7 ツキ呼び王女、ウサギに憤慨のち逃亡する
10/21 三話更新予定。
6月1日
ぱちり。
目をあけると、見覚えのある城の私室。
ウサギのヌイグルミがぎゅうぎゅう埋めつくす寝台に、マリエッタは横たわっていた。
……また、ウサギの数が増えてるわ。お母様ったら、自分の好きなものばかり……
嫌いなわけではないが、限度というものがある。浅はかな侍女にお気に入りのヌイグルミを盗まれたことに落ちこんでいるのではと、母からの余計な気遣いだ。
なにげなく顔の傍にあったウサギをぼんやり見ていたが、いきなりそれをひっつかみ飛び起きる。そのウサギの足裏にある刺繍。右足裏に「わたしの愛しい」、左足裏に「マリエッタ姫」。
思わずブン投げた。ちょうど扉をあけた小柄な母を通り越して、そのうしろに立っていた雑草頭を直撃した。
「まあまあ、リタちゃん目が覚めていたのね! 心配したのよ~」
「お母様! このヌイグルミ全部引きとってください!」
「あらやだ、もうバレちゃったの~? ゾーン国の第一王子様から、クマちゃんを頂いたお礼にって、贈ってきたものなんだけど」
「それ、言わなかったわよね!?」
「言ったら受けとらないじゃない」
母はのほほーんと答えながら、近くにあるウサギを手にした。
「うふふ、ひとつひとつにこっそりメッセージをつけるなんて、マメよねぇ。〈あなたを想うと眠れない〉ですって!」
ウサギの腕を上げて、その内側にある刺繍を見せる。
マリエッタはパンパンと手を叩いて、となりの部屋で待機する侍女を呼ぶと、百個近いウサギの処分を命じた。
「まあ~、王子様のご好意を~~っ、リタちゃん! 母はそんなひどい子に育てた覚えはありませんよ!」
ウサギの山を抱えて持ち出そうとする侍女のエプロンを、抗議しながら引き止めている。侍女は困惑顔で立ち止まり、マリエッタに視線をよこす。マリエッタは頭ひとつ分は背の低い母の脇をむんずとつかんで、侍女から引きはがした。
「カケラほども好意を抱かない相手から贈り物されても、身の毛がよだつだけですわ」
「せっかくのご良縁なのよ!」
「お母様、わたくしの話を聞いてます?」
「リタちゃんこそ! あの方はね、リタちゃんを噂や色眼鏡で見ない、唯一、奇特な方なのよ!」
「色眼鏡で見ないというか……人の体しか見てなかったわ」
「何言ってるの、ちゃんと目を見てお話してきたでしょう?」
「蛇みたいな目で甞めるように見られてもね」
「そんなこと言ってると、ほんっっとにお嫁に行けなくなっちゃうわよ!」
「心配しなくても、自分の相手ぐらいちゃんと探します」
候補を三人にしぼったことを話した。
納得するものと思いきや、母は愕然とした表情でよろめく。
「お婿候補が、ハイバード国にエステラン国、ターナ帝国……ですって!? な、なんで、そんな遠くばかり……っ! 可愛い娘の身になにかあったらどうするの……っ、姑や小姑にイジメられたりしたら誰に相談するつもりなの? 気軽に里帰りもできない距離じゃない! 孫の顔もろくに見れないじゃないの! 絶対、反対ですからねっ!」
おそらく一番の本音は、孫の顔が気軽に見れないことなのだろう。
姉妹がいるんだから別にいいじゃないか、お相手は皆、国内貴族なのだし。
とマリエッタは思うが──まだ娘の誰も結婚していないので不安なのだろう。
壁ぎわに控えていたディドが、そっと口をはさんだ。
「近隣諸国は軒並み全滅でしたから……」
「そうだわ! ディドちゃんでもいいのよ! 公爵家の跡取りだから何も問題は」
「「イヤです」わ」
同時に否定されると、しまいに彼女は頬をふくらませ「ゾーン国の第一王子様以外、絶対認めませんからね!」と、言い捨てて去っていった。
あれで王妃が務まるのかと思われそうだが、実は外交が彼女の得意分野だ。
マリエッタはいつにない悪寒がした。早々に結婚相手を決めないと、あの母は強硬手段に出る。ウサギどころか、今度は寝室にこっそり本人を手引きするかもしれない。
「ディド、わたくし城を出るわ。結婚相手が見つかるまで戻らないから」
「僕もそのほうがいいと思います。急いで仕度をしましょう」
王都を出る魔獣車の中で、ため池に落ちたあとのことをディドから聞いた。
ため池の近くまで魔獣車で来ていたのは、やはり護衛たちとディドで、あの家にのこっていた賊もすぐに制圧したのだという。
〈霧氷亭〉ではオーナーと、三十二名の従業員のうち過半数が殺された。
警備の者のほとんどが賊の仲間だったらしい。マリエッタの護衛たちが奮闘してくれたが、こちらも御者が亡くなり、五名の護衛が重傷を負った。
ジーザス伯爵家の次男ゴンザレスの罪状は、精霊石の強奪と、オーナー殺し。以前、パトロンになってもらうべく誑しこもうとしたが、鼻で笑われ、それを根に持っていたらしい。
キープしていたはずのミストラ公爵夫人とは、彼女が伝染性の重い病にかかったことで、縁を切らざるを得なかったのだという。
それが水虫だと知って、「無知ってコワイわ」とマリエッタは思った。時間はかかるが完治することはできる病なのに。
縁を切る必要もなければパトロンを失うこともなく、強盗殺人を犯して終身、危険な坑道で足枷をつけて働くこともなかっただろう。
「あ、そうそう。こちらがハイバード国と、エステラン国の王子の肖像画です」
鞄の中から便箋ほどの大きさの肖像画をふたつ、ディドが渡してきた。
「ふうん、ハイバード国の第四王子ジークザット・ティム・ハイバード様は、がっちりとした風貌の男前ね。狩りが趣味だから鍛えておいでなのね。エステラン国の第二王子ミスリィ・ハル・エステラン様は、線が細くてたおやかな美貌。二人とも二十二歳だったわね」
両極端な容姿をふむふむと眺める。
そして、ドレスのポケットから便箋半分サイズの肖像画をとり出す。それはターナ帝国第三皇子レシェリール・ブラン・ターナの幼少期のものだ。彼は現在十六歳。
ふと、彼の紅茶色の髪と瞳は、あの青くかがやく世界に負けることなく、鮮やかに映えるだろうと思った。
「マリエッタ様、ずいぶん熱心にそちらを見ていますね」
「え? えぇ、まぁ、……そうね。彼の分だけ現在のものがないから気になって」
ずいぶん可愛らしい顔立ちだから、今でも線が細くて女の子ぽいのかしら?
いえ、将軍位に就いてらっしゃるのだから、わたくしの護衛たちのように体格がよくてムキムキな感じかしら?
「そうですねぇ。手に入れば、帝国に行かせた者が送ってくれるとは思いますよ」
10/21 あと二話更新予定です。