第71話 北の大国で家具探し
迷宮巡りの次の行き先を考える魔性達をよそに、ルリアージェはジルの城の家具に興味を示していた。新しい家具が増えていたのだが、そのテーブルの彫刻が素晴らしい。猫足なのは貴族用だからか。見た目重視の家具は、天板のカーブも滑らかで手触りが良かった。
「リア、次の……どうした?」
テーブルの前にしゃがみこんで眺めているルリアージェに気付き、ジルが言葉を止めた。一緒に隣に座り込んで首をかしげると、彫刻を撫でる彼女の指先に気付く。
「気に入ったのかな」
微笑ましげに呟くジルへ、ルリアージェが大きく頷いた。
「この彫刻は美しいな。こういう家具は贅沢品だから滅多に手に入らなかったが、王族の部屋に沢山あったから目ばかり肥えてしまった」
テラレス王城に勤めていた宮廷魔術師が簡単に手に出来る家具ではない。最高級の素材と職人の腕が揃って、初めて生み出される名品だった。うっとりと撫でるルリアージェの様子に、ジルは行き先の変更を提案する。
「次はツガシエにしようか。リュジアン同様、家具の名産地だ」
「そうね、リアの希望なら家具屋巡りもいいわ」
「反対する理由がありません」
ライラとリシュアが同意し、パウリーネも微笑んで頷く。ふと気付いたルリアージェが見回すと、リオネルがいなかった。
「リオネルはどうした?」
「調査に行ったぞ。何か気になるらしい」
「そうか」
魔性達が自分に付き合って四六時中側にいろ、なんて考えないルリアージェはすぐ納得する。ジルもライラだって、動きたいなら勝手に出かけてくれていい。ただ彼らは気を使っているのか、ルリアージェが寝ている時間しか城を空けないが。
優しさや気遣いからの行動を咎める気はないので、ルリアージェは気付きながらも指摘しなかった。彼らが一緒にいたいと思ってくれる気持ちを、素直に嬉しいと感じる。
「ツガシエで家具……あちこち見て回れるだろうか」
「あの国なら高級家具が並ぶのは王都、あとは職人が住む地方のサイワットですか」
リシュアが都市の名前を挙げると、聞き覚えのある地名にルリアージェの目が輝いた。サイワットは家具好きにとって聖地のような場所だ。家具職人がこぞって工房を持ちたがるが、本当に認められた実力者しか店や工房を構えることを許されない。
「サイワットは行きたい!」
絶対に素晴らしい家具と出会える。買えなくても見るだけでも……まだ貧乏性の考えが抜けないルリアージェの喜びように、ジルが即決した。
「よし、次は家具探しでツガシエだ」
「ありがとう」
嬉しそうに笑うルリアージェの姿に癒される魔性達から、反対意見など出るわけがない。口々にツガシエの名所や名物を上げ始めた。
「たしか、赤いスープが有名なのよ。辛いけど美味しいわ」
「雪角兎の肉も有名ですね」
「あたくしは、氷の器に盛ったレイシーという果物がお勧め!」
様々な食べ物をプレゼンしてくる魔性達は、長く生きた分だけ物を深く知っている。品物の見分けや食べ物に関する知識は、過去からの積み重ねだろう。彼らに食事は必要ないが、嗜好品として口にするのだと聞いていた。そのため、お茶会がよく行われるのだ。
「宿は私が手配しましょう」
リシュアが慣れた様子で姿を消すと、逆にリオネルが帰ってきた。入れ替わりで顔を合わせていない彼らだが、気にする感情はない。
「出掛ける先が決まったぞ、リオネル。次はツガシエだ」
「……っ。そうですか、楽しみですね」
一瞬だけ息を飲んだリオネルだが、その微妙な表情にルリアージェは気付かなかった。ジルとライラは目配せして、役目を分け合う。
「サイワットへ持っていく服やお飾りを用意しなければ! パウリーネも手伝ってくださる?」
「もちろんですわ。公爵家に相応しいドレスを選ばなくちゃなりませんもの」
右手を掴んだライラに引っ張られ、あっという間に隣の私室へ移動する。パウリーネも一緒に来たので、ルリアージェはこの状況に違和感を覚えなかった。元から女性が集まってドレスや飾りを選んでいる際、ジル達が外で待つのは当然だったから。
