第77話 晩餐という名の謀(1)
宿に戻るなり、昨日の使者が床に座って待っていた。椅子があるのに床にひれ伏している様子から、どうやら国王に無理難題を吹っかけられたのだと察する。
「何があった?」
代表してジルが声を掛けると、使者となった侯爵家の次男は不本意そうに口を開いた。
「国王陛下と宰相閣下より伝言がございます。今日は必ず晩餐にお越しいただくように……と」
そこで口を噤んだが、迷いながら彼は言葉を探し始める。根が真っ直ぐな人間なのだろう。言わずにサークレラの公爵家を敵に回す危険性も、十分すぎるほど理解していた。
「宰相閣下は……あなた様方を利用、いえ。なんとか取り込もうと……ではなく、その……」
結局何を言ったらいいかわからなくなる。困惑した表情で俯いた彼に、リシュアが近づいて膝をついた。手を差し出して彼を立たせると、その目を覗き込む。
「別室でお話を聞かせていただきましょう」
「はい」
魅了の眼差しに逆らえず、抵抗なく頷いた使者を伴ったリシュアの後ろを、リオネルが続いた。彼らを見送ったルリアージェが首をかしげる。
「いま、魅了の……」
「リア様、着替えましょうよ。晩餐ですわ」
「そうね。着替え用魔法陣の説明も途中だったし、折角だから発動させてから詳細な説明をするわ」
パウリーネとライラが絶妙のタイミングで邪魔をする。そのままルリアージェの興味を魔法陣へ向け、誘導しながら彼女らは割り当てられた客室へ吸い込まれた。
見事な手並みに苦笑いしたジルが、宿の主人へ金貨を数枚置いて「宿泊は今日まで。予約した分は支払う」とキャンセルの申し出をした。支払いをしてくれるなら、宿の主人に文句はない。笑顔で金貨を受け取る彼に念を押した。
「予定していた 3日間は宿泊したことにしてくれ。誰か訪ねてきても留守にしていると誤魔化してくれると助かる。これは頼み事の追加分だ」
宿泊費と同額の金貨を握らせれば、宿屋の主人は大きく頷いた。
「さて、ラーゼンはどこまで関わってるやら」
突然使者の態度が変わったのは、国王か宰相の態度に怯えてのものだ。つまり彼らのどちらかに、魔性が干渉している。この北国ツガシエは風の魔王ラーゼンの支配地域が近く、炎の魔王マリニスの火山への通り道だった。
彼らの干渉は事前に想定している。関わった存在が魔王自身か、それとも彼の配下かで対応が多少変わる程度の問題だった。短く偽装した黒髪の先を指先で弄りながら、ジルは整った顔に笑みを浮かべた。
「どちらでも結果は同じだが……」
ルリアージェに手出しするなら、二度と近寄らないように排除するだけ。魔王相手に負けるつもりも、譲る気もなかった。
着替え用魔法陣の発動条件を確認して、そっと上に乗る。ライラが魔力を込めると、一瞬で着替えが終わった。昨夜着飾った時の姿そのままに、髪が結い上げられて簪に留められ、濃赤系の民族衣装が身体にフィットしている。
「不思議だ」
「形状記憶タイプなのよ。問題点があるとしたら、着替え用の服やアクセサリーを一時的に魔法陣に封じる必要があるところかしら」
魔法陣の中に宝石類や着物を登録してしまうため、簪だけつけたまま出かけるなどの融通は利かない。すべてがワンセットにされてしまうのだ。指輪だけずっとつけて置きたい場合は、指輪を抜いて魔法陣に登録する必要があった。
「一長一短か」
便利だが、着替えた姿を最初に登録する必要があるのも、面倒な点かも知れない。ルリアージェが改善点を考えていると、パウリーネが新たな指摘をした。
「あと登録時と大きく外見が変わったり、別の人が乗っても、発動しませんわね」
つまり昔登録した魔法陣を、数年後に利用しようとしてもダメな可能性がある。長い髪をショートにすれば、髪を結って登録した魔法陣が条件を満たさないと判断するのだろう。納得しながら、ルリアージェが顔を上げた。
「何回も使えるのか?」
同じ魔法陣を複数回使いまわせるのか。魔術の基本として、魔法陣を使う理由が『同じ魔力量で同じ作用を生み出すため』である。限られた魔力を効率的に、確実に魔術へ変換する術式なのだ。当然の疑問に、ライラが答えた。
「そうね。基本的には可能だわ。たとえば今の着替え終えた状態で、魔法陣を再作成すれば明日も使えるでしょう? 使い捨てに近いけれど、着替え後の姿を登録するだけなら、毎回登録し直せば永遠に使いまわせる理屈なの」
「なるほど」
熱心な魔法陣研究が一段落したタイミングで、ジルがドアをノックする。
「着替え終わったなら、そろそろ行こうか。迎えの馬車が来たぞ」
その言葉に、慌ててライラとパウリーネも魔法陣を発動させる。彼女らも昨夜のうちに、着替え用魔法陣を作成した。本来は魔法陣がなくとも可能な着替えだが、繰り返し確認したがるルリアージェのために2人分の魔法陣も用意したのだ。
「何度見ても精度の高い再現魔術だ」
魔法陣の細かさや文字の複雑さに感心するルリアージェと手を繋ぎ、ライラがドアへ向かう。開いた先に、すでに正装済みの3人が待っていた。
「美人なリアは何を着ても似合う。その着物なら、もう1本簪を増やしても良さそうだ」
袖の中から取り出した珊瑚の簪を、ルリアージェの銀髪に差し込んだ。
短い黒髪を後ろに流したジルが、絶世の美貌で満足そうに微笑む。黒に近い灰色の着物を纏っていた。全員が民族衣装を選んだのは、他国の王族主催の正式な晩餐だからだ。リシュアは深緑の瞳と同じ天鵞絨を、リオネルも赤い瞳の色を意識したのか葡萄色を選んだ。
「……格好いい」
ぼそっと褒めたルリアージェに、3人が異口同音に礼を口にする。そのままライラがジルにエスコートを譲り、ライラとリオネル、パウリーネとリシュアで3組のカップルが成立した。リュジアン国での失敗を糧に、今回のリオネルは執事ではなく公爵家令嬢の婚約者という肩書きだ。
リシュアの魅了に支配された使者は、落ち着いた態度で公爵家一行を案内する。王家の馬車の後ろに、マスカウェイル公爵家の馬車がつき従う形で王城へ向かって走り出した。
主たちを見送った直後、精霊達は一斉に動き出す。持ち込んだ荷物を専用の馬車に積み込み、宿屋の主人に「3日間の滞在偽装」を念押しして、さっさとサイワットの街から出て行く。その行き先は宿屋にも告げられず、購入した高価な家具一式を乗せた荷馬車とともに、彼らは忽然と姿を消した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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