第一話
2月。一年で最も短く28日しかない月だ。
4年に一度うるう年で29日まである。祝日は建国記念の日があるが、特にそれを国民が意識しているかは危ういところだ。今年なら単なる三連休として捉えられているだけかもしれない。イベントと言えば三日の節分と14日のバレンタインデーか?節分の豆まきはイベントとして弱いかもしれないが、バレンタインは大きなイベントとして成立しているかもしれない。
僕はそこまで考えて少しドキドキしてきた。バレンタインが大きなイベントとなると僕にチョコレートがもらえるという可能性もあるかもしれない。何しろ、このお話の主人公は2月の擬人化した女性が如月さんだからだ。
「相変わらず、自分勝手な妄想をしているわね。如月さんは甘く見ていると痛い目を見るわよ」
そう言って登場したのは、お馴染みの水無月さん。このシリーズのスタートが彼女だったからか、いつも登場してくれる。だけど、今日は少し様子が違うように思えた。彼女は登場したものの、僕に背を向けていた。そして、最初の一言だけで、後は口を開こうとしない。
「あの、どうしたんですか?いつもは何かと突っかかってくるのに?」
「・・・・・・・」
「黙っていないで、何か言ってくださいよ!」
「・・・・・・・」
「ねぇ、水無月さん」
「う、ううさいわぇ、わ、わっへいなはいぉ!」
そう言って振り向いた水無月さんは口を開いていないわけではなかった。むしろ、口をこれでもかというくらい大きく開き、黒い筒状の物体を頬張んでいた。その状態でしゃべるのだから、何を言っているのか分からない。でも、多分、「うるさいわね、だまってなさいよ」と言っているのかもしれない。そして、彼女は僕に背を向けていたのでなく、彼女が向いている方角が今年の吉方だったと気づいた。
「恵方巻きですか。今では節分と言えば、豆まきよりも恵方巻きの方が定番じゃないですね」
「まあ、経済的に効果が見込めるのは豆よりももっと豪勢な恵方巻きというのはよく分かるけどね」
確かに恵方巻きは関西方面のイベントでしかなかったのが、現在では全国的になっている。しかも巻きずしに留まらず、スイーツまでも巻いてあればOKという傾向になりつつある。如何にもこの国らしい強かさだ。
「何かイベントが必要なのよ。この国の人間は何らかの目的に口実をつけて利益を得ようとする。そして、暴走していく」
ああ、何か分かる気がする。バレンタインは愛する者に告白する絶好の機会だったイベントが今では義理チョコが大半を占め、さらに友チョコなんてものも出ているとか。経済が主軸になって本当の意味を見失っているように思える。
「この国の人間は確かに異様ですね。何でもかんでもイベントによる経済効果を追い求めて、何をしたいのかを見失っている」
「そう、そのおかげで私のようなイベントの空白地帯を生み出す要因になった」
「僕も考えてみれば、この過剰なイベント主義者たちの犠牲者のようなものですね。あまりにも周りの異常な加熱についていけずにいつの間にかイベント称賛派との間に大きな差が生まれてしまった。僕と彼らには大きな格差があるわけです」
「あなたも分かるようになったじゃない」
「水無月さんも今まで誤解していてすみません。僕らは案外、いい友人になれるかもしれませんね」
僕らは固い握手を交わした。それは現代社会のひずみに対してお互いの意見が一致したということでもある。こうして僕らは半年以上をかけて心が通じ合えるようになったのかもしれない。
「あ、あのぉ・・・・」
ふと僕らに誰かが声をかけた。弱々しく頼りない声だったが、どこか心を揺さぶられてしまう女子の声だった。僕はゆっくりと振り返る。
「君は?」
「は、初めまして、私、如月と言います」
そう名乗った彼女は他の月と比べるとあまりにも小さく幼く見えた。そして、どこかほっておけない気分にさせる童顔の女性だった。