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ツキ呼び王女の婚活  作者: 百七花亭
Ⅰ ツキ呼び王女の婚活
5/27

5 ツキ呼び王女、窮地にも存外図太い

10/20 二話目の更新です。

 〈霧氷亭〉に到着したのは、夕陽が落ちはじめたころだった。

 いつも通り目もとに仮面をつけ、〈賭博の妖精マリー〉として護衛六人を連れて中にはいり、受付で武器をあずけ、魔力のある者には魔力封じの腕輪がかけられる。

 あとの六人は外で待機してもらうことにした。これで何かあったとしても、外にいる護衛たちが魔法を使える。安全策としては十分だろう。

 〈霧氷亭〉のオーナーは三十歳過ぎの女性だ。彼女に遊技場へ案内され、特別に招待された客たちとともに最新の魔法ボードゲームを始めた。

 深夜近くまで遊んですこし疲れたので、休憩室へ護衛たちと移動し、オーナーとお茶をしながらゲームの感想をのべていた。




 三十分ほど経っただろうか、どこからか騒がしい声が届く。

 遊技場でなにかもめごとがあったのではと、オーナーが席を立つ。

 今日きた客は、ゲームそのものを純粋に楽しむ者ばかりだ。

 そういった客を選んでオーナーは招待したのだから。遊技場を出る前に、彼らが和気藹々と談笑していたのも見ている。トラブルが起きるのはおかしいと思えた。

 マリエッタは、護衛の一人に様子を見に行ってもらった。

 ところが騒ぎは大きくなる一方で、護衛はもどってこない。

 客の叫び声から、賊が侵入したことが分かった。それもかなりの人数がいるようだ。

 窓が割れる音、物を壊す音、荒々しい靴音。

 壁や床をゆるがす爆音に、魔法による攻撃が炸裂していると察する。

 休憩室にいた従業員が、預けておいた護衛たちの武器を返してくれた。ただ魔力封じの腕輪の鍵は、表口にいる従業員が持っているので今はずすことはできない。


 護衛たちと急いで裏口から出ると、マリエッタはお忍び用の地味な魔獣車に飛び乗る。

 しかし、それを見つけたであろう、二階のテラスにいた覆面の男が大声を上げた。

 十五人ほどの覆面男が次々そこから飛び降りて、こっちに向かってきた。

 外に待機させていた護衛たちは来ない。建物の反対側から怒号と爆音がひびく。

 おそらく表口で賊とやりあっているのだろう。

 マリエッタの護衛たちが剣を抜く。そして、彼らの指示で御者はあわてて魔獣車を走らせる。主人であるマリエッタを逃がすために。遠ざかる戦いの喧騒。


 ガクンと魔獣車がはねた。

 マリエッタは、はっとして前方の小窓から御者席をのぞく。

 御者の体がかたむいている。その首に矢が貫通していた。

「!」

 ガラガラと、スピードを上げたまま走り続ける魔獣車。オレンジの体色に額に角のあるロバ似の魔獣たち、その様子がおかしい。もしかしたら、体のどこかに矢がかすめたのかも知れない。

 前方の小窓をぬけて御者席で手綱をとるか。

 すぐに無理だと判断する。マリエッタはかさばるドレスを着ている。

 小窓に引っかかってしまうだろう。とはいえ、石畳の道を暴走しているのだ。

 飛び降りたら無事ではすまない。軽くて骨折、最悪頭をぶつける可能性も高い。

 マリエッタはあまり運動神経がよろしくない。なので受身をとれるわけがない。

 〈霧氷亭〉が見えなくなった街中で、御者は撃たれた。


 彼らの目的に、わたくしも含まれているようね。


 窓から撃たれないように頭を低くする。

 マリエッタの頭の中では、〈霧氷亭〉の新しい魔法ボードゲームに使用されたという大きな精霊石と、賊が結びつけられていた。おそらく、精霊石を購入したことが外部に漏れていたのだろう。ゲーム台に設置するため、隠し金庫から出したお披露目の日を狙われた。

