新月夜音と、白銀冬雪。
吾妻高校の有名人でもあり、青戸と対となる存在のヒロイン、白銀冬雪。お淑やかで、文武両道で、青戸と俺以外の生徒、教員には好かれている、ハイスペックの女子生徒。
「ヘルモンド様っ!!? この女子、怖いですっ!!」
現役の吸血鬼が怖がるほど、今の白銀冬雪は、蝙蝠姿の吸血鬼に見惚れ、早口を吸ってくれと言わんばかりに、無抵抗で首筋を差し出していた。
「もう良いかしら? この光景、教頭がバレエ衣装で軽やかに踊っているぐらい、気分が悪く後継なんだけど」
「今日、教頭と何かあったんですか」
「あのロリコン教頭、藍を口説こうとしたわ。おかげで、教頭の顔がフラッシュバックしてきて、昼寝が出来なかったのよ」
俺の高校が、違う意味で有名にならないかを、これからが心配だ。
「と言う訳で、藍はすっごく機嫌が悪いのよっ!! さっさと吸血鬼を倒して、藍にチョコレート菓子を寄こしなさいっ!!」
ストレス発散で、青戸が白銀に殴りかからないよう、このまま吸血行為をしていた方が良いのかもしれない。
「この世界の女、怖すぎますよーっ!!!」
青戸の般若顔が怖かったのか、吸血鬼は、白銀を吸血することを諦め、夕暮れの空の彼方に消えようとしていたが、俺は見す見す吸血鬼を逃がすことはしなかった。
「自分から喧嘩を売っておいて、自分から逃げる事は、許されませんよ」
一か八かで、吸血鬼の方向に、殴った見たら、空気が裂け、空気が押し出される、空気砲のようになり、吸血鬼は空中で粉々に散って、完全に消滅した。
「少しだけ精々したわ。お疲れさん」
「ご協力、感謝します」
持参しているハンカチで、青戸は腕の出血を押さえつけていて、そして青戸は、照れくさそうに、俺から顔を背けながら、労いの言葉をかけた。
「後は、こいつだけね。白銀冬雪、記憶無くすまで殴るから、こっちに来なさい」
やはり、俺との関係を内緒にしたいのか、青戸は指の関節を鳴らした後、白銀の事をゴミでも見るような目で、アイコンタクトを送っていた。
「嫌……かな……?」
「あ? 藍に刃向かうつもり?」
「そもそも、暴力で解決するのは、おかしいと思うよ?」
これは、白銀が正論だ。
「新月君。私、怒っているんだよ?」
「青戸と、秘密裏に関係を持っていた事ですか」
そう聞くと、白銀は首を横に振った。
「そんな事はどうでも良い。……ねえ……どうして新月君は、貴重な吸血鬼を殺しちゃったのっ!? せっかく、新しい吸血鬼の人と友達になれると思ったのにっ!!」
白銀の意味不明な言動に、俺は一呼吸おいてから、話した。
「まさかと思いますが、俺が吸血鬼って事に気が付いていて、去年からウザったく絡んできたんですか?」
「あ、それは棚から牡丹餅だよ。し、新月君は……わ、私がプレイしている、オンラインゲームの先輩キャラにそっくりだから……ぽっ」
そういう理由で、白銀は1年前から付きまとっていたのか。ようやく合点が付いた。
「ぽっ、じゃないわよっ!!」
そして、青戸は白銀の行動が、ついに我慢できなくなったようで、チワワらしく、本領発揮で吠え始めた。
「白銀冬雪っ!! あんた、あの吸血鬼に襲われそうになっていたのに、何で嬉しそうだったのよっ!?」
「あれは、保育園の頃かな? 私は、昔は内向的で――」
「あんたの回想は聞いてないのよっ!! この元吸血鬼が、バイトに遅刻しちゃうじゃないっ!!」
すでに、バイトの始業時間は過ぎているので、さっきから倉橋さんからの着信が鳴っているのは、周りの人間は気づいていないのだろうか。
「相変わらず、面倒くさいチワワちゃんだね。簡潔に言うと、私、特撮が好きで、特に精巧に作られている、怪獣、怪人が好きなんだよ。けど、私は正義のヒーローを応援していた。それはなぜか、チワワちゃんは分かる?」
「どうでも良いから、早く結論を言いなさい」
「怪人が武器で斬りつけられる、殴られ、蹴られる。そして最後は爆発。それ、すごくそそられるんだよ~っ!!」
白銀は艶笑していた。
白銀を崇拝している生徒が、学校の人気者の裏の顔を見たら、きっと卒倒するだろう。いや、むしろ良いと言う人もいるかもしれないが。
「そーいう事。ま、白銀冬雪の好みにとやかく言わないけど、その趣味が、学校で公になれば、藍と同じ立場になるわね」
「うん。だから、お互いに約束しようよ。私も、新月君とチワワちゃんの関係を他言しないし、チワワちゃんも、私の怪人、怪獣好き、内緒にね?」
白銀の提案に、青戸はすっごく嫌そうな顔をしながら、白銀に向けて指差した。
「けど藍は、白銀冬雪の事信用してないから。用が済んだなら、さっさとゲームをしに帰りなさい」
「そうしたいのも山々なんだけどね。私、新月君とチワワちゃんに聞きたいことがあるんだ」
「まだ聞きたいことあんの? さっきも言ったけど、藍は――」
「チワワちゃん、新月君に恋してる? 新月君の隣にいると、チワワちゃんはすっごく楽しそうに見えるな」
白銀の追及に、青戸は顔を真っ赤にして、白銀の横腹をどつこうとしていたが、白銀にあっけなく手首を掴まれていた。
「さっきも言ったけど、私も新月君の事が気になっている。そして尚更、本物の吸血鬼なんて知っちゃったら、私も動かないといけないよね」
青戸を解放した後、白銀はニコッと微笑んだ。
「新月君、私もずっと前から、貴方が好き」
それは、日ごろの態度で気づいていたので、俺は特に驚くことなく、無表情を保っていた。
「ようやくチワワちゃんにも、新月君の魅力が分かった? イケイケの男子より、大人しくて、能ある鷹は爪を隠す系の男子の方がカッコいいって」
「勝手に、憶測を話さないでくれる? 誰が、こいつに恋しないといけないのよ。馬鹿馬鹿しい、ほんと、藍は白銀冬雪の事が、生理的に無理」
「そっか。仲良くなれるかなと思ったんだけどなー」
白銀冬雪の本音が、俺にも読めない。白銀の深淵に、何かおぞましい物を隠しているのではないのかと、俺もこれから警戒してしまう。
「新月君。私も協力してあげる。チワワちゃんがいない時、私が血を分けてあげるよ」
「おいコラ。そんなことしたら、藍の無限チョコレート計画が頓挫しちゃうじゃない」
「チワワちゃんばかり吸っていたら、貧血で、チワワちゃんの元気な姿が見られなくなっちゃうよ?」
クスクスと笑った後、白銀は俺の口先に、手を差し出した。
「私とチワワちゃん。どっちの血が美味しいか、気にならない?」
「別に思いません」
「そっか。それじゃ、必要な時に呼んでほしいな。あ、そう言う時のために、ID交換しておく?」
また白銀にも、青戸と同じ説明をしないといけないのか。そう察したので、俺は返事することなく、遅刻しているコンビニのアルバイトに向かった。