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第79話 ひとつの国の行く末

 轟音とともに一夜にして消えた王城の前は、大騒ぎだった。地割れは城下町にも及び、あちこちで災害への嘆きが聞こえる。その街から転移して消えた魔性達は、ジルの居城で顔を突き合わせていた。


「ラーゼンの関与はどこまでだ?」


「現在調べておりますが、痕跡を消されていますね」


 出遅れたと顔をしかめるリオネルの報告に、ジルが舌打ちする。すぐ隣の部屋に寝かせたルリアージェの様子を見に、今はライラが詰めていた。交代でルリアージェの部屋に赴く彼らは、報復方法を検討し始める。


「まず、ラーゼンの狙いを探らねばなりません」


「万が一にもルリアージェ様を害する気があれば……」


 言葉を途切れさせたリシュアの顔に、残忍な本性が滲む。千年ほど大人しくしていたが、本人の根本的な本質は変わらない。どこまでいっても、死神の眷属である上級魔性だった。


「ツガシエはどうしましょうか」


 パウリーネの声に、リシュアが思案する。サークレラ国に吸収させるのは簡単だが、ここ数年で急激に大きくなりすぎた。内部の統制が整う前に、新たな領地を得ても争いの火種になる。しかし王族や執政機関が崩壊した国は、隣国である旧リュジアンを通して騒動を持ち込むだろう。


 このまま執政機関なしで放置すれば、難民が大量に発生して周囲の国々の財政を圧迫する。さらに盗賊や強盗が多発して治安も悪化するはずだ。


 ルリアージェが気に入っていた家具職人も巻き込まれれば、次の世代が育たぬまま技術が廃れる可能性もあった。どこまでも自分勝手に考える魔性にとって、主人であるルリアージェの気を引く技術や存在は保護対象にあたる。


 有り体に言えば、あの時点での最善策はツガシエを存続させることだった。王族がいれば責任を取らせればいいし、宰相などの重要ポストにつく貴族が生き残れば国は持ちこたえる。その状態で損害賠償を求める方法が、人族の力関係を保つ上で有効だった。


「吸収しても放置しても、害にしかなりません」


 溜め息を吐いたリシュアの結論に、パウリーネが「そうかもしれないわね」と同意した。直情的な行動をとる彼女だとて、数千年を生きた魔性である。人族の国を操って遊んだこともあれば、感情のままに滅ぼしたこともあった。


「ならば、国ごと飲み込んでしまえば?」


 戻ってきたライラは、大地の魔女らしい発想で首をかしげた。どこから聞いていたのか、茶色の三つ編みの穂先をくるりと指先で回す。


「地に食わせるのか?」


「天災が一番簡単でしょう。すでに王宮が沈んだのだから、大きな街や国全体が飲まれてもおかしくないわ」


 にっこり笑うライラの意見に、リシュアが同意した。


「確かにそうですね。国ごと飲んで人口を減らせば持ち込まれる人災や疫病も管理しやすいですし」


「……ジル様、ちょっとお時間をいただきます」


 放った諜報が何か掴んだのか、リオネルが一礼して影の中に沈んだ。転移と違う不思議な固有能力を揮う金髪の配下を見送り、ジルはひとつ息をつく。


「その作戦はひとつだけ大きな問題がある」


 すでに気付いている3人は顔を見合わせて苦笑いした。立派なテーブルの空いたスペースに、リシュアがお茶の用意を始める。ライラは取り出した長椅子を並べ、クッションを用意するパウリーネが並べていく。


「……ジル」


 物騒な相談を聞いてしまったルリアージェの存在ゆえだった。立ち上がったジルが腰を抱いてエスコートし、長椅子に彼女を座らせる。青ざめているのは晩餐での出来事や毒のせいではなかった。