 そして、ついでにと〈賭博の妖精マリー〉を狙うのは──


 私怨でしょうね。


 マリエッタはこれまで、あちこちの高級賭場で良心の痛まない相手から、遠慮なく搾取してきた。当然、たくさんの恨みを買っている。心当たりがありすぎる。

 すくなくとも賊は二十人以上と見るべき。その中に魔法の使い手もいくらかいる。


 せめて、倍の数の護衛を連れてくるべきだったわ。


 このままずっと走り続けると、土手をつっきってサフラン河に魔獣車ごと水没する予定だ。マリエッタは、犬掻きで五メートルほどしか泳げない。ほぼ金鎚だ。

 土手は一面のび放題の草むら急斜面だったはず。クッションになる。

 いちかばちか、そこで飛び降りるしかない。

 とりあえず、魔獣車の扉をあけてスタンバイ。ドキドキする。

 まだすこし時間があるので、念のため、太腿に装備した隠し武器の確認をしておく。

 ドレスの一部に切れ目があり、そこからすぐに取り出せるようにしてあるのだ。小さいものだが、運動音痴なマリエッタが唯一、得意とするものだった。

 それから三分ほど暴走した魔獣車は、土手にさしかかる直前──角ロバ魔獣が急に進路を変えた。直進していたのがいきなり左へ曲がったのだ。

 箱車がまがりきれず横転し、角ロバ魔獣も引きずられて横倒しとなった。


「あいたたた……」


 ひっくり返った車内で邪魔なドレスをさばきつつ、なんとか起きようと四苦八苦していると──中途半端にあいていた扉から、乱暴に腕をつかまれて引きずり出された。

 覆面の男たちによって別の魔獣車に押しこまれ、郊外を走り、どこぞの一軒家の床へと転がされた。ごていねいに縄で後ろ手に縛られ、猿ぐつわまで噛まされた。


 即座に殺されなかったのは助かったけど……わたくしの命が目的ではないの?


 覆面男たちのうしろから出てきた金髪の男に、マリエッタは目をみはる。

 〈黄金梟亭〉にいた三ダメンズの一人、ジーザス伯爵家の次男ゴンザレスがそこにいた。ミストラ公爵夫人とシャロンド商会長夫人のヒモの。


 あぁ──、はいはい。なるほど!


 マリエッタは合点がいった。

 なんというか、彼はとても直情型のようだ。

 マリエッタとの賭けに負けたシャロンド商会長の破産→その夫人は共倒れから逃げるため、離婚を叩きつけ実家に出戻り、金持ちの再婚相手を募集中→さらにそのヒモ(ゴンザレス)は夫人に縁を切られて甘い汁が吸えなくなった→元凶のマリエッタに逆恨み。


 あらでも、もうお一方、パトロンがいたでしょうに。


 元は軍人だったせいか、ガタイがよくあつくるしい空気を発散させているので、近づいてこないよういつもは護衛がガードに入ってくれていたが……

 現在、彼は無遠慮にマリエッタに近づいてくる。顔に息がかかるほど近くに。


 クサイわ! それ以上近づかないでちょうだい!


 猿ぐつわのせいでくぐもって聞こえないが、罵倒されているのは分かっているだろう。

 なのに、ニヤニヤと下卑た笑みをはりつけている。


「まったく運のいい女だ! あのまま魔獣車ごとサフラン河に突っこんで死ねばよかったものをな。これからたっぷり苦しませてやるぜ」


 ゴンザレスの視線が己の胸に吸いついてるのに気づく。

 殺人衝動より、下半身の欲望に忠実なようだ。さすがヒモ。

 室内には三人の覆面男とゴンザレス。遊技場に襲撃に来たのはおおよそ二十人。

 残りは外を見張っているのか、それともまだ〈霧氷亭〉にいるのか。

 ゴンザレスが近くの男に顎をしゃくると、その男はマリエッタの猿ぐつわをはずした。

「この家のまわりは荒れた農地だ。いくらでも叫ぶがいいさ」

「──まさか、これから自国の王女を四人で楽しみたいとか、そんなえげつないことをするつもりじゃないでしょうね?」

 すると、ドッと笑いがあふれた。


「聞いたか! 〈賭博の妖精マリー〉が王女様だと!」


 ゴンザレスがビッと、マリエッタの目もとの仮面をはぎとった。

「頭沸いてるのか」

「この白