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青戸藍は、覚悟する。

 

「ヘルモンドですね。少々お待ちください」


 俺がそう対応すると、この男性は意味分からない顔をしていた。

 俺は酒には詳しくないが、このコンビニに置いてある商品の場所、名前はすべて覚えている。もしかして倉橋さんは、新商品が入荷したことを伝え忘れているのかと思い、店の色々な場所、段ボールの名かも確認したが、そのような品名は見当たらなかった。


「ヘルモンドと言う商品はありませんでしたが……あ、もしかしてたばこですか。たばこなら番号でお願いします」

「これまた御冗談を。ヘルモンド様は、すべての魔族を従え、世界を支配していた、吸血鬼の王、ヘルモンド様ではありませんか。本当に()()()()を覚えていないのですか?」


 こんな耳も尖がっていて、常に犬歯が飛び出している人がいたら、嫌でも覚えているだろう。


「『俺の地位か? 欲しければ、生まれ変わった俺様を探し出し、体内に取り込んでみろっ!! その者が、次なる魔王とするっ!!』と言って、眠りについたではないですか?」


 俺の前世は、とにかく痛い奴だったらしい。だから青戸は、この不審者の渾身の演技に腹を抱えて笑っている。


 一体何が欲しいと駄々をこねているのかは分からないが、この男性は不審者として受け取った方がいいだろう。気付かれないようにレジの後ろに置いてある防犯用のカラーボールを取って投げた。このような状況にはあまり効果は無いが、万一逃げた場合は役に立つだろう。


「信じられませんか? 証拠は、この私と言っておきましょう」

「俺が、ヘルモンドだと言う証拠はありますか」

「誰もが怯む深紅の眼っ!! それは紛れもなく、ヘルモンド様と同じですっ!!」


 どうやら、目だけで確信を持っているようだが、俺にはそんな血を吸っていた過去も記憶もない。だが、人より肌が弱く、日が苦手と言うのは、吸血鬼の特徴と一致する。


「ヘルモンド様、私は怪しい物ではありませんよ? 思い出してください、私はヘルモンド様と共に戦った――」


 理由はともあれ、このまま不審者を放っておくわけにもいかない。コンビニ店員が出来る事は、お客様の無事を第一として、被害が出る事無く、退散させる事。なので、俺はマニュアル通り、この吸血鬼の特徴を覚え、追尾できるよう、レジの後ろに置いてあるカラーボールを手に取ろうとしたが、この吸血鬼にいつの間にか、カラーボールをすべて奪われて、それを俺に投げつけられた。


「ヘルモンド様。急に不安になりましたか? それとも、やはり王の座は、誰に譲りたくないとか?」


 間違いなく、このまま抵抗しなければ、俺はこの吸血鬼の血肉になる。しばらく熟考していたいところだが、俺の高校ののチワワは黙っていなかった。


「あんたさ。良く考えてみなさいよ? こんな根暗で、陰湿な奴が、よく分かんない王が務まると思う? 間違いなく、あんたの見立て違いだから、さっさと消えてくんない? あんたが割り込んできたから、藍がいつまでたっても、チョコが食べられないのよ」


 俺の事をちゃんとディスりながらも、青戸は不審者に臆することなく、狂犬のように睨み、そして堂々と指差していた。


「と言うかあんた藍が今こいつと話していたんだからちゃんと他の客みたいに並びなさいよ~っ!!」

「おー。凄い肺活量ー」

「絶対に凄いと思っていないでしょっ!?」


 息継ぎも無くて、しかも耳を塞ぎたくなるような大きな声で、この不審者を注意していた。流石、吾妻のチワワ。小さいうえにやかましく吠える、躾がなっていないチワワそっくりだ。


「小娘よ。歳は?」


 興味が青戸に移ったようで、吸血鬼は青戸に年齢を聞いていた。


「藍は、16――」

「と、見栄を張っていますが、そのお客様は高校生のセーラー服姿にあこがれ、日頃コスプレをしている痛いお客様です。本当は10歳なんです――」


 青戸の個人情報を守ろうとフォローを入れようとしたのだが、青戸は俺に向けて飛び蹴りをしてきた。俺は普通にかわしたが、かわしたせいで、後ろに置いていたタバコがダメになってしまった。やっぱり避けるのではなく、青戸の足を掴んで、不審者に向けて投げつければよかったと後悔した。


