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第10話 彼の事情(1)

 暗い檻の中でジルは目を伏せていた。


 この場所は地中に穴を生み出したらしく、出口も入り口も存在しない。出入りはすべて転移が使用され、転移が使えない魔物や人間が入り込む余地はなかった。


 音も光もない暗がり、長く囚われれば気が狂う場所だ。


 しかしジルは逆に落ち着いている。この程度の期間と拘束で狂えるほど、マトモじゃない。


 狂うならとっくに狂っている。

 ――…そう、狂っていたのだから。


 狂気を受け入れるほど強くなく、しかし狂気に溺れるほど弱くなかった。常に両方の天秤の間を揺れる精神はひどく不安定で……いつ崩壊してもおかしくない。


 あの奇跡が起きるまで―――オレは狂気の海に漂っていた。


 考え事から意識が浮上したのは、転移による気配によってだ。


 魔力を感知する能力は働かないが、生き物の気配は察知できる。これは魔力と関係ない能力なのだから。


 そして目の前に現れた者は、黙っていられるほど大人しい性格をしていなかった。


「へえ、本当にジフィールだ」


 上級魔性に分類される男の声に、ジルは僅かに身じろぎした。ずいぶん久しぶりに声を聞いた知り合いへ、最低限の礼儀として視線を向ける。


 檻のほぼ中央に座したジルは、片膝を立ててもう片方の足を投げ出していた。大きく溜め息を吐く。


 面倒くさい。


「ん? おまえ……誰だっけ」


 名前など覚えていない。ただ『いずれかの魔王』の側近だと思い出した。


 相手を怒らせると承知で、小首を傾げてみせる。檻の中で囚われ人となっていても、ジルに(へりくだ)る様子は一切なかった。



 むっとしたのか、男は紺の瞳を眇め同色の短髪を掻き上げる。


「随分、いい格好じゃないか?」


 馬鹿にした口調で挑発してくる彼の言葉に「じゃあ代わってやるよ」と軽口を叩く。予てからの知己のように振る舞いながら、その言葉や表情に棘が満ちていた。


 温度が一定に保たれた檻で、気温が低下する肌寒さを覚える。目の前の上級魔性の感情に、檻の外の外気が引き摺られているのだ。


 魔力自体を体内に封じる檻は、しかし格子という形状のため空気は通す。それが魔力によって冷えた空気であろうと、例外はなかった。


 魔力の使える側で冷やされた空気は、冷気を纏った物として通過する。


「女王に感謝しなくては……」


 こんな姿のジルを見られるとは思わなかった。実力者として常に上位に君臨した男は、彼を含めた上位魔性を見下してきたのだ。それが檻の中に閉じ込められ、成す術なく虜囚に甘んじている。


 最高の気分だった。


 魔法を得意とする上級魔性ラブレアスは、檻に施された魔法陣を掻い潜って手を出す実力はない。


 目の前の檻はジルを捕らえると同時に、外敵から守る盾だった。ラブレアスは手を出せないが、当然、女王ヴィレイシェが彼を閉じ込めるだけで済ます筈はない。


 実力者である女王を無視し、常に軽んじてきた男は容易に解放されないだろう。傷つけられ、這い蹲って女王に懇願するまで囚われの身となる。


 彼女はそういった嗜虐的な趣味を持つ一面があった。きっとジルに対しても存分に発揮される。


 彼の未来を考えれば、自然と口元が笑みに歪んだ。


「おまえが復活したのは驚いたが、これならば我が君の害になるまい」



「我が君ねえ……まだ『出られない』くせに、魔王を名乗るとは笑わせる」


 売り言葉に買い言葉、互いの言い争いのレベルが低いのは承知している。だが魔性は本来子供と同じで、感情が幼い生き物だった。



 生まれながらに膨大な魔力と魔法を操る彼らにとって、己が望むままに振舞うことは自然なのだ。


 魔物は理性がない動物と変わらず本能で行動するが、魔性は人型を取り人と同じように思考する。だからこそ、より苦しめて、より哀しませて嘆かせる方法を模索する傾向があった。


 そのため動物や魔物を殺すより、人間を殺すことを好む。


 そして人間には持ち得ない魔力を操る彼らの願いは、ほぼ叶ってしまう。そのため大人になり我慢する必要もなければ、相手を気遣って思いやる経験もなかった。


 どこまでも子供のまま、残酷に無邪気に他者を傷つける存在なのだ。そんな彼らが膝を折るとしたら、自分より実力があり魅せられた存在――魔王である。


 複数の実力者を示す魔王という称号を勝手に自称することは出来ない。相応しくない実力の持ち主が名乗れば、他の魔性に滅ぼされるからだ。


 それ故に、ヴィレイシェは魔女王を名乗れないのだから。



「我が君を愚弄するか!」


「愚弄される程度の実力しかねえだろ」


 怒りに任せて氷の刃を手に纏わせた男が、それを突き立てる。檻は魔力を防ぐもの、魔力で作り出したとはいえ、氷は物理的な力を行使できる武器だった。


 鋭い氷の先を右手で受け止め、ジルが笑う。


 突き刺さった掌から赤い血が滴った。だが魔力によって生み出された氷は一瞬で霧散し、武器は傷口を残して消える。


 魔力を纏わぬ冷えた空気は残るが、魔力を帯びた氷の刃は魔力を解除されて消えたのだろう。


 貫かれた痛みを表情に出すことなく、ジルは興味深そうに今の現象を見つめていた。そして腕を伝う己の血をぺろりと舐め取る。



「高くつくぞ?」


 くすくす笑う姿は、魔力を封じられ手も足も出ずに傷つけられる虜囚らしくなかった。


 まるで『死神』と対峙したような恐怖がラブレアスを襲う。上級魔性として二千年近く、主以外に恐れを感じることはなかったのに……。


「ひとつ貸しだ」


 赤く血に濡れた口元が、言葉の形をした刃を零す。


 強がることも忘れ、ラブレアスは後ずさった。




 彼が去った後、しばらく傷を観察してみる。ゆっくりだが治癒は働いていた。


 どうやら体内を巡る魔力は問題なく作用するらしい。


 ――ならば手はある。


 外へ出した魔力は雷に弾かれ消えるが、右手を貫いた傷は体内の魔力の巡りに感化されて治り始めた。


 つまり封じられた魔力は、使えなくなったわけでも消えたわけでもない。


 そのまま存在していた。


「面倒だが……手間をかけるか」


 もっと簡単な方法を知っているが、あの女の鼻につく傲慢さをへし折るには丁度いい。


 オレと敵対した上級魔性を呼び寄せて見世物にするくらいだ。相当天狗になっているだろう。


 他の魔王の眷属や側近が顔を見せる前に、女王を血祭りにあげる決意を固めた。

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