 聞こえてしまった残酷な手段を彼らが選ばぬよう、ルリアージェは不安そうな眼差しで魔性達を見回す。その両手は膝の上で組まれていた。


「大丈夫、相談していただけだよ。まだ実行したわけじゃない」


「そうよ。あたくし達にとってひとつの提案にすぎないわ」


 ジルとライラが断言したことで、少しだけ表情が和らいだ。鏡のように磨かれた黒曜石の床から、リオネルが姿を現す。緊張した主達の様子に不思議そうな顔をした。しかしすぐ報告を始める。


「ジル様、風の魔王ラーゼンの側近を捕らえました。間違いなく魔王本人が関与しております」


 捕らえられた魔性の処分について口にしない狡猾なリオネルに、ジルは許しを与える頷きを返した。


「かしこまりました」


 そのまま何もなかったように、紅茶の準備を始めた。慣れた手つきのリオネルが、それぞれの前に紅茶のカップを並べていく。優雅に注がれたお茶が、美しい琥珀色の波を立てた。ハーブだろうか、すっきりした香りに心が落ち着く。


「……できるだけ騒動を大きくしないでくれ」


 人族は魔族とは違う。強さを貴ぶ傾向は多少あるが、それでも優しさや弱者を庇う一面も美しいものとして評価してきた。魔族から見れば脆弱な玩具だとしても、必死に生きているのだから。


「リアは心配しすぎなんだよ。オレ達だって、リアの意見に逆らって滅ぼすほどツガシエに思い入れはないさ」


 言外に「お前に嫌われるなら、やらない」と確約を滲ませる。ほっとする反面、気になる単語を思い出した。先ほど聞こえたリオネルの「風の魔王ラーゼンの関与」だ。


「風の魔王が関与しているのか?」


「そうね。彼がツガシエの王族を私たちに嗾けた元凶よ」


 ライラが茶菓子を並べながら肩を竦める。


「まったく、男はいつまでたっても子供なんだから。すぐに気に入った相手にちょっかい出したがるのよね」


「ちょっと待て! 今の発言はおかしいぞ。奴が気に入ったのはオレ達じゃなくてマリニスだろ」


「おかしくないわ。マリニスにちょっかい出すために、私たちを利用したんだから」


 そういう意味かとほっと胸を撫でおろすジルの姿に「男はいつまでも子供」というライラの言い分に同意してしまった。直情的というか、すぐに感情に従って行動する傾向が強い。しかも前後のつながりより、その場の雰囲気で判断するのだ。


 今回の勘違いもその一例だった。


 数千年を生きても、精神的には成長しないのだな……苦笑いしたルリアージェが紅茶を口に運ぶ。躊躇わず飲んだ所作に、周囲が逆に息を飲んで見守った。


「リアに後遺症はなさそうね」


「ワインじゃないとわからないぞ」


 仲良くルリアージェの話で盛り上がるジルとライラへ、無邪気に話題の主が声をかけた。


「何がだ?」


「ジル様達は、リア様が出された食べ物に警戒するのではないかと心配していらしたのですよ」


「そうね、毒を盛られると疑心暗鬼になるから」


 リシュアとパウリーネの説明に、得心がいったルリアージェがくすくす笑い出した。肩を揺らして笑った彼女の銀髪が揺れ、寝ていたため流していた髪を無造作に耳にかける。癖のないまっすぐな髪が、数本耳から零れ落ちた。


「私はみんなを信頼している。だから警戒する必要はないだろう」


 疑問ですらない。断定されて示された信頼に、魔性達は言葉を失い、次の瞬間破顔した。裏切りや疑心が常の世で、飾らない本音が素直に胸に沁みる。


「嬉しいわ。あたくしはリアの従者で本当に幸せよ」


 笑うライラの伸ばした手を握ると、反対側からジルが手を握った。みんなが同様に手を乗せてくる姿に、ルリアージェが首をかしげる。


「これは、何かの儀式か?」


「本当に、あなた様は変わりませんね」


 リシュアが呆れたように呟いた。ただの人でありながら、まっすぐな心根を腐らせることなく保有し続ける――最上位の魔性を従えながら、驕って傲慢に振る舞うことも思いつかない。稀有な主に出会った幸運を、彼らは噛みしめた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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