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第82話 ツガシエ再興の鍵

 パウリーネは朗報を手に、大喜びで主の城へ戻った。


「おかえり」


「ただいま戻りましたわ、リア様」


 吊るし終えたカーテンを開けていたルリアージェに手を振られ、反射的にその前に降りてしまった。優しく迎えるルリアージェの声に、にっこり笑って答える。


「良い情報を得ましたわ。ツガシエの王族の遠縁が公爵家として残っておりますの。彼らを次の王族として、国を継続できます」


「ツガシエの王族の遠縁?」


「ツガシエの王族は毒を盛ったでしょう? それで責任を取って退位したのよ」


 駆け寄ったライラが慌てて軌道修正を図る。ルリアージェ自身は毒を中和した直後にジルに意識を奪われたため、その後のツガシエ王グリゴリーの見苦しい足掻きや王宮ごと消した話を知らなかった。


 きょとんとした顔のルリアージェに、パウリーネは失言を補うため微笑みながら話を逸らす。


「ええ、そうですの。ツガシエほどの大国、まさか王族なしで放置するわけにいきませんから、親族を探して継がせることに……」


「王太子殿下はどうした? 他のお子様方が継ぐのではないのか?」


 王が退位しただけならば、確かにそうだ。王家の血を引く直系の王子や王女がいれば、彼らが跡を取るのが一般的だった。焦って次の言葉が出てこない彼女達に、助けの手が伸ばされる。


「リア、ジェンが寂しがってたぞ」


 龍炎のラヴィアから引きはがされた炎の龍は、ルリアージェに新たな名前ジェンを与えられて水晶の中にいる。元は属性通りの赤い龍だったが、ジルの魔力を追加したことで青と黄が混じった美しい水龍のような外見になっていた。


 ジルの手に絡みついたジェンが、ふわふわと空中を漂ってルリアージェの腕に絡みつく。美しい青系の龍体に、黄色と青のグラデーションの鬣を揺らした小さな龍は、主の銀髪に頬ずりした。


「ジェンは甘え上手だ」


「羨ましい限りだね。リアにそこまで甘やかしてもらえるなら、オレも龍になるかな」


 とんでもない発言をして絶世の美貌で微笑むジルの後ろを、ライラとパウリーネが抜き足差し足逃げていく。天然だが、意外なところで突っ込み鋭いルリアージェに、隠していた事実が危うくバレるところだった。


「危なかったわ」


「ごめんなさい、リア様が知らないこと忘れてたの」


 隣の大広間で、ほっと胸を撫でおろす。


「お茶を用意しますので、少ししたらリア様とジル様をお呼びしますよ。先に報告をお願いします」


 リオネルの声に、2人は慌ててテーブルにつく。読書をしていたリシュアが本を閉じ、その音が会議の始まりを告げた。


「ツガシエの公爵家に王家の血を引く子が複数いるわ。あの愚かな男の姉が嫁いだ先なのだけど、使えると思う」


「なるほど、それならば国内の反対勢力を抑え込むことも可能ですね」


 人族の世に詳しいリシュアのお墨付きをもらい、パウリーネは表情を和らげた。ひとまず、ルリアージェが嫌がる『ツガシエ国崩壊』のシナリオは消える。


 人の世がどう移り変わろうが、長寿の魔性にとってたいした変化ではないが、人族であるルリアージェは気にして心を痛める。主の嘆きを事前に回避するのは、配下である彼らにとって当然の責務だ。


「ツガシエ国の新しい王族をサークレラが全面的に支持し、リュジアン産の油を供給する。これで事実上、サークレラ経由でツガシエを乗っ取れます」

 

 黒い政治の話をさらりと終わらせたリュシアが、空中から書類を1枚取り出した。


「別の動きをご報告しますね。サークレラはタイカ国と貿易同盟を結んでいますが……今回シグラがタイカを攻撃したことで、揺らいでいます。この動きはマリニス絡みですね」


 サークレラが海側のタイカと結んだのは、貿易同盟に過ぎない。軍事面を含んでいない同盟で、シグラと対立することはなかった。しかしタイカを攻め落とせば、海に面した土地の2/3を持ったシグラがどんな要求をするか、およそ想像がつく。


