第73話 最上級の目利き
家具職人達は無口だった。訪ねてきた他国の公爵家一行を他所に、黙々と仕事に勤しんでいる。金属加工や木工で傷だらけの手で、ヤスリ掛けを続ける職人の近くに腰を落としたルリアージェは、その丁寧な仕事に見惚れていた。
「あんたらは変わってるな」
お茶を出せだの、接待しろと騒ぐ他国の貴族を嫌悪していた家具職人は、呆れたように口を開いた。
不思議そうな銀髪の美女は、公爵夫人だという。しかし美しい紺色の艶があるドレスの裾が埃だらけになっても、気にせずに屈んで手元を見ていた。その夫である黒髪の公爵も何も注意しようとしない。それどころか目線を合わせて話しかける貴族など、自国も含めて会ったことがなかった。
だからかも知れない。彼らの話を聞いてみようと話しかけたのは。
「そうかしら」
ライラが首をかしげる。彼女は材料の木を手で撫でている。貴族は手や服が汚れることを嫌う者が多く、工場内に立ち入ることすら犬猿した。まったく気にした様子なく「この木は詰まっていて長持ちする家具になるわ」と木肌に触れる公爵令嬢は規格外だ。
「貴族ってのは偉そうに注文するだけかと思ったぞ」
丁寧な口調なんて、職人達は知らない。貴族階級と直接接する機会はほぼゼロだったし、普段と同じ乱暴な言葉遣いで話してるのに咎められないのも初めてだった。大抵は怒鳴り散らして「無礼だ」と大騒ぎする。
「もし作ってもらえるならお願いしたいが、無理に割り込んだりするつもりはない。見学に押しかけたのは我々の方だからな」
気にするなと笑ったルリアージェは、木屑だらけの室内で深呼吸した。立ち上がった彼女の腰を抱き寄せたジルが、穏やかな笑みを浮かべる。
「どう? 気に入ってくれた?」
「ああ、見学できて嬉しかった。明日は家具屋を回るのだろう?」
楽しそうに話す公爵家一行に、職人達は顔を見合わせる。奥で黙って作業していた一際小柄な男が立ち上がった。こちらに近づいてきた彼に、ルリアージェは少し屈んだ。
「あんた、家具が欲しいのか。どんなのを探してる」
「ベッドサイドの小さなテーブルだ。引き出しがひとつあると助かる」
後ろでリオネルとリシュアが目配せしあう。どうやら家具屋にあるか調べるつもりらしい。2人の思惑を他所に、その小柄な職人はむすっとした顔で奥の扉を指差した。
「あの奥にいくつかある。見てみろ」
無愛想な彼の言葉に、ルリアージェは目を見開いた。やはり貴族だ、怒らせたと職人達が眉をひそめるが、彼女の反応は予想と正反対だった。
「見せてもらえるのか!? すごい、ぜひ見せて欲しい!!」
手を叩いて大喜びして、夫を置いて職人の手を握った。小柄な彼を引きずるようにして奥の扉へ向かう。驚いて手を振り解けない職人とともに、ルリアージェは扉をくぐった。
薄暗い部屋の中で、ジルが灯りをつける。魔道具らしき宝石を手に乗せているが、実際はカモフラージュだった。そんな水晶を経由しなくても魔力だけで足りる。しかし人族の間で貴族として振舞うなら、フリだけでも魔道具を持っていた方が目立たなかった。
「ジル、すごいぞ! 見てみろ!」
大喜びで並ぶテーブルの前にしゃがむルリアージェは、両手で家具を撫でている。入り口に置き去りにされた職人が、呆然とその様子を見ていた。苦笑したジルが後ろに近づき、身を屈めて話しかける。
「こういうデザインが好きなのか?」
近くに別のテーブルがいくつか並ぶ中、まっすぐこのサイドテーブルに向かっていった。引き出しに触れてそっと開け閉めして、その感触に頬を緩める。どう見ても気に入った様子だった。
「これが一番美しい。この曲線はもちろんだが、引き出しに隙間がないんだ。押し出す空気を逃がす工夫も素晴らしいぞ」
