最終話
「あなたが如月さん?他の月の皆さんと比べると随分、幼く見えますね」
僕はそう口にしていた。言ってから、少し失礼だっただろうかと後悔した。
「私、他の月と比べると日数が少なくて28日しかないんです。だから、幼く見えてしまうのかも」
確かに今までのケースだと31日の月の女性は大きい方だった。しかし、ここまで幼く見えてしまうとは思わなかった。
「でも、私、四年に一度、うるう年のときだけ、29日になって、少し大人になるんです」
そう言うと如月さんは頬を赤くして微笑んだ。僕はその笑顔に思わず顔がほころんだ。確かに29日生まれの人は4年に一度しか誕生日が来ないことになる。だから、幼いのかということにはならないかもしれないが、月の擬人化した彼女たちには影響があるのだろう。
「ちょっと、何を鼻の下を伸ばしているの?あなた、ロリコンというわけではないでしょ?」
水無月さんはそう言って、僕を後から小突いた。
「まさか、違いますよ。でも、予想にしていないケースだったから、つい・・・・」
「つい、・・・何?イベントに流される風潮を散々否定してきた私たちの固い結束はどうなったわけ?」
「いや、それは別に変わってませんよ。ただ、如月さんはそういうことと関わりがないような・・・・」
僕はチラリと如月さんを見た。如月さんは微笑んでさらに頷いてくれた。僕はそれを見て可愛いと思ってしまった。
「あの、それよりも私、今日、渡したいものがあったんです」
「渡したいモノ?」僕は訊ねる。
「はい、これ、美味しくないかもしれないけど、頑張って作ってみたんです」
そう言って、如月さんは僕に紙包みを渡した。その中にはハートを象ったチョコレートが入っていた。
「ちょ、ちょっと、何しているの?私は今まで節分ネタに恵方巻きを食べていたのに」
水無月さんが声を荒げて、僕と如月さんの間に入った。
「う~ん、でも、二月の擬人化した女性の定番なら、恵方巻きよりもバレンタインの方が相応しいかもしれないですし・・・・」
如月さんはそう言って首を傾げた。その仕草も女子っぽくて可愛いと僕は思った。
「まあまあ、水無月さん、今回の主人公は如月さんですから、少しは彼女の言うことを聞いた方が・・・」
「ちょっと待て、さっき、私とバレンタインは経済効果を得るためのイベントだって、私と協調していたじゃない。あのときの友情はどうなったわけ?」
「いや、それは分かってますよ。でも、やはり今日は主役の如月さんを立てないと・・・・」
僕がそう言うと水無月さんは渋々引き下がった。
「それに私、これも編んだんです。まだ寒いですから、風邪をひかない様に、はい」
そう言うと如月さんは紙袋から手編みのマフラーを取り出した。さらにそれを僕の首にかけてくれる。その際に小さい彼女は少しだけ背伸びをした。そんな仕草が僕にはたまらなく愛しく思えた。
「少し不格好かもしれないけど、一生懸命作ったんです。あの・・・」
「うん、すごく暖かいよ。如月さん、ありがとう」
「喜んでもらえて、よかったです」
僕と如月さんはお互い見つめ合った。僕は完全に彼女に心を奪われていた。
「おい、ちょっと待て、いつからこのシリーズは恋愛ストーリーになったんだ?これじゃあ、今まで自虐的に自らをさらけ出してきた他の月たちが可哀そうじゃないか?」
水無月さんは不機嫌そうに腕を組んで僕らを睨んでいた。
「ああ、でも、如月さんはこういう女性ですから、仕方ないじゃないですか」
僕は水無月さんの前に立って、言った。僕の後ろには如月さんが小さくなっている。確かに今の水無月さんは何をしでかすか分からないから、僕が彼女を守らないと。僕は彼女を守る騎士のような気分で振り返った。しかし、そこに如月さんの姿はなかった。
「あれ、如月さん?」
僕は彼女の姿を目で探すと、彼女はいつの間にか、離れた場所に立っていた。そして彼女は僕に手を振った。
「来月のホワイトデー、楽しみにしているからね」
そう言って、彼女は去って行った。僕はその場に残された水無月さんと顔を見合わせる。
「女子力の高さは男をどれだけ手玉に取るかに比例しているみたいね」
水無月さんはそう言って、意地悪そうな笑みを浮かべた。僕は送られたチョコレートとマフラーを見て苦笑いしていた。