青戸藍は、やって来る。
昨日、夜遅くまでコンビニにいたため、凄く疲れ、そして眠い。前世が吸血鬼だろうが、今は普通の人間だ。夜遅くまで起きていれば、翌日の学校も辛い。音楽のように聴いている授業の話も、今は子守唄のように聞こえ、自然と頬杖をついては、こくりこくりと睡魔に負けて眠っていた。
目が覚めれば、いつの間にか昼休み。日が一番高く昇る時間なので、日差しを避けるために、少しの時間でも、俺は薄暗い場所に避難している。
今日はどこに行こうか。準備室、図書室。もしくは誰も来ない、体育館裏。頭の中で候補を出していると、昨日さんざん見た、あのチワワが前から歩いてきた。
「昨日の約束、忘れてないでしょうね?」
青戸藍は、しっかりと俺が咄嗟に思い付いた、道連れにするための、口実を覚えていた。
「売り切れていても、恨まないでください」
「藍は、そんなに器の小さい女じゃないわ。丁度良い機会だから、あんたには、色々と聞きたいことあるのよ」
相変わらずの上から目線で、青戸は俺を急かし、俺は行ったことない初めての購買で、自分の為ではなく、他人の為に使用するためになった。
「ありがと。そんじゃ、藍のとっておきの場所に行きましょ」
俺からチョコパンを貰うと、溶けたチョコレートのような、しばらくニヤニヤした顔を続けた後、青戸は中庭に向かった。
「そこは藍の椅子。退いてもらえる?」
チョコパンを持ちながら腕を組み、下の者を見下すような目で喧嘩を売っている青戸。見下すって言っても、青戸がちんちくりんなので、青戸が男子生徒に見上げている。この場合は、ドーベルマンに向かって無暗に吠える、チワワのような光景だ。
「3年3組、大森あきら! あんたはキス魔として有名! 野球部に入った目的が女子マネージャーと付き合いたいと言う不純な動機! 他の部員が帰って、お気に入りの服部翔子に無理矢理キスしようとした不純異性交遊が目に余るクズそのものの男、バレないと思ったら大間違い!」
これが青戸の学校の姿だ。
どうやってそんな情報を仕入れているのかは知らんが、相手のダメな所、短所を皮肉交じりにダメ出しする。反論の隙を与えずにずけずけと物事を言い、とにかく相手を追い込む。それで多くの生徒は泣かされている。
「同じく3年3組、加藤泰正! バスケ部のエースとして有名、だけど本当の姿は6人の他校の生徒と含めて6またをしている最低な男! 誰か一人の女子を好きになりなさいよ! この優柔不断ゲス男! そして浅井理久! あんたは目つきがキモイって噂の男子! バレないと思ってる? さっきから藍の脚ばかり見ているけど、女子ってそのような視線はすぐ分かるのよ! 特に可愛いと異名を持つ、この藍に興味を持つなんて、良い度胸じゃない? 藍の脚がお気に入りなら、踏んであげるわよ? 泣き叫ぶまで、永遠に踏んであげるけど、どうする?」
男たちは、痛い所を追及され、泣き出す事は無かったが、ショックを受けたように俯いて3人の男子は席を青戸に譲って、どこかに歩いて行った。
兎にも角にも、今日も青戸は絶好調。尚更、他人からチョコパンを奢ってもらったから、更に調子が良いのだろう。
「2年5組、青戸藍。この学校の制服を着ているが、本当は10歳と言う小学生。どうして小学生が高校にいるのかは謎だが、『吾妻のチワワ(笑)』と言う皮肉を込めたあだ名を可愛いと思って喜んでいる、年上の人にも平気に悪口を言う、躾がなっていないうるさい10歳児」
「藍は高校生っ!! 16歳っ!!」
青戸の真似をして、俺も青戸をダメ出ししてみたら、青戸はふくれっ面になり、俺の顔に目がけて飛び蹴りをしてきたが。
「あ、靴紐が」
俺は靴紐が解けている事に気が付き、しゃがんで靴紐を結び直して体を起こした時には、中庭に植えてあるアジサイの木の中にダイブしていた。
「あんた、絶対にワザとでしょ?」
「靴紐が解けていたら、どんな場面でも結び直すと思いますが」
気に入らなさそうに頬を膨らまして、体に付いた葉をはたき落としてから、青戸は再びさっきダメ出しをしていた時と同じポーズをして俺の前に立った。
「2年1組、新月夜音! あんたはひねくれものとして有名!」
「そうですね」
「目つきが悪くて、例え夏だろうが、長袖長ズボンを着ている根暗な男子!」
「そうですね」
「それ、自分でイケていると思ってる?」
「はい」
「少しは否定しなさいよっ!!」
どうやら青戸は他人の弱みを握って、そして相手がおどおどしている所を見るのが好きなようだ。俺の事をダメ出ししようとしたようだが、俺は青戸に言われたことは何も否定することが無い。自分でそう思っているので、別に怒る理由もない。
「青戸。お前はうるさいチワワとして有名。ちんちくりんで、全校集会でその背の小ささを活かして、一人だけ座っている卑怯者」
「うぐっ!」
気付いていないと思ったのか。結構有名な話だが。その行為を近くの生徒が注意しようとすると、青戸は威嚇するチワワのように唸りながら睨んでくるとか。
「その性格のせいか、現在、青戸の友達はゼロ。友達がいないせいで、毎回昼休みは、晴れた日には屋上か中庭、雨の日はトイレの個室で便所飯」
「な、何で藍の真のお気に入り場所を知ってんのよっ⁉」
「さあ」
これも席が隣の白銀が、クラスの女子との会話で聞こえた話だ。
昼休み終わりにトイレに行ったその女子。行くと、そこには制服の下に弁当箱を隠して、そそくさと出て行く青戸がいたと。
「あとは、体育の時。誰も組む相手がいないので、再びちんちくりんの身長を活かして、気付かれずにひっそりとその場から離れてサボっている。購買のパンが高い所にあって取れないので、だから毎日弁当を作っているなど。俺より、お前の方がダメ出しする価値があると思いますが」
「……あんた、藍のストーカー?」
少しやり過ぎたか、青戸は、俺にドン引きして、後ずさりしていた。
「……って、こんなやり取りしている暇は無いのよ。藍は、すっごく忙しんだから、藍の質問に、手短にさっさと答えなさい」
昼食は便所飯の奴の、どこが忙しいんだろうか。
「俺は別に構わないんですが、ここでやるつもりですか」
青戸は、学校の中では校長よりも有名人。そんな奴と、俺が白昼堂々と話していたら、変に注目されてしまう。すでに青戸が生徒を追い払った言う、目立つ行動をしてしまったので、少しずつ、俺たちに注目している生徒が、窓から顔をのぞかせていた。
「じゃあ、人目が付かない場所に行くわ」
プイと顔を俺から逸らし、スタスタとどこかに歩いて行く青戸。てっきり屋上に行くのかと思ったのだが、青戸はほとんど人が来ない、体育館の裏に足を運んでいた。