第77話 晩餐という名の謀(2)
「今回は晩餐に付き合ったら終わりか?」
リュジアンでの断罪やあれこれの騒動を思い出し、ルリアージェは確認の意味を込めて尋ねた。するとジルは曖昧に笑って誤魔化し、リオネルも穏やかに首をかしげた。パウリーネは髪のほつれを直すフリで答えず、ライラは窓の外を見ている。
「何か、あるんだな?」
「リア様、そのような決め付けは魔性でも傷つきます。我々は何もする気はありません。ただ招かれたので応じただけです。しかし彼らが敵対行動を取れば、我々も反撃しますよ」
「……そうか」
リシュアの穏やかな口調につられて頷くが、聞きようによっては敵対行動を取られる可能性を想定している時点でおかしい。しかし最初の「傷つく」発言で、疑った自分が悪い気になったルリアージェは気付かなかった。
このあたりの言葉の選び方や説明の順番が、外交で国を守った元サークレラ国王の本領発揮だ。1000年余り、子孫である王族を途絶えさせることなく永らえさせた魔性は、にっこり笑って話題をそらした。
「この国では雉料理が名産らしいですよ。リア様はお好きですか?」
「雉……鳥肉か?」
聞いたことはあるが食べたことはない。ルリアージェの疑問に、ライラが視線を戻して頷いた。
「ええ。いつも食べる鶏肉よりあっさりしていて、そうね……少しぱさつくかしら」
「調理方法次第ですね。ローストが一般的ですが、蒸したり茹でて調理法を工夫すれば、しっとり柔らかく食べられます」
リシュアが思い出すように付け加え、髪を整え終えたパウリーネが唇に手を当てて首をかしげる。
「濃い味のソースが合うと思いますわ。甘酸っぱい苔桃のソースなんて素敵ね」
食べたことがあるのだろう。パウリーネが告げたソースに、味の想像がついたルリアージェが頷いた。珊瑚と琥珀の垂れ飾りの簪が、しゃらんと心地よい音を立てる。銀の髪に埋もれないよう、地金を金色にした細い鎖が揺れた。
名産品の食べ物の話をするルリアージェを他所に、隠語で作戦会議を始める魔性達。その温度差は埋められるレベルを超えていた。彼女を安全に守りぬくのは当然で、いかに気付かせず敵を排除するかに意識を向け始めた過激な魔性達の暴走は止まらない。
風の魔王ラーゼンは他の魔王に比べれば、あっさりした性格でしつこくない。しかしマリニスが関係すると殺伐とした雰囲気を纏う。
しかし彼への対処法はマリニスを巻き込めば、容易に予測が可能で罠にかけるのも難しくなかった。いわゆる調理方法次第なのだ。そして濃い味のソースに喩えた赤色が彼らの末路を物語っていた。
ガタンと音を立てて馬車が停まる。最初にリシュアが下りて周囲を確認し、ジルが続いた。差し出された手を取って、着物の裾に気をつけながら下りる。
後ろで同じような光景が繰り返され、サークレラのマスカウェイル公爵家一行は城内へ吸い込まれた。
羽織った毛皮を、リオネルが収納魔法で回収する。遠まわしに、この国を信用していないと告げる彼の態度に、ツガシエの侍従達は顔をしかめた。曰く『敵に物を預けるバカはいない』と突きつけたのだ。
最初からケンカ腰のリオネルだが、この国の上層部に『風の魔王ラーゼン』が絡んでいる以上、隙を見せる気もないし、友好的に振舞う必要性を感じていなかった。
人族同士のやり取りなら、サークレラが圧倒的な強さと優位を誇る。格下の国の王族と、こちらが対等に振舞うのは当然だった。これは驕りではなく現実なのだ。
「こちらへどうぞ」
丁重に案内される王宮の廊下で、ルリアージェは不思議な違和感を覚えた。リュジアン王宮では、調度品を含めた城の内装に感激した。絵画も素晴らしく、見惚れる家具も多数あったが、この城は寒々しい中に高そうな家具が並んでいても興味を惹かれない。
床につきそうな長い袖をくいっと引いたライラに気付き、顔を向けたルリアージェへ小声で話しかける。案内の使者や侍従が気付かぬよう、そっと尋ねた。
「お気に召す家具がございまして?」
静かに首を横に振る。高価な家具だとわかるが、それ以上の感想がないのだ。職人の工房で見た家具のような、感情を揺り動かす何かが足りない。高い材料を使い、希少金属で作った飾りをあしらっているが、ただそれだけ――値段が高い以上の価値が見出せなかった。
溜め息をついて目を伏せるルリアージェの残念そうな様子に、ジルが肩をすくめた。あの気位の高い職人達の意趣返しだろうと、彼は踏んでいる。きっと札束をちらつかせて高額な家具を欲しがり、立場上断れない職人達が嫌がらせとして納めた家具達なのだ。