広すぎる部屋が落ち着かないと我が侭を言ったせいで、天幕のように薄絹が天井代わりに掛けられた部屋は、驚くほど豪華な家具や毛皮が並んでいた。部屋の中央に敷かれた大きな白い毛皮は、小山ほどもある狼を倒した戦利品だと聞いている。
肌触りが良い上に、床の半分ほどを占める大きさが見事だった。明らかに腹から裂いて、頭部や手足の爪を残すやり方は貴族が好みそうな形状だ。
素足で触れると気持ちいので、ルリアージェはヒールの高い靴を脱ぎ捨てた。振り返ると、ライラやパウリーネも真似をして靴を脱いでいる。
「そういえば不思議だったんだが……魔性は戦った獲物から毛皮を回収する決まりでもあるのか?」
以前もコートを作るときに同じ疑問を持ったが、聞きそびれて今日まで来てしまった。尋ねられたライラとパウリーネが顔を見合わせて、同時にルリアージェに答えた。
「「倒した証拠ですもの」」
ハモった彼女らは、くすくす笑いながらいくつか毛皮を取り出した。以前に見せてもらった大熊や兎のものもある。
「毛皮を綺麗な状態で残すには、一撃で上手に倒す必要があるのよ。だから腕前の証拠になるでしょう? 大きな獲物を倒した自慢もだけど、こんなに綺麗な毛皮として残せる倒し方をした事実の方が自慢ね」
猟師が大きな魚を獲ると、魚拓を残すのと同じような理由か。自分が知る事例と絡めて納得したルリアージェが頷いた。ライラは説明用に取り出した毛皮の中から、豹のような斑模様の毛皮を1枚抜き取って片付ける。
「これ、珍しいのよ」
「……夏の大雪角兎かしら」
「そうよ。冬は白い毛皮になるけれど、夏は斑模様が綺麗なの。ルリアージェにショールを作ったらどうかしら」
「あら素敵ね。これだけの大きさと艶は珍しいもの」
2人の間で話が進んでいるが、着飾ることに興味が薄いルリーアジェは足元の毛皮にぺたんと座り込む。ふわふわと毛足の長い絨毯は最高の手触りで彼女を迎えた。このまま寝転がりたい気持ちだが、パウリーネは鏡を用意し始める。ライラも大量の服を風で引き寄せた。
「さあ始めましょう」
「しっかり選ばなくてはね」
着せ替え人形の時間が始まる。諦めのため息をついたルリアージェが解放されるのは、数時間後のことだった。
「何かあったか?」
「リシュアも報告を上げているでしょうが、人族の動きが活発化しています。ツガシエの後ろに風のラーゼンがいますね。ウガリスを抜けた先が火山で、マリニスの領域になるので……防波堤代わりに使う可能性があります」
「相変わらず仲がいい」
風の魔王ラーゼンが、火の魔王マリニスを気に入って庇護しているのは有名だ。水の魔王トルカーネが消えた今、最古参の魔性はラーゼンだった。他の魔性はツガシエとウガリスに手は出さない。これは自分より上位の魔性の機嫌を損ねないための不文律だった。
しかし『魔性殺しの死神』であるジルが従う理由はない。
「まあ問題ないだろ。リアの家具探し優先だからな」
政治的に絡んで属国にしようとか、ツガシエを滅ぼそうと考えているわけじゃない。ただの観光だった。多少ラーゼンの配下が絡んでうるさいだろうが、リオネルとリシュア、パウリーネが順番に追い払えば済む話だ。
「そうですね。王都は後回しにして、サイワットを先に回りましょう」
貴族の多い王都はアンティーク家具が集まっているが、現在作られている家具は生産地のサイワットに並んでいる。他人の所有物を見て回るより、リア用の家具を買うなら生産地に足を運ぶのが正解だった。
「ジル様、サイワットの宿を手配しました」
リシュアが戻り、サイワットの宿を用意したと報告された。彼も生産地を見て、足りなければ王都へ足を伸ばせばいいと考えたらしい。よく出来た配下を労ったジル達は荷造りを手伝うべく、リアの部屋の扉を叩いた。
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