我ら彼氏/彼女欲しい同盟
「彼氏が欲しい」
「彼女が欲しい」
「気が合うね」
「意見が合うね」
「二人の願いがどっちも叶う方法があるけれど」
「俺もそんな方法を思いついた」
「付き合いましょう」
「付き合おう」
「そうしよう」
「そうしよう」
***
「そういうことになった」
「普通、そういうことにはならない」
彼氏ができた自慢を友達にすると、友達は頭痛をおさえるように、頭を抱えた。
私は弁当の卵焼きを口の中に放り込む。
「私は彼氏が欲しい。彼は彼女が欲しい。特定の誰かと付き合いたいわけではなくて、誰でもいいから付き合いたい同士だったから、付き合った。ウィンウィン」
「え、なに。付き合うってそんな適当でいいの? そんな適当でいいの?」
「高校生の付き合いなんて高校で始まって高校で終わって、記憶からも消えていくんだから問題はなし」
「うわぁ。ドライー……」
「結局のところ、彼氏がいるという事実と、彼氏いない歴がリセットされれば問題はないのですよ」
私は友達に向けてピースサインを向けた。
友達は何か言いたげだったが、動物園で仕掛けをいまいち理解しないで必死に「引っ張るとエサが出てくる紐」を振っている猿を眺めているような目を私に向けてきた。
「いや、まあ。あんたがそれでいいのなら、それでいいけど……それで、付き合っている彼の名前は?」
「知らない」
「は?」
「付き合っているという事実が欲しいだけだから、名前は聞いてないよ。あっちもそれでいいだろうって。付き合うと決めた後からも殆ど話してないし」
「それでいいってある意味お似合いだねあんたらお二人」
友達は呆れたようにため息をついた。
「しかし、名前も知らないとなると同じクラスでもないってことだよね。同級生……でもないか。三年生か一年生?」
「いや、同じ学校じゃあないよ」
「ん?」
「そもそもどこの学校かも分からないし、同じ年かどうかも分からない」
「んんー?」
「顔も分からない」
「んんんー?」
友達の頭がフクロウみたいにぐるりと回った。
両手で持っていた紙パックのみかんジュースのストローをくわえて、平静を保とうとしているようだった。
「おかしいな。話を聞く限り、あんたは見ず知らずの相手と付き合っているのだと言っているような……」
「驚いた。私の友達にも読解力があった」
「なめてんのか」
「そんな化粧面舐めたくない」
「ふふーん。羨ましかろう。彼氏がいて羨ましかろう」
「いや、その。なに。『彼氏がいる』という事実には少なからず羨ましい。と思うことはあるけれども、その関係はちょっと羨ましくない」
友達は体を後ろにのけぞらせるようにしながら言った。
「そもそも、そんな見ず知らずの人とどうやって知り合ったわけ? 顔も知らないんでしょう?」
「ふふふ。そうかそうか。彼氏自慢をさせてくれるというわけだね」
「うん。まあ、それでいいや。彼氏が欲しい。ということはつまり、惚気もしたいということだもんね。誰でもいいから彼氏自慢がしたいんだよね」
「分かっているじゃあないか。これが私の彼氏だよ!」
私は勢いよく、スマホの画面を友達に見せつけた。
「なんだ。やっぱり写真はあるのね……ん?」
友達は、安堵の表情から一転。怪訝な表情を浮かべながら、スマホの画面を指さした。
「なんで、ツミッターのアカウントを映してんの?」
***
ツミッターは日本で大人気のSNSだ。
ソーシャルネットワークサービス。
運営側はSNSではないと言っているらしいが、じゃあ一体なんなんだよ。という話だし、SNSでいいと私は思う。
140文字以内の呟きを日々ツミートするだけのものなのだが、これが中々面白い。偉そうなことを偉そうに呟くと、偉そうに見られたい人がリツミートする。それを眺めるのが好きな私だ。
ツミッターには様々なアカウントが存在する。
趣味垢。リア垢。ネタ垢。実況垢。沼用垢。エロ垢。
やりたい放題したい放題である。
ちなみに私はは趣味垢である。
リアルの相手にアカウントを教えたことはない。なぜ教える必要性がある。
『そういえば』
『今日』
