新月夜音は、変わっている。
俺は、他の子供とは変わっているらしい。
普通、子供が喜ぶようなことを、俺は全く喜ばないらしい。親から聞いた話だが、俺は子守唄を聞いても全く眠ろうとせず、親が子をあやす時に使うガラガラなるおもちゃも、縫いぐるみも、国民的なキャラクターのおもちゃも、何一つ喜ばなかったらしい。
幼稚園、小学校、中学校まで。俺は他人と全く関わろうとせず、いつも一人だった。目つきも悪いせいか、誰も俺に近寄って来ない。
目つきが悪いのは理由がある。何より俺は日差しが嫌いだ。人の何倍以上に光を眩しく思うらしい。そんなところまで、俺は変わっているらしい。そして肌も弱い。冬の寒い時期でも、太陽の日差しで日焼けし、最悪は蕁麻疹が出てしまうので、一年中、太陽から肌を守るため、長袖長ズボンを徹底している。
そんな世間とは変わった生活を16年間送っている。そして今日は高校生活2年目。高校2年生に進級し、クラス分けをした後の教室にいる。
高校生活1年目も、夏でも長袖長ズボン、無駄に明るい教室の明かりが常に眩しく、目つきが悪かったせいか、誰も俺に近寄って来ようとはせず、何事も無く1年が過ぎて行き、暇つぶしで先生の話を音楽を聞くような感じで聞いていたら、俺は学年1位の成績を取っていた。
「今年も一緒のクラスだね。新月君」
浮いた俺にでも、俺に気さくに話しかける女子がいる。
癖毛で毛先が少々くるっとカールしている。肩辺りまで伸ばした清楚な感じの女子、白銀冬雪は、一年の時も一緒のクラスで、そして席が隣だった。
誰にでも優しく接する一面もあり、見た目も可愛いせいか、男子の会話からは白銀の名がいつも上がる。
『良かった……。あいつと同じクラスにならなくて……』
『マジそれな。あのチワワと一緒だったら、不登校になる自信がある』
白銀とは正反対に、常に悪い噂で名が上がる生徒もいて、今回のクラス分けに、安堵している生徒も少なくない。白銀とは対となる存在の女子生徒がいるのだが、俺には関係のない話だ。また今年も、授業中は常に昼寝の時間に費やそう。
俺の夕方の過ごし方は決まっている。それは、コンビニでのアルバイトだ。
日中昼寝をし、アルバイトに行く前にコーヒーで英気を養い、俺は近所のコンビニに向かった。
ただ単に小遣い稼ぎで、ただ金を貯めて生活費の足しにしているだけで、大学に行くための金を貯めているのではない。各自の事は各自で管理。それが新月家の方針だ。
「398円です」
コンビニのアルバイトは、俺にとっては天職だ。
突っ立って接客をし、コンビニで購入した物の合計金額を計算してレジを行い、適当に時間が空けば、品出しや掃除をしておけばあっという間にアルバイトの時間が終わる。それをやっているだけで金がもらえるので、俺は例え夜勤になろうが、全く苦にはならない。
「ありがとうございましたー」
購入した客に礼をした後、おばちゃんでコンビニの店長の倉橋さんが、俺の元に寄って来た。
「新月君。毎回言っているけど、お客様に接客するときは笑顔! 無表情で接客したら、心地良く買い物が出来ないでしょ?」
「すいません」
そして毎回倉橋さんに怒られている。笑った事のない、笑顔のやり方など知らない俺は、無理な話なんだが。
「いらっしゃいませー」
さっきの客と入れ替わるように、またコンビニに客が入って来たので、俺はレジ越しから来店した客にそう言うと。
「何よ、その態度」
俺はマニュアル通りに客に挨拶しただけなのに、このちんちくりんの女は客はレジ越しから、俺を睨んできた。
「ほら。笑顔で挨拶をしないから、お客様に不快な思いを――」
「分かりましたから、仕事中に俺に愚痴りだすのはやめてください」
倉橋さんが長々と愚痴りだす前に、俺はレジから抜けて店の見回りをすることにした。
そう言えば、俺を睨んできたさっきのちんちくりんの女は、俺と同じ学校の奴だ。紺色、白のセーラー服。間違いなく俺と同じ学校だと思われる。背は小学生みたいに小さいから、もしかすると小学生が趣味で来ているのかもしれないが。
「ちょっと、さっきの不愛想な店員」
棚に並べてある商品が乱れていないか。それを確認するために店内を歩くと、さっきのちんちくりんが俺に因縁をつけて来た。
「何ですか。お客様」
「ここ、新発売のイチゴ味のキッカッツが無いんだけど? コンビニなら、常に新発売のお菓子ぐらい仕入れるでしょ?」
最近入ってきた新作のチョコレート菓子の事だろう。そう予想した俺は、無言で指を差す。
「しっかり確認してから、物言いをしてほしいです。この棚の一番上に置いてあります」
