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01.必ず私の力になってくれると確信しております

「ルティア嬢様! 私のことは気になさらなくてよい!」

「アイナは黙っていてください! あなたを悪く言われて、引き下がってなどいられません!」

「嬢様!」


 現在ルティアの目の前に対峙するは、婚約者のフルック・ガルシアだ。

 幼い頃に決められた婚約者で、三ヶ月後、ルティアが十六歳になると同時に結婚することが決まっている相手である。


「怒るなよ、ルティア。君のためを思って言ってるんだ。君に何かあった時、そんな騎士じゃあ役に立たないだろう?」

「アイナを侮辱すると、いくらフルックでも許しませんよ!」

「侮辱じゃない、事実を言っているんだ。そんな隻腕の女騎士なんて、戦闘時には邪魔にしかならないだろう。要らない存在なんだよ」


 要らない存在と言われて、ルティアの頭の中で何かの糸がプツンと切れるように鳴った。怒りで頭が真っ白になる。


「あなたになにがわかるというの!! アイナがどれだけの努力をしてきたと──」

「無駄な努力、ご苦労だったという他はないな」

「フルック! あなたがそんな情なしだったとは、思いませんでした!!」

「嬢様!!」


 アイナが左腕で、ルティアの腹を抱えるように止めてくる。が、止まるはずもなかった。九歳の頃からずっとそばにいてくれたアイナを、こんな風に言われて黙っていられるわけもない。


「謝ってください! アイナに!」

「どうせユリフォード家は我がガルシア家のものになるんだ。その時には即解雇してあげるから、今のうちに身の振り方を考えておくといいよ、アイナ」

「フルック、あなたという人は──」

「ルティア嬢様! いけない!」


 しかし止めようとするアイナの言葉を振り払うように、ルティアは言い放った。


「フルック、あなたがこのような人だとは思いもしませんでした! もう二度と顔も見たくはありません!!」

「へぇ? それは、婚約解消って受け取っていいのかな?」

「かまいません!!」

「嬢様!!?」


 勢いのままそう言うと、アイナは困惑の声を上げ、フルックはなぜか薄く笑っていた。


「そうか、婚約解消か。残念だよルティア。君との結婚をとても楽しみにしていたというのに。言っておくけど、君から婚約を破棄したんだからね。慰謝料や違約金、その他もろもろのことは、後で通達するからそのつもりで」


 しまった、と思った時には遅かった。ついさっきまで婚約者だった男は、どこか軽い足取りでその場を去って行く。

 それを呆然と見送ると、アイナが拘束を解いてくれた。ルティアが振り向くと、アイナはがっくりと肩を落とし、そして目の前に跪いた。


「ルティア嬢様……すみません、私のせいで……」

「アイナが謝ることなど、なにもありません。大丈夫です」


 ルティアは凛とした姿勢のまま、彼女にそう告げる。

 ルティア・ユリフォードの隣には、いつも隻腕の女騎士がいた。

 アイナという名の左腕しかない彼女が、ルティアは大好きだった。


 ルティアの住むアンゼルード帝国では、貴族は騎士隊を保有し、有事の際には国に貢献しなくてはならないことになっている。

 騎士の数や質を知れば、その貴族が裕福かそうでないか、一目瞭然であった。その家の資産を知るバロメーターとも言えよう。

 ユリフォード家は下位貴族で、その中でもさらに下の貴族だと言える。

 ユリフォード騎士隊は、二名の騎士しか雇えていなかった。周りに『落ちぶれ貴族』と称されても仕方のないことだろう。実際それは的を射ていて、否定しようもないところだった。


 しかし隻腕のアイナは、元はアンゼルード帝国でも一番のオーケルフェルト騎士隊の出身で、剣の腕は確かなのだ。

 利き腕を失くして相当の苦労を強いられていたが、アイナが努力していたことをルティアは知っている。そんなアイナを侮辱されては、聞き入れられるわけもなかった。

 が、己の言葉を悔いるところもある。婚約破棄をこちらから言い出してしまった形になったのはまずかった。

 しかもこんな人の多いところで宣言してしまったのだ。たくさんの証人を、自ら作ってしまったことになる。


 ここは、劇団タントールの小劇場。今宵ここにフルックと観劇に来た、その帰りしなの出来事だった。まだ場内にはたくさんの人がいて、格好の見世物となってしまっていた。


「少しここから離れた方がいい」


 そう言って近づいてきたのは、銀縁眼鏡を掛けた男だった。ついさっきまで舞台に立って演技をしていた人だ。

 その眼鏡の男は、まるでサーカスの猿状態となっていたルティア達を連れ出して、控え室というところに通してくれた。


「災難でしたな、アイナ殿」

「リカルド、助かったよ。ありがとう」


 二人の会話にルティアはパチクリと目を上げる。


「あら……二人はお知り合いですか?」

「ええ。私がオーケルフェルト騎士隊にいた頃、リカルドは新人騎士として同じ班にいたんだ。今は班長という役職を担っている男だよ」

「まぁ、オーケルフェルト騎士隊で班長を? 私はユリフォード家の長女、ルティアと申します」

「リカルドだ」


 リカルドは簡潔に名前だけを述べた。銀縁眼鏡の奥に光る目は鋭いが、顔はニコリとも笑っていない。先ほどからピクリとも表情筋を動かしていない能面顏だった。舞台ではあれだけ生き生きと動いていたというのに、別人のようだ。