「ヘルモンド様。これは素晴らしいタイミングです。人間に血は、成長が終わりかけた15から18まで美味しい。吸血鬼の間では、常識ではありませんか」

「このお客様は、とっくの昔に成長は終わっていますよ」


 俺の横腹をど突いて来ようとしていたが、それをおでんにフタをしている蓋で防御した。数秒まで熱々のおでんをフタしていたので、予想以上に熱かったようで、手を冷ますように息を吹きかけていた。


「では、ヘルモンドの記憶が戻るよう、この女の生き血を吸っていただきましょう」


 吸血鬼は、いきなり、青戸に襲い掛かり、青戸の首筋に目がけて噛みつこうとしていたが、俺のお客様第一の心が動いて、俺は青戸をかばって、そしてこの不審者に腕を噛まれていた。


「おー。血が出てる」

「感心する場面じゃないでしょ!?」


 俺の腕にしっかりと噛みついているこの不審者。不審者の口元からは、俺の血らしき物が流れていた。特に痛みも感じることなく、ただ俺の腕に変な男が噛みついていると言う、シュールな光景を作り出していた。


「痛くないの……?」

「全く」


 青戸は血を見ると力が抜ける体質なのか、顔は真っ青になり、そしてレジの後ろにある電子レンジに寄りかかっていた。


「お客様。今だと思いませんか?」

「な、何よ? 散々、藍を屈辱的な思いをさせて、藍はあんたを助けろって言いたいわけ?」

「はい。この変なお客様を撃退するチャンスが、お客様にはあります。もし撃退したら、お客様は学校で人気者、更に崇められることでしょう」

「悪くないわね。やってやろうじゃないっ!!」


 簡単に、俺の口車に乗せられた青戸。この先、おだてれば、素直に言うことを聞く、本当の意味でチワワなのかもしれない。


「藍は何をすればいいわけ? 殴り飛ばせば良い訳?」


 俺の血を吸い続けて、動かなくなっている吸血鬼。血が美味しいのか、それともただの血フェチのせいか、表情が甘いものを食べているような今にも溶けそうなぐらいのとろけた顔つき。隙だらけで今しか追い返すチャンスは無いが、もし殴り飛ばしたとしたら、吸血鬼だけなく、俺の腕も悲惨な事になり、しばらく包帯を巻いていく羽目になり、更に青戸に笑われることになるだろう。


「素手で殴るより、何らかの武器でやっつけた方が良いと思います。そうですね、そこにおで――、やっぱりいいです。自分でやります」

「おでんのおたまぐらい取れるわいっ!」


 俺の胸ぐらいしか身長が無いので、気を遣ってお願いを取り下げたのだが、かえって青戸を怒らせてしまったようだ。


「この熱々のおでんのつゆを、こいつにかければいいんでしょ? それぐらい出来るわよっ!」

「いいえ。お客様は、おでんをすくうおたまで殴りかかってください。俺は噛まれているので、ささやかですが、お客様の応援をしています」

「それって、私だけ怒られないっ⁉」

「はい」


 それが一番手っ取り早いのに、この我儘チワワは怒って俺の腹をど突いて来ようとしていたが、再びおでんのフタを取って防御したら、今度は熱いではなくて思いっきりど突いたので、突き指したようで凄く痛がっていた。


「……さすがヘルモンド様、美味い血でした」


 こんなやりとりをしていたせいか、俺の血を堪能した吸血鬼は、ようやく俺から離れて口元に付いた俺の血を拭っていた。


「……ふふふ……ふははははははははははははっ!! 体の底から、力が漲るっ!!!」


 どこかのバトル漫画のような感じで気合を込めると、この不審者の周りからは紫色の不気味なオーラが出て、そして何故か服はビリビリと破けて、上半身は裸になっていた。


「気に入ってくれたなら光栄です。それではお会計は、3000円でお願いします」


 この吸血鬼をさっさと帰らさせるためにも、冷静にレジで金額を打とうとしたとき、青戸は俺の手を掴んだ。


「待ちなさい。ゼロが3つ多いと思うわ」

「俺の血は3円って事ですか」


 金を取るんかいっ!! って感じの、うるさいチワワから、そのようなツッコミを入れるかと思ったが、まさかの俺の血の価値を否定した。下手したら死ぬんだ。もっとお金を高くしても良いと思ったんだ。これでもサービスしたんだ。