 海産物の輸入量が多いサークレラに対し、優位な条件を突きつけようとするだろう。高額な価格設定をして、数倍の関税を課し、豊かな国から金をむしり取ろうと考えたのは明白だ。


 リシュアが国王だった頃なら、察知して事前に手を打っただろう。簡単な方法だと、タイカと合同訓練をする名目で兵を貸し出し、攻め込まれた際に訓練生にけが人が出たという形で抗議する。自国民を傷つけられれば、共に戦う名義も立つし、威嚇して敵を追い払う行為も正当化された。


 すでに後手に回った以上、いまさらこの方法は使えない。ならば、タイカの戦にサークレラが参戦する理由が必要だった。


「それは?」


 手にした書類を指さすライラに、リシュアはにやりと笑った。


 黒い床や壁面が全体を暗くする広間に、天井から鮮やかなステンドグラスの光が降り注ぐ。整った容姿の男女が集うテーブルを明るく照らす色とりどりの光は、神々しい光景のはずだ。なのに禍々しく感じさせるのは、彼と彼女らが浮かべる笑みが毒を孕んでいるせいか。


「もしサークレラの貴族が、タイカへの宣戦布告に巻き込まれたとしたら……?」


「いやぁね。大人は汚いわ」


 状況を理解したライラが言葉と裏腹に笑う。子供の外見に似合わぬ黒い笑みで首を傾げ、右手で三つ編みの穂先をくるりと回した。胸元が見えそうなドレスを纏うパウリーネは、指先を唇に押し当てる。赤く塗られたルージュに触れる手前で、口元が弧を描いた。


「素敵ね、海を見に行けるなんて」


「前回のタイカ訪問は、無粋な邪魔が入りましたから。今度はゆっくりしたいものです」


 リオネルがくすくす笑いながら同調した。楽しそうな円卓の様子に顔を見せたルリアージェは、最近慣れてきたドレスの裾を捌いて駆け寄る。


「どうした? 楽しそうだ」


 混ぜてくれと円卓の椅子に座るルリアージェに、隣のリオネルが席を立った。その場所に当然のようにジルが滑り込む。


 手慣れた所作でお茶を用意しながら、カップを並べていく。その間にライラやパウリーネが茶菓子を引っ張り出した。宮殿から持ち出したのか、金銀の飾りがあしらわれた皿と引き換えに書類を仕舞うリシュアが、砂糖やミルクも並べる。


「リュジアンに向かう前に海へ行ったのを覚えている?」


「残念ながら短期滞在になってしまいましたけれど」


 ライラとパウリーネの言葉に、タイカの深い海の色を思い出す。明るい水色をしたテラレスと違い、深い青は冷たそうな印象を与えた。あの海と、海底の迷宮の紺色の海。どちらも印象に残っている。


「今回はゆっくりとタイカの海辺で滞在しようという話になったのですよ。シグラやテラレスは、お嫌いでしょう?」

 

 手配されているから、サークレラの公爵夫人という立場でも足を向ける気はないルリアージェが気負わぬよう、さらりと別の言い方に置き換えたリシュアが微笑む。


 好き嫌いの好みの話にすり替えた彼に頷くと、リオネルが紅茶を配り始めた。すっかり役割分担ができた魔性に囲まれ、ルリアージェはかつて口にしたことがない最高級のお茶を楽しむ。


 紅茶は王侯貴族にとって、財産の指標のひとつだ。どれだけ豊かな土地を有し、どれほど高価な宝石を身につけようと、お茶会の茶葉ひとつで見抜かれてしまう。財だけでなく人脈や人徳といった、見えにくい裏側も探れる。


 王族から褒美として授けられることもある茶葉は、高位貴族ならば味で産地を当てる者がいるほど、高価な嗜好品として認識されてきた。宝石や黄金に匹敵すると言われる時期もあったのだ。


「美味しいお茶だ」


「そうだな、これなら檸檬やミルクはいらない」


 ジルが同意したことで、リオネルは嬉しそうに2杯目を注いだ。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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