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新月夜音は、思い出す。

 コンビニのトイレに一時身を潜めた俺と青戸。


「あ、藍が簡単に首筋を差し出すとは思うなっ! せっかく協力してあげると言うんだから、あんたは文句を言うんじゃないわよっ!!」

「はいはい」


 あの吸血鬼と名乗る不審者に噛まれた後、俺の前世、ヘルモンドの記憶を一部思い出し、そして人の血を吸えば、ヘルモンドの力が解放されると言うところまで思い出した。


「なら、どこなら差し出すんですか」

「腕」


 小さくて、透き通るような艶やかな右腕を差し出してきた青戸。採血検査の時も大体は腕から採る。今の青戸はそのような気分なのだろう。


「あんた、藍をかばって腕を噛まれたんだから……これで貸し借りはチャラよ、それでいいでしょ?」

「採血の気分なら左手じゃなくていいんですか。失敗したら右腕が使えなくなるかもしれませんが」

「やる気を無くすような事を言わないでっ!」


 だから首筋が良いと願った。だが、首筋が失敗したら青戸は死んでしまうかもしれない。初めてとして腕が丁度いいかもしれない。


「……今はこいつに賭けるしかない。……覚悟を決めるんだから、藍は」


 深く深呼吸をしてから、青戸は制服の左腕をまくり上げて、そして俺の顔に突き付けた。


「さあ。早く血を吸いたいなら吸いなさいよ! 藍は覚悟を決めたんだから! さあ、早く!」

「では、失礼します」

「ちょ、ちょっと待って! ま、まだ心の準備が――いっ!」


 覚悟を決めたんじゃないのか。じゃあ軽々しく覚悟を決めたとか言うな。

 俺はすぐに青戸の左腕を掴んで、手首より少し下の場所を尖った犬歯で皮膚と血管を傷つけ、そしてジワリと出てくる血を吸った。


 血とは、生物が生きているには必要不可欠な液体。それが著しく無くなると人は死ぬ。消化した食べ物の養分を体中に循環させたり、体温を保つためも必要な物。体の中の縁の下の力持ちと言う物。

 そして錆びた鉄のような匂い。決して美味いとは思わない。なぜこのような物を吸っているのか、不思議で仕方ないが、これは俺たちが、あの吸血鬼に勝つためでもある。俺も決して美味しいとは思えない物を、体内に取り込んだ。


「……い、痛い」


 青戸は勿論痛がっている。


 目尻には涙を浮かべ、体や足をもじもじとさせ、そして力が抜けたようにトイレの便器に座り込んでからも、痛みを堪えるように体や足をくねらすようにして痛みを誤魔化そうとしていた。


「……はぁ。……はぁ」


 そして青戸の吐息。痛みを堪えるために力を入れているようだ。

 コンビニの店員が女子高生をトイレに監禁し、そして店員がお客様の血を吸っているこの光景。色々とヤバいような気もするが、青戸には許可を取ってやっている事だ。罪にはならないはずだ。トイレに監視カメラは無いので、誰にもバレないはずだ。


「ごちそうさまでした」


 俺の吸血行為は、30秒ほど続いたところで、自然と青戸の腕から口が離れていた。


「……す、すごく痛いじゃないっ!!」


 さっきまで大人しくなっていた奴と同一とは思えない青戸は、涙目になってもうるさく吠え始めて、俺の顔に目がけて蹴ろうとしていたが、すぐに避けたので再び青戸は足を扉に激突させて、再び足首を押さえて痛がっていた。血を吸われたと言うのに、凄く元気なチワワだ。


「大丈夫ですか」

「……今日は散々よ」


 火傷して、突き指して、そして足を捻って、俺に血を吸われる。誰だって悲惨な日だと思うだろう。全部は俺のせいだが。


「行きますけど、心の準備はよろしいでしょうか」


 特に俺の体に変化はない。変わったところと言えば、歯が鋭くなったぐらいだ。変なオーラとかは出ていない。


「失敗したら、絶対に許さない」


俺は青戸に睨まれながらも、準備が整ったので、あの吸血鬼を追い出す行動に移った。





 青戸ともにトイレを出ると、店の中は滅茶苦茶に荒らされていた。まあそうだろうな。みすみす不審者をコンビニの中に放っておいたんだ。例えるなら、俺たちが動物園の中の檻の中で避難していて、吸血鬼が脱走して園内を動き回る猛獣だ。