「余裕をこいていられるのは今のうちだっ!! ヘルモンドっ!! 今度はすべてを食らってやるっ!!」


 吸血鬼の真の力は計り知れない。間違いなく、何らかの暴行を受ければ、無事では済まない。人の何倍以上の力を持っているはずなので、ひとまず避難することが最優先だ。


「お客様。この危機的な状況から助かりたいと思うなら、付き合ってください」


 おでんのつゆを不審者の顔に目がけて撒きつけて怯ませてから、俺は青戸をコンビニの中で安全だろうと思うトイレに連れ込んで、立てこもった。


「こんなところに連れ込んでどうする気よっ⁉ 藍は女よっ!!」


 勿論青戸は怒ったが、今は青戸の漫才に付き合っている余裕はない。


「今は、お客様は貴方だけです。俺が囮になりますので、そのうちに逃げてください」

「はあっ!? まだあんたからチョコを貰っていないのに、帰れるはずないじゃないっ!! あんただけじゃなく、藍にとっても非常事態だから、さっさとチョコを――って、本当に大丈夫なのっ!!?」


 短時間で大量に血が無くなったせいで貧血になり、止めに青戸の大きな声が、頭に響いたのか、俺は急に立ち眩みがして、トイレの壁に寄りかかって、数秒間気を失った。



 その間、俺は走馬灯のようなものを見た。


 それは、夜な夜な人を捕らえ、力を維持するために血を飲んでいる、ヘルモンドの姿。そして多くの魔族のような怪人の前で、俺が演説をしている光景。


 そして、無暗に人の血を吸い、罪悪感を覚えたヘルモンドが、吸血鬼以外の普通の生命体になりたいと、強く願いながら深い眠りについた想いが、俺の頭の中に入ってきた。


「……あんた。……本当に大丈夫なの? ……マジでヤバそうだから、すぐに警察と救急車呼ぶからジッとしてなさい」


 そして数秒間の失神から目を覚ますと、青戸が心配そうに、俺の顔を覗き込み、そばにあるトイレットペーパーで、俺の腕から流れる血を止血しようとしていた。


 吾妻の凶暴チワワと言われている青戸藍だが、今のような聖母のような優しい表情もするんだなと、俺が驚いてしまった。


「……お客様。……この状況を打破できる作戦があります」

「あんたがこのざまなのよ? と言うか、藍があんたの手足となって動くのは御免よ」

「お客様を危険な目に合わせるなど、サービス業の店員がやってはいけない事です。お客様を守る事も、店員の役目です」


 俺の仕事への熱意が伝わったのか、青戸は黙って、俺の話を聞くことにしたようだ。


「まず、お客様は服を脱いでくだ――」


 凶暴チワワは、俺の顔に向けて蹴りを入れようとしたが、俺は普通に青戸の足首を掴んだ。


「俺、あの吸血の言う通り、前世は吸血鬼の王、ヘルモンドだったようです」


 俺は青戸に歯を見せつけた。失神から目を覚ました時に、俺の犬歯が変わっていることに気づき、さっきの吸血鬼のように鋭くなっていた。


「あの吸血鬼から助かるには一つ。吸血鬼は血を吸う事で、何らかの力を得る。お客様が協力してくれるなら、あの吸血鬼を撃退できるかもしれません」


 勿論、青戸は戸惑っていた。


 先ほどから、トイレのドアは大きく叩かれていて、外からはあの不審者の怒号が聞こえてくる。アルミで出来ていると言っても、トイレのドアも頑丈でもないので、いつ破壊されてもおかしくない。


「どうしますか。早くチョコレートを食べたいと思わないのですか」


 そして青戸は固唾を飲みこんだ後、右腕の制服をまくり上げて。


「……しょうがないわね。……あんたに賭けて――」

「いえ。なるべく首筋がいいです」


 そういちゃもんを付けると、青戸は顔を真っ赤にして怒って再び蹴りを入れてきたが、俺はかわして青戸は扉を思いっきり蹴って足首を押さえて痛がっていた。


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