移動した。
「ライラ様、さすがに邪魔は……」
「悲鳴が聞こえたら踏み込めるようによ」
腕を組んで勢い込んだ少女の後ろ姿に、3人は苦笑いして顔を見合わせた。
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