『クラスで彼氏自慢している奴がいた』
ポン、ポン、ポーン。
連続した通知音。
「そのふゆ」さんはどういうわけか、DMを送ってくるとき、文章を分割する癖がある。
指摘したところ、文章の途中でエンターキーを押すのが癖になっているらしい。
小説を書いているとき、このタイミングでエンターを押していると彼は言っている。
『右手の』
『親指が』
『エンターキーに』
『勝手に伸びるんだ』
とのこと。
まあ、長ったらしい文章を送られてくるのを待つよりかは全然いい。通知音がうるさいのは、少し我慢すればいい話だし。
「クラスで彼氏自慢? うわあ、いやだいやだ」
『内容はよく聞こえなかったけど』
『相手の女子の表情がうんざりしていたし』
『結構うざったい惚気話だったんだろうなあ』
「それは最悪」
『まあ』
『交際相手ができたら』
『自慢したくなるのも分かる』
「私も今日、友達に自慢した」
『どんな反応だった?』
「ドン引き(笑)」
『だろうなあww』
『ツミッターでしか話したことがない彼氏』
『聞いたら誰だって聞き間違いを疑うわw』
「でも事実なんだよねえ」
『友達は』
『なんて言ってたんだ?』
「見ず知らずの人を彼氏と呼ぶなんて、頭いかれてる」
『一理ある』
「あるんだ」
『そりゃあそうだろう』
『お前』
『友達に見ず知らずの彼氏ができました! って言われたら引くだろう』
「引くね」
『だろう?』
「そう考えると、私たち結構変なことをしているんだね」
『変ではあるが、合理的ではある』
「私は彼氏が欲しい」
『俺は彼女が欲しい』
「正直」
『誰でもいいから』
「彼氏がいる。という事実が欲しい」
『特定の誰かと愛し合いたい。恋をしたいわけではない』
「つまり?」
『誰でもいいから付き合いたい』
「いえーい!」
『いえーい!』
ぱちーん。とハイタッチするGIFと画像が殆ど同時にDMに表示された。
***
「そんな会話を昨日して、意見の一致を図った」
「それは彼女と呼んでいいのだろうか……!」
次の日。
僕は彼女が出来たことを羨んできた友達に、そんなことを言われてしまった。
はて。と首を傾げる。
「彼女だろう。『深海*《アスタリスク》』さんとは、そういう関係だ」
「……誰でもいいんだろう?」
「誰でもいい。彼女が欲しかった。彼女がいるという事実が欲しかった。相手も同じだった。だから付き合った」
「いや違うだろうやっぱり!」
「お前、そんなロマンチストだったか?」
僕はハンバーガーを口に含む。
バンズから肉がはみ出てしまった。いつになったら、この欠点は修正されるのだろうか。
友達は頭を抱えながら。
「彼氏彼女って言えば、一緒に家に帰ったり、昼飯を食べたりイチャイチャしたりするもんじゃあないのか?」
「一緒に帰れば彼氏彼女なのか?」
「は?」
「一緒に帰れば彼氏彼女なのか? 帰る道が逆で、一緒に帰ることができないやつらは彼氏彼女ではないのか?」
「いや、それは……」
「行動で全てを確定するのはダメだろう。今日帰りに僕と一緒に帰るか? そうすれば俺たちはカップルだ」
「やめろ、そっちの趣味はねえよ」
「そういうこった。彼氏彼女とは〇〇である。という設定をつくると、そういうことになるんだ。ちなみに一緒に昼飯は食べている」
「誰と」
「彼女と」
僕は手に持っているスマホの画面を見せた。
画面に映っているDMでは。
『昼飯中』
「なに食べてんの?」
『ハンバーガー』
「不健康だねえ。私はおべんとー」
『お母さんがつくった?』
「バレたか」
『羨ましかろう』
「ほれ」
僕は友達にスマホの画面を見せた。隣からは写真を撮る音が聞こえた。自撮りだろうか。ツミッターの学校での飯ですら、自撮りをするのか。
スマホの画面には、丁度今送られてきた弁当の画像が送られていた。
「一緒に昼飯食べている」
「それを一緒と言っていいのだろうか!」
「おいおい差別するなよ。これだって一応、一緒と言っても間違いないだろう。えっと、『羨ましい。うちは親が面倒くさがってつくらないから、いつも余計に金がかかる』と。送信」
隣の席の女子のスマホがブルリと震えた。
