第74話 公爵家への招待状
目当て以上の傑作品を入手して機嫌のいいルリアージェ、彼女が嬉しければ幸せなジル、微笑ましく見守る4人と一緒に馬車で宿に戻ると……緊迫した空気が漂っていた。
泣き出しそうな国王からの使者と、迎えの馬車の御者。さらに使者が国王へ向けた使者の返答と混乱を極めている。戻るなり宿の主人に食堂へ案内され、その場で泣き崩れたの使者とご対面となった。
「……つまり、ツガシエの国王陛下が我々を夕食に招くと?」
この非常識集団の外交官を買って出たリシュアが、にこやかな笑顔を貼り付けて対応する。食堂では他の宿泊者に会話が筒抜けになるため、全員で最上階のフロアへ移動した。居間として用意された部屋で、使者が持参した封書を開封したリシュアは溜め息をつく。
「封印も本物ですし、困りましたね」
「準備が間に合わないわ。せめて明日にしていただきたいわね」
リシュアとパウリーネが、ちくりと使者に棘のある発言をする。国王その人へ向けた言葉なら失礼だろうが、使者であれば許される範囲だった。
「これから着飾るのはいやよ」
感想という名目で、本音を口にするライラ。幼い婚約者を窘める口調を装いながら、リオネルが最後の止めを差した。
「ライラ嬢の気持ちは理解できますが、貴族たるもの王族に逆らうことは出来ません。ただ……このような招待は準備のために、招待される側の都合を事前に問い合わせて、十分な時間を与えるのが通例です。王族の方々の常識は疑うのは心苦しいのですが、さすがにサークレラ国では考えられないお誘いですね」
遠まわしに「非常識で強引過ぎる」と断罪したリオネルに、リシュアが苦笑いする。使者は青ざめて俯いていた。
「リア、こちらのタルトは好みに合うのでは?」
我関せずで外交を丸投げしたマスカウェイル公爵ことジルが、鮮やかな苺のタルトを差し出す。この時期は季節はずれの苺だが、上級魔性である彼らが気にする筈もない。
公爵夫人の目の前に並べられた菓子をみて、使者は驚きに言葉を失った。氷魔法や魔道具を駆使しても、色鮮やかな果物をふんだんに使ったタルトは、このツガシエで再現不可能だ。それを豪華に並べるサークレラの公爵家の力に驚く。
彼らが魔性であり、時間の流れや人間の常識が通用しないと知らない使者は焦っていた。国王の命令である以上、サークレラの公爵家をお連れしなくてはならない。しかし連れて行った城で、国王が用意する晩餐は彼らの口に合うだろうか。
「昨日も苺だったから、違うものがいい」
甘やかされ、人族の常識から遠ざかったルリアージェは、平然と我が侭を口にした。この時期に生の苺を使ったタルトは、王族すら望めない高級品だ。しかし飽きたと言わんばかりの我が侭で、ルリアージェは別の菓子を希望する。それを疎ましいと思うはずのないジルは、少し考えて侍女に声をかけた。
「檸檬を使ったチーズケーキがいいな」
「はい」
部屋の飾りのように控えていた侍女が、一度部屋を出る。ライラの配下である精霊は一度消えると、何もなかったようにケーキを手に戻ってきた。美しい輪切りの檸檬が飾られ、艶のある白い柔らかなケーキがそっと並べられる。
「リアの口に合うといいけれど」
後ろでひとつに結った黒髪を揺らして、ジルは最初のナイフを入れた。1/6に切り分ける位置にナイフを当てて、ルリアージェに微笑みかける。少し悩んだルリアージェが指先を少し左側に動かした。欲張って僅かに大きく切り分けて欲しいと願う彼女の意図を読み取り、ジルが左にナイフの位置をずらす。
公爵という貴族の中で最上位の階級にいる者が、こうした侍女や執事のような真似をすることはない。しかし優雅に切り分けたジルはルリアージェの前へ、慣れた手つきでケーキを差し出した。
「ありがとう」
ジルだけでなく、ケーキを取りに行った侍女にも声をかける公爵夫人の様子にも驚きながら、使者は風の噂を思い出していた。