「ようやく来たか。ヘルモンド」


 そして俺の気配に気が付いたのか、売り物の肉まんを食べながら俺の前に立ちはだかった。


「肉まん一個、200円です。ちゃんと払ってください」

「私たちの世界の金ならあるが、それでも良いか?」


 良くないので、少し痛めつけてから、この調子に乗っている吸血鬼に、早く両替に行ってもらおう。


「まずはヘルモンド。貴様を消し去ってから、横の女子の血をいただ――」


俺を抹消と、俺に向かって襲い掛かって来た吸血鬼の動きが遅く見え、余裕でかわした後。


「こんなに滅茶苦茶にして、俺のバイト先が無くなったらどうするんですか」


カウンターで、吸血鬼の頬を本気で殴ったら、吸血鬼は一瞬で吹っ飛んで、壁にぶつかって動かなくなった。


「ご協力感謝します。何か、勝てました」


 店の中を荒らされてイラッとして少し力が入ってしまったのは事実だが、まさか吹っ飛ぶとは。前世のヘルモンドの力は、やはり強大のようだ。


「そんなら良かったわ」


青戸は、俺を完全に信じ切っていたのか、余裕で新作のチョコレートを黙って食っていた。


「無銭飲食はしないわ。ほら、ちゃんとお金なら置いておくわ」

「そういう問題ではないのですが」


食った分のチョコレート代をレジに置いた後、青戸は壁にめり込んだ吸血鬼を眺めた後、俺に背中を向けたまま、こう聞いてきた。


「面倒ごとに巻き込まれたようだけど、あんたはこれからどうする気?」

「どうもこうも、また来たら、追い返すのみです」

「新月夜音。藍も、あんたの事情を知ってしまった以上、心優しい藍は、同じ学校のよしみとして、協力ぐらいしてあげようじゃない」


あの凶暴チワワが、急にお人好しになるとは思えない。俺は、青戸の考えは読める。


「血を提供する代わり、タダでチョコレートを提供と言うんですか」

「話が早いわね!」


そして青戸は、満面の笑みを浮かべる。


「そんで、新月夜音はどうするのよ? あんたの噂は、藍の耳にちゃんと入っているわ。何か、あのバカ共から、影で妬み嫉みを言われているようだけど、追加オプションで、藍があんたを守ってあげようじゃない」


更に余計なことに巻き込もうとしているんだが。そのオプションは不要なので、俺は仕方なく、チョコレートを提供することを受け入れた。


「血とチョコレートの等価交換だけで結構です」

「いいわ。交渉成立よ。そんじゃ早速、この店のチョコを――」

「その前に、周りの状況を見てくれませんか」


 あの不審者が暴れまくったせいで、ずいぶんと店内が滅茶苦茶になってしまった。これは店長の倉橋さんが戻ってくる前に、この出来事を隠蔽する必要がある。吸血鬼が襲ってきてこうなったと言っても、絶対に信じてくれないだろう。


「お客様。道づ――ボランティアとして、一緒に店内を片付けてくれませんか」

「藍も手伝えって言うのっ!? 藍は被害者よ! 店内の片付けぐらい、店員のあんたがやりなさ――」


 今回、青戸は被害者だ。だが、俺は青戸がさっさと帰るのが気に入らなかった。


「手伝ってくれたら、追加で購買のチョコパンも御馳走します」

「仕方ないわねっ!! あんたがそこまで言うのなら、藍も少し手伝ってあげるわっ!!」



 新作のチョコレート菓子を毎回のようにチェックしにくる青戸。今日だけではなく、俺がこのコンビニでバイトを始めた時からも、青戸はこのコンビニ足を運んでは、新作のチョコレート菓子を買いに来ていたことを覚えている。

 これは青戸を道連れに出来る手段だと思い、そう美味しい話で誘惑したら、案の定乗って来た。

 店長の倉橋さんは休憩から戻ってくる前に、青戸と店内の片づけをしようとしたが、勿論間に合う事も無く、俺は倉橋さんに凄く怒られた。

 店内に野良犬が入って来て、俺たちがその野良犬を捕まえようとしたら、こんなになってしまったと倉橋さんに誤魔化し、バイトが終わる時間になった夜遅くになっても、俺は店内の片づけをして、そして青戸も責任を感じたのか、それともチョコレートのために頑張っているのか分からないが、俺と一緒に夜遅くまで付き合っていた。


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