机を下から覗いたり、裏側の処理を確認したりと忙しいルリアージェの褒め言葉に、ようやく置いていかれた職人が我に返った。
「目利きも本物だな」
ぼそぼそと呟くと、無造作にテーブルを指差した。
「あんたにやる。持って行け」
「……やる?」
売るではなくて? そんな疑問を口にしたのは、後ろにつき従うリシュアだった。言葉の使い方が違うと言いたげな彼に、職人は苦笑いを浮かべる。
「貴族の奥方とやらを試したが、最高傑作を選びよった。詫びにくれてやる」
口は悪いが、埃だらけの在庫から最高級品を見抜いたルリアージェの目利きに感心したらしい。きょとんとしたルリアージェだったが、すぐに「代金は払うぞ」と無邪気に言い放った。
「公爵家だったか? 注文した王族ですら払えない高額品だ。持っていけ」
職人達の奥で作業していた親方が自ら案内した上、持って行けと言い放ったことで、ジル達は状況を理解した。どこかの王族が注文したが、懲りすぎて引き取れない高額の最高級品になったらしい。結局在庫として保管した。
ルリアージェの目が肥えているかと尋ねられれば、魔性達は一斉に頷くだろう。これが宝飾品なら首を横に振るが、家具に関しては日常的にジルの城で最高級品に触れている。彼女の目利きは本物だった。
親方の突然の暴挙に、他の職人達がざわつく。しかし親方は意見を撤回する気はないらしい。驚いた様子のリシュアが首を横に振った。どうやら彼の目利きでも高額なのは一目瞭然のようで、呆れ顔だ。
「もらえない。これだけの傑作をタダで受け取るわけに行かない」
きっぱり言い切ったルリアージェに「強情な」と親方が舌打ちする。失礼な態度だが、ルリアージェは気にせず視線を合わせた。
「これはあなたの努力と技術が詰まった傑作品だ」
「ならば、その指輪と交換だ」
言われたルリアージェは、自分の指に嵌る赤い宝石の指輪に目をやる。安物ではないが、この家具とつりあう高額品とは思えなかった。
「しかし……」
「妻にやるから指輪を置いていけ」
不器用な親方の交渉に苦笑いしたルリアージェは、これ以上辞退すると失礼に当たると考えた。価値が分かると彼が判断した相手に、最高傑作の家具を託したいと願うなら、断り続けるのは逆に彼を怒らせてしまうだろう。
「こちらも奥方様にお渡ししてくれ」
紅石の指輪と対になっているネックレスも外そうと手をかける。しかし近づいたジルが先に手を伸ばし、器用に留め金を外してくれた。
「ありがとう。ジル」
「いいや、気にするな」
ジルにもらったネックレスと指輪を引き換えることへの感謝と詫びを滲ませた言葉に、間違うことなく受け取った答えを返す。慣れた様子でリオネルが、紺色のベルベット調のケースを差し出した。その上にネックレスと指輪を拭いてから並べる。
「お言葉に甘えて交換させていただく。このテーブルは一生、大切に扱うことを約束しよう」
「ふん……当然だ」
強気な口調だが、親方は自分の子供とも言える傑作品を眺め、ポケットから取り出した布で丁寧に埃を拭った。艶のある天板の傷がないか最終確認を済ませ、満足そうに頷く。その姿は、自らの手が生み出した作品への愛情が溢れていた。
「失礼する」
一言声をかけてから、ジルは魔道具の効果を装ってテーブルを収納した。大容量の収納用魔道具は大きな魔石や水晶を媒体とするため、持ち主が限られる。しかしサークレラの公爵家の肩書きがあれば、怪しまれることはなかった。
「城に戻ったら、すぐにベッドサイドに置こう」
浮かれたルリアージェのはしゃいだ声に、親方の表情がすこし和らいだ。
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