サークレラの王位にもっとも近いマスカウェイル公爵は、自らの王位継承順位をさげて今の地位に残った。その理由が最愛の妻にあり、彼女が王妃になることを望まなかったためだと……。どこまでも妻を甘やかす今の姿を見れば、確かに噂は真実なのだろう。
隣国であるリュジアンが滅びたのは、この美しい銀髪の公爵夫人を罠にかけようとしたためと伝え聞く。最愛の妻への暴行未遂、リュジアン王女の横恋慕、挙句が嘘をでっち上げて王宮で断罪しようとした。この溺愛ぶりでは、国を滅ぼさんばかりの報復も当然だと納得できる。
だからこそ、自国の王の愚かな招待が悪手に思えて溜め息が零れた。
「使者殿はいつまでこの場におられるのか」
ルリアージェの選んだチーズケーキにあわせ、ほんのり甘い紅茶を用意しながらリシュアは首をかしげた。一家団欒の場に、部外者が混じっているとやんわり指摘する。
使者とて無粋は分かっていても、ツガシエ国王に命じられた立場上手ぶらで帰れないのが本音だった。
「こら、リシュア。使者殿が困っておられるだろう。王族の我が侭な命令に彼らが逆らえるわけがないのだから、そのような言い方をしたら可哀想だ」
「さすがは義姉上様、お優しいですね。私の配慮が足りず申し訳ございません」
チーズケーキを堪能していた公爵夫人ルリアージェの注意に、さりげなく毒が含まれている。もちろん本人には「我が侭な王族」への気遣いはなく、ただ事実を淡々と述べたに過ぎなかった。天然で毒を吐いたルリアージェはリシュアの言葉に頷きながら、ジルが淹れた紅茶を口にする。
「リア、彼も手土産がないと帰れないだろう。王宮は明日の夜に寄ってみるか?」
「……また王宮か。私は静かに暮らしたい」
ジルの執り成しに、赤い唇を尖らせたルリアージェが溜め息をつく。不満そうな態度だが、反対する言葉はなかった。
さすがに宮廷魔術師として王宮勤めした経験があるため、手ぶらで使者を帰す危険性を理解している。南の国々より王族の権威が強い北では、明日は彼の首が切り落とされる可能性すらあるのだ。
「我が娘の体調が悪いため、晩餐は明日お受けしますと伝えてくれ」
にっこり笑って結論を出したジルの美貌に見惚れ、使者は真っ赤な顔で頷いた。国王へ返答を伝えるために急いで宿を飛び出す。国王の誘いを「また明日」と子供の約束のように放り出したジルは、行儀悪く肘をついてクッキーを摘んだ。
「リア、あーん」
素直にぱくりと食べるルリアージェの隣に座ったライラが、チーズケーキを自分の分だけ切り分けて引き寄せる。
「結構美味しいわ、これ」
口に合ったようだ。後ろでリシュアとリオネルは、翌日の予定を確認し始めた。男性陣の会議を横目に、パウリーネが提案する。
「明日は家具屋めぐりをするのでしょう? でしたら動きやすい服がいいわね。晩餐は正装が必要ですけれど、それまではゆったりした格好をしましょう」
「そうだな、動きやすい服がいい」
ルリアージェの賛同を得て、ケーキを食べ終えたライラが彼女の手を取って引いた。
「隣の部屋で洋服を選びましょうよ。明日の着替え用魔法陣も作りたいわ」
「それはどんな効果があるのだ?」
「事前に着飾った姿を魔法陣に登録すれば、出掛ける直前に魔法陣を発動させて、一瞬で着替えた状態を再現することができますわ。ぎりぎりまで家具屋を回ってこられますから、今夜のうちに着替えた姿を魔法陣へ記録してしまいましょう」
素直に手を引かれて歩きながら、ルリアージェはあまり耳なじみのない『着替え用魔法陣』に興味を示した。元から魔法陣の研究は大好きだ。目を輝かせるルリアージェを、さりげなくジル達から引き離すライラは、部屋の間の扉を閉める前にジルに頷いた。
黒い相談を始めた彼らは意味深な表情で頷き返す。静かに閉じた扉の向こうで、無礼なツガシエ王族への対応は煮詰められていった。
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