 ともあれルティアはその能面男に頭を下げる。


「リカルド様、ご厚意感謝致します。外の様相が落ち着きましたらすぐにここを出て行きますので、それまではお世話をお掛けします」

「ふむ……意外に冷静のようだな。もっと取り乱すかと思っていたが」


 そう言われてルティアはにっこり微笑んで見せた。が、実は頭の中は大パニックだ。婚約破棄を勝手に言い渡してしまい、両親になんと言っていいのか頭を悩ませる。


 彼と婚約したのは政略だった。落ちぶれているユリフォード家の再興のため、両親が必死になってガルシア家との婚姻を取り付けたのだ。

 しかし政略だからと言って、フルックに何も感情を持っていなかったわけではない。フルックはずっと優しかったし、ルティアも好意を抱いていた。きっと結婚してもいい夫婦になれると思っていたのである。

 だから、いきなりあんなことを言い出すなんて信じられなかった。彼は、ルティアがいかにアイナを慕っているか、知っているはずだ。なのになぜ、今日に限ってあんな酷いことを言い出したのか。


「彼はガルシア卿の嫡男だったな」

「ああ。昔はとてもいい子だったんだけどね。最近はどうやら私のことが気に食わないらしい」


 リカルドとアイナが会話を続けている。アイナは腕の失くなった肩に触れて、少し悲しそうだ。


「ごめんなさい、アイナ。フルックが酷いことを……」

「嬢様が謝ることなど、なにもないよ。私は慣れているから大丈夫。それより、これからどうなさるつもりですか?」


 問われても答えなど出るはずもなく、ルティアは少し視線を落とした。

 婚約破棄の慰謝料。予定されていた式場キャンセルなどの違約金。何より婚約が解消された場合、慰謝料とは別に結納金倍返しの取り決めがなされている。

 一体いくらになるか予想がつかないが、恐らくユリフォード家は立ち行かなくなるだろう。それでなくとも余裕などない、困窮した名ばかりの貴族なのだから。


「どう、しましょう……」


 ルティアは途方にくれた。両親にこの話をすると卒倒してしまうかもしれない。自分の短慮さを悔いたが、覆水盆に返らずである。もし時間が戻ったとしても、あのままフルックに言いたいことを言わせておく気など、まったくなかったが。

 ルティアが滅入っていると、リカルドの目がこちらに向いた。


「昨日ガルシア卿の嫡男を高級料理店で見かけたが、どうやら貴女とは別の女性と一緒のようだった」

「え?」

「なんだって?」


 ルティアはアイナと共に目をしばたかせる。彼に女兄弟はいないはずだし、一体誰だというのだろうか。


「それにガルシア卿は昔ほど財政に余裕がない。あまり知られていないことかもしれないが、ガルシア騎士隊に所属する友人が、給金の支払いが滞ることがあって困ると嘆いていた。給金もかなり減額されているようだったしな」

「そう……なのですか?」

「ああ」

「ルティア嬢様……」


 アイナが不安そうな目でこちらを見ている。ルティアは少し眉を寄せて考えを巡らせた。

 フルックには女の影があり、いつの間にかガルシア家は財産に余裕がなくなっている。にも関わらず、対外的なものなのか騎士の数を減らしている様子もない。いわば、今ガルシア家は張りぼて状態と言ってもいいだろう。


「なにか、おかしい……わよね?」

「なにがです?」


 ルティアの独り言のような呟きに、アイナは首を傾げている。ルティアの言葉に同意したのは、もう一人の騎士だった。


「そうだな。フルックの言葉は一見正論のようだが、明らかに貴女を挑発していた。なにか思惑があると見て間違いはないだろう」

「思惑……」


 リカルドの言葉を受けて、ルティアは彼を見上げる。


「リカルド様は、フルックの思惑はなんだと思われますか?」

「わからんな。調べてみんことにはなにも言えん」

「調べればわかると?」

「そう聞こえたか?」

「はい、そう聞こえました」


 そう答えると、彼の眼鏡の奥にある鋭い目がギラッと光った。


「なるほど。アイナ殿のところのお嬢様は、中々に聡い方のようだ。しかし協力する義務も義理もないな」

「いいえ、リカルド様にはご協力頂けると思っております」


 ルティアが言い切ると、リカルドは相変わらずの能面顏で「理由は」と尋ねてくる。

 その反射して見えなくなった眼鏡の奥に彼の本性を見た気がして、ルティアは臆することなく続けた。


「リカルド様がこの控え室に通してくださったことです。普通は見て見ぬふりをして、帰るのを黙って見送るものでしょう。首を突っ込むのがお好きな方だとお見受けしました。そして私たちの状況を見て己の情報と擦り合わせ、なにかが出来ると踏んだからこそご助言をくださったのでしょう。リカルド様は、必ず私の力になってくれると確信しております」


 ルティアも負けじと目をギラつかせて言うと、驚いたことにその能面だった顔が少し緩んだ。ほんの少し、口元だけであったが。


「お嬢さん」

「ルティアで結構です」

「ではルティア。私が協力して望む情報を手に入れたら、ルティアはなにをくれる?」

「正直に言います。お金は無理です。しかしリカルド様が望まれることで私にできることなら、なんでもするとお約束しましょう」

「わかった、それでいい」


 アイナが困惑顔で右往左往する中、ルティアとリカルドは刺すような視線で互いを牽制しつつ、しかし口には笑みを湛えていた。

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