「DM返信来た」
「はっや」
「速いよねえ。私たちよりも早い」
「……ああいうタイプの女子もツミッターをするんだな」
友達が呟く。
自分たちとはタイプの違う女子に気おされている感じのある口調だ。
「まあ、あいつらの場合は友達との連絡用だろう。友達にいいねされたりリツミートされたりして『おおい、リツミートやめろよおww』とか言ったり、実名で登録してたり、アカウント画像がプリクラだったりスノウだったり、プロフィールが『20↓/柳野中学→舘上高校二年/帰宅部/ツーオク』とかだったりするんだよ。あーあー、リア充、リア充」
「お前、リア垢嫌いすぎだろう」
「連絡ならRINEやってろよ。なんで全世界に公開しながらするんだよ」
僕は頬杖をしながら、悪態をつく。
隣の女子はスマホを弄って返信をしていた。
「それはともかく、やっぱり変な関係だよなあ。顔も知らない素性も知らない相手と『彼氏彼女』であるという事実だけをつくるって」
「ある意味一番健全かもしれないぞ。顔で選んだわけではなく、相手の性格だけを見て、感じて、性別すら気にせずに、好意もない関係。健全な付き合いだ」
「好意もないのか。もしかしても?」
「まったく?」
「本当に、事実だけが欲しいのか……」
「へーい、そうしーん」
ぽろん。と僕のスマホがDMが来たことを伝えてくれた。
……ん?
なんだろうか。さっきから、タイミングが妙に合っているような気がする。
僕はまさかな、と思いつつ。
『変なことを聞くが』
『お前、今教室の後ろの方で弁当を食べているか?』
『友達と二人で』
と送ってみた。
ポロンポロンポロン。
俺が送ったDMの数と同じだけ、隣の女子のスマホから音がした。ちらりと顔を覗いてみると、驚いているようだった。
なんども、瞬いているようだった。
スマホをフリックして。送信。
僕のスマホが通知音を鳴らす。
「なんで分かったの?」
ふう。と息を吐く。
慎重に、入力する。
『多分、隣にいるから』
「はあっ!?」
隣の女子が僕の方を見た。
僕はぎこちない笑みを浮かべる。喜びの笑みではない。嫌な笑みだ。
「……つかぬことを聞きますが」
言葉を選びながら初めて話す女子に、声をかける。
「あなた、深海*さん?」
「アスタリスクって読むのあれ?」
くらぁ。と頭痛で僕はよろめいた。
目の前の女子は、僕の顔を指さす。
「あんた、えのふゆさん?」
「いえす」
頷く。
女子は――深海*は、僕の全身を観察するように見てから。
男子は――えのふゆは、彼女の顔を観察するように見てから。
「背ひっく!」
「化粧しすぎ!」
ともに叫んだ。
「……好意はなかったんじゃあなかったのか?」
「……相手が誰でも構わないんじゃあなかったの?」
友達二人が呆れたように言う。
「いや、好意はなかったけれどもさ、でもさすがに髪金色に染めてまつげケバケバなやつだとは思ってなかったよ! お前なんでアイコンプリクラじゃあないんだよ!」
「あんたこそ、そんな坊主頭で小さくて、スマホ弄ってないで野球部で汗流してなさいよ! 俺たちの友情はずっと変わらない。とかやっすいポエム言いながらグラウンドの土の画像でも貼り付けてなさいよ!」
ぎゃーぎゃー言い合う僕らを傍目に、友達と深海*の友達は、お互いに目を合わせて呆れたような表情を浮かべていた。
言いたいことは分かる。
ちょっと期待してただろう。と。
いや、そりゃあ。
まあ。
あったよ。
ちょっとは期待しているような相手じゃあないのなら、彼氏彼女の関係を、事実が欲しいだけとはいえ、つくろうだなんて思わないさ。
でも。
さすがにこれはあんまりではなかろうか!
「……」
「……」
互いに言えるだけの悪口を言い合って、肩で息をする僕ら。
疲れた目で互いに見やる。
「まあ」
「いいか」
「いいんだ!?」
友達が叫んだ。
僕と深海*は目を合わせてにやりと笑う。
「だって私たち」
「彼女が欲しいだけの」
「彼氏が欲しいだけの」
「それ以上でも」
「以下でもない関係だし」
我らは彼氏彼女欲しい同盟。
本当の彼氏彼女が出来るまでは、この茶番は続く。