札束に見合う材料を使っても、気持ちや芸術性は欠けている。精巧に作られただけの気持ちが伴わない製品の無機質さを、ルリアージェは敏感に感じ取ったのだろう。機微に敏く、魔術師として優秀な彼女なら当然の結果だった。
扉を開いて招き入れられた部屋は、やはり豪華な家具に囲まれている。壁の絵画も由緒があるのだろう。しかし心を動かされないルリアージェは、詰まらなそうな顔に無理やり笑顔を貼り付けた。一応王族の招きだ。表面上はにこやかに対応する。
中で待っている王族へ優雅に一礼した。足を引いての礼は最上級ではないが、目上に対する礼として形は整っている。本来王族に対しては最上級の礼を行うものだが、ルリアージェが教わったのはそのひとつ下の作法だった。
教えたパウリーネとライラに悪意が滲んでいる。しかし事情を知らないルリアージェは、礼儀作法を習っておいて良かったと考えながら、斜め後ろで同様に挨拶する彼女らを見守った。
ツガシエ側の王族は子供を入れて10人ほどが待っていた。国王夫妻、王妹夫妻、王子2人と王女3人、王太后だろう。事前の情報と一致する面々を確かめ、ジルが笑顔を作った。
「お招きに感謝申し上げる」
北の大国の王を相手に謙らずに最低限の口上を述べるジルへ、ツガシエの王族が顔を見合わせた。自国の貴族ならこんな態度を取る者はいないはずだ。しかし明らかに立場も国力も強いサークレラの公爵家の態度に、彼らは何も言えずに口を噤んだ。王が咎めない以上、何も言えない。
それぞれに着席したところで、晩餐という名の腹の探り合いが始まった。
会話はもっぱら国王夫妻とリシュアの間で繰り広げられる。サークレラ国は戦火を遠ざける外交能力で知られていた。国軍の結束力は強く、戦えば他国を侵略する能力は保持する。しかし自ら戦火を放つような真似をしなくても、外交のみで切り抜ける優秀な文官が揃っていた。
リシュアの用意したマスカウェイル公爵家は、昨年急逝した前国王の腹違いの弟という設定になる。そのため最も王位継承権が高い貴族家だった。実際には前国王が公爵の弟として返り咲いたりして複雑なのだが、その辺は外部に知られていないので彼が表立って交渉を担当している。
「貴国が併合したリュジアンの資源だが」
「リュジアンは自治領ですので、私どもの裁量権はありません」
きっぱりと油の輸出量緩和に釘をさす。すでにサークレラ国側に要請された事項は、リシュアも掌握していた。宰相が臨席しない晩餐の間に、しっかり遣り込めておく必要がある。あとで都合がいいように話を作りかえることが出来ぬよう、リシュアは切って捨てた。
「しかしサークレラの意向は反映されるのだろう」
「いいえ。リュジアンは、自国の王族を粛清し排除した民衆の国家です。我らサークレラは彼らを保護し、他国からの侵略に対して同盟を結んだ形で共存しています。自治領へ干渉し権威を振り翳す愚行は行えませんから」
なんとか妥協を引き出そうとする国王と、取り付く島のない笑顔で応じるリシュアの殺伐としたやり取りを他所に、ルリアージェはライラと談笑していた。先にライラが毒見を済ませてから、ルリアージェが口をつける形になっているが、もちろん守られる彼女は気付いていない。
「リア、この分だとデザートも期待できそうにないな」
苦笑いで料理を酷評したジルは、半分も手を付けずに料理を残していく。悪いと思いながらも、ジルが残したという免罪符でルリアージェも残した。全体に味付けが濃く塩が強すぎて喉が渇く。仕方なく飲み干したワインの空いたグラスに、新しいワインが注がれた。
見回すと、リオネルとパウリーネはほとんど手をつけておらず、ライラも毒見を兼ねた味見程度だった。残すのは心苦しいルリアージェが、喉の渇きにワインを口に運ぶ。一口飲んで感じたのは苦味、続いて喉に広がる違和感――。
「失礼…っ」
コンコンと咳が出て、それでも喉の奥の痛みが治まらない。顔をしかめたルリアージェの異常に気付いたジルが慌てて立ち上がり、続いて隣のライラが水を生成して差し出した。パウリーネが手を伸ばして、ルリアージェの前のワイングラスを確保する。
「失礼しますわ」
言葉の直後、パウリーネは恐れもなく疑惑のワインを煽った。一口飲み込むと喉を押さえ、同じように咳き込む。パウリーネの夫役のリシュアが、貼り付けていた笑顔を凍らせて駆け寄った。
「毒ですね」
冷たい声で断罪したのは、リオネルだった。
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