さっきから因縁をつけられているので、俺も少し反論する。ちんちくりんのこの女には見えないと思って、わざとそんな態度をとった。
「あんた、それが店員の態度?」
「はい。いちいち因縁をつけてくる、クレーマーのお客様には、そのような態度で追い払――おもてなしすると、マニュアルに書いてあるので」
「こんなに優しくて、可愛い藍を、あんたはクレーマー呼ばわりする。ほんと、サイテーね」
常に上から目線の奴の方が、最低だろう。
「用は済んだようなので、あとはお客様の小さな身長で、頑張って商品を取ってください。それでは」
「待てや、こら」
このクレーマーから逃げようとしたが、このちんちくりんの客は、俺を逃がさないように、ガッチリと俺の肩を掴んでいた。
「あんた、藍と同じ学校の、新月夜音でしょ? まさか藍の事を知らな――」
「知りません」
「少しは思い出す素振りでも見せなさいよっ!!」
他人にはまったく興味が無いので、尚更このちんちくりんの事を知らない。さっさと商品棚の整理でもするか。
「『吾妻のチワワ』。そう言えば分かるわよね? チワワと同じように、愛嬌があるのが、この私、青戸藍よっ!!」
聞いてもいないのに勝手に名乗って来たが、白銀と同じく、俺の通う高校の、もう一人の有名人である。
男子、そして怖いと有名な先生にも臆しない、とても強気な女がいると。不良っぽい荒れている男子にも強気な態度を取り、そして隙を与えずに、ずけずけと相手をダメ押しして、男子を泣かせる。男子泣かせの女がいると。
見た目、色んなところがすごく小さく、透き通った青い瞳に潤んだ瞳、長髪で頭に小さなお団子を作っているブロンドヘアーが見た目の女子高生、それが青戸藍だ。
小さい見た目、しつけがなっていないうるさく吠える小型犬、チワワのようなので、皆は吾妻のチワワと言う、皮肉を込めたあだ名を青戸に付けたのだろう。そんな異名を発案した人は、ネーミングセンスがあり過ぎる。国民栄誉賞でも与えたらどうだろうか。
「あー。もしかして、ちんちくりんで、いつもやかましい事で有名な、青戸ですか――」
そう言うと、青戸は怒って胸ぐらを掴もうとしたが、俺の胸ぐらが届かなかったので、尚更不機嫌になり、代わりに俺のへそ辺りを殴ろうとしていたが、俺はそれは普通にかわし、青戸はそのまま飲み物を置いてある棚に激突していた。
「……誰がちんちくりん? ……もしかして、藍の事?」
顔をぶつけて鼻を押さえながら、俺を忌々しそうに睨む青戸。
俺がよけたせいか、せっかく並べた飲み物が地面に散乱してしまった。こんな事になるなら、よけずに腕を掴んで柔道のように投げ飛ばせばよかった。
「どう見たってそうじゃないですか。商品棚の一番上が見えないんですよね」
「と言うか、新商品を見えない場所に置くなーっ!! 誰も買わないでしょうがーっ!!」
「買いますよ。お客様とは違って、綺麗で仕事帰りの可憐な若い女性が」
「藍が可憐じゃ無いって事っ!?」
そしてふくれっ面になった青戸。さっき生意気な態度を取った仕返しだ。こういう場所は、店員に頼めば取ってくれるケースだが、生意気なお客様にはそれなりのおもてなしをしないといけない。
「冗談です。この店とお菓子メーカーに貢献してくれると言うなら、取ります」
「新月夜音。噂通りにひねくれ者ね」
青戸は怒りマークを頭中に浮かべながら、青戸は俺についてきて同じくレジに向かった。
「お会計は、2万9千円です」
「えっと、2万円と……って、そんなに持ってないわよっ!?」
「嘘です。290円です」
ノリツッコミながらも、青戸は300円をレジに差し出してきたが、コンビニの店員はレジをする前に確認しないといけない事がある。
「温めますか?」
「ええ。すぐに食べるから温めて……って、お弁当温めますか的なノリで話しかけないでっ!? やったら泥みたいにドロドロよっ!!」
「今の、ダジャレですか?」
「たまたまそうなったのよっ!!」
青戸はムキになって俺の話に反論してくる。気に入らなそうに、本物の相手を睨むチワワのように俺を睨んでいた。
「他のお客様の迷惑になるので、騒がないでくれまいらっしゃいませー」
「藍の接客中に他の客を挨拶するなーっ!!」
そう青戸とやりとりをしていると、新しくこのコンビニに客が入って来たので挨拶をすると、ニット帽に口にはマスク、レインコートを着た男性が俺が立っているレジの方に寄って来た。大人の男性ならタバコでも買いに来たのだろう。
「……」
「用件は?」
青戸の前に横入りして、レジをしていた青戸をおにぎりが置いてある棚に付き飛ばずと。
「お目覚めください。ヘルモンド様」
この男性は、レジの前で跪いて、聞きなれない名を呼んだ。