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第9話 炎の襲撃(2)

「捕らえよ!」


 大柄な騎士の一言で、駆けつけた騎士が男を拘束する。慣れた様子で魔力を封印する手枷を嵌める彼らは、深い傷は負っていない男を引き摺っていった。


 彼らの後姿を確認すると、ほっとして膝が崩れる。


「リア! その手……」


 座り込んだルリアージェに悲痛なライオットの声が聞こえた。礼儀を無視して背後から肩を抱き寄せる彼に身を預けたまま、ルリアージェは大きく息を吸い込む。


「汚れ……ます、から」


 離してくれと告げるが、逆に抱き込まれてしまった。


 噴水前の広場だというのに、直接日差しが当たることはない。王子であるライオットを守る騎士が取り囲む輪の中、ルリアージェは唇を噛んだ。


 まだ余力はある。



≪哀れみ誘い舞い踊れ、悲しみ浸り沸き起これ、空が怒り地は嘆く。ああ、彼の御方は白き御手を伸べられる…尊き御身を(あけ)に染めることなく。癒しの森は震える鈴のごとし――『深緑のヴェール』≫


 右手を包む緑の光がゆっくり傷を巻き戻していく。ゆらゆら揺れる緑が薄れて消えるころ、傷は跡形もなくキレイに治っていた。


 流した血は消えないが、傷はもう痛みを生まない。



 大きく深呼吸して、痛いほど抱きしめるライオット王子の手をそっと解いた。振り返った先で、困ったような顔をするライオットが溜め息を吐く。


「……助かったよ、ありがとう」


「ご無事で何よりです」


 事態が収まったのを確認したのか、王宮の入り口では王太子がなにやら騒いでいる。騎士達が必死に止めている様子を見るに、こちらに戻ろうとしているらしい。


 足元の石畳と芝生は大きく抉れて焦げているし、左側の木立はルリアージェが切り裂いてしまった。無残な庭園の有様は、とても王宮の入り口とは思えない。


 犯人らしき男は捕まったが、まだ安全と断言できない屋外へ次期国王を出すなど無理だった。


 顔を顰めるほど焦げ臭いが、彼女らが座り込んだ場所は結界内だったために焼かれていなかった。


「王太子殿下が……」


 騒いでます、とは言えずに促す。


 ライオットが振り返り、苦笑いして立ち上がった。明るい茶の髪は光を透かして金色に見える。少し埃の被った髪を、彼は無造作に払った。


「兄上は心配しておられるだろう、お手をどうぞ」


 優雅に差し伸べられる手に、治ったばかりの右手を乗せようとして……ルリアージェは動きを止めた。


 傷は消えたが、赤い血はそのままだ。べっとり右手を染めた赤を、王子の手に重ねるわけにいかない。


 それどころか用意してもらったロイヤルブルーのドレスにも、赤い血の跡が転々とついていた。


「申し訳ございま……え?」


 ライオットに右手をぎゅっと掴まれ、詫びの言葉が半ばで途切れる。慌てて引き抜こうとすれば、指を絡めるように握られてしまう。


 恋人つなぎ、なんて言葉が脳裏を過ぎった。


 マズい……●●が怒る!


 反射的にそう思い、しかし思い出せなかった名前に首を傾げる。


 ●●って誰?



 寄り道しかけた意識を、ライオットが引き戻した。


「行くよ、リア」


 すでに手を掴まれているし、騎士たちも動揺したのか何も言わない。助けを求めるように見つめる先で、そっと目を伏せられてしまえば……彼に従う他なかった。


「わかりました、ライオット王子殿下。手を……」


「離す必要ないですから」


 にっこり言い切られてしまい、反論は諦めた。


 きっと王太子殿下が注意してくれるだろう、と大人しく手を引かれるまま付いていく。空いた左手でスカートを持ち、出来るだけ早足でライオットの後を追う。


 まだ敵がいるなら、王宮入り口まで早く辿りついた方がいい。


 王宮の建物は固定の結界が張られており、中にいる人々に直接危害を加えられることは出来なかった。だかこそ、あの襲撃も屋外で行われたのだ。


 そんな知識がある自分に多少の疑問は残るが、可能な限り早くライオットを結界の中に入れようと足を進める。




「無事か!? ライオット」


 駆け寄った王太子は駆け寄って義弟の手足を確認し、焦った表情を和らげた。


 結界の中心にいたルリアージェの後ろにいたため、ほぼ無傷だと理解してなお、己の目で確認するまで不安だったようだ。


 茶色の髪に乗る葉や埃を丁寧に払う兄は、よほど腹違いの弟に期待しているらしい。


 身長は少しだけ弟の方が高かった。明るい茶髪のライオットと違い王太子は光を弾く金髪だが、瞳の色はそっくり同じ緑だ。


 女性のような柔らかな第二王子に比べ、精悍な顔立ちの兄王子がこちらに顔を向けた。


 わずかに視線を下げていて良かったと安堵しながら、王太子の胸元の飾りに視点を定める。鮮やかな青の宝玉を飾る赤と緑のリボンが目に飛び込んだ。


「顔を上げよ」


 さきほど遮られた言葉は、今度こそルリアージェの耳に届いた。


 小さく一礼して顔を上げるが、やはり目を覗き込むような無作法は出来ない。そんな彼女に手を伸ばし、王太子は赤い右手を躊躇いなく掴んだ。


 痛みはないが、顔を顰めてしまう。


「弟を助けてくれたことに礼を言う……すまない、痛むのか?」


 ルリアージェの表情を誤解した王太子の言葉に、首を横に振って右手を引いた。赤い手を恥じるように背後に隠す。


「発言を許す」


 直接返答せよと命じる青年に、ルリアージェはようやく声を出した。


「お気遣い感謝いたします。痛みはございませんが、王太子殿下のお手が汚れてしまいますゆえ」


「気にするな、いや…すぐに湯浴みと治療を手配しよう」


 警戒から態度が反転した王太子の言葉に、ライオットが口を挟んだ。


「ケガは自分で治したようですから、湯浴みを。ドレスは私が手配しましょう」


「そうか、それならば良かった。おい、湯浴みの手配を急げ!」


 兄弟であっという間に決めてしまった湯浴みと着替えに、ルリアージェは困ったような顔で眉尻を下げる。


 だが王族とは本来身勝手な言動が多いのだ。下手に遠慮して機嫌を損ねるのも……と考えて、妙に王族や貴族に理解がある自分に疑問が浮かんだ。


 貴族じゃないのは確かなのに、王族に接することに慣れている。どのような立ち位置だったのか。思い出せない過去に首を傾げる間に、準備ができた湯殿へと侍女に案内された。


 小さなバスタブを想像していたが、火山が近いアスターレンは温泉が湧き出る。観光名所である温泉を王族が見過ごす筈もなく、王宮には源泉が引かれた。


 あとで考えればいいか。


 基本的に楽天的なのか。深く考えることなく、10人は入れそうな湯殿でルリアージェは頬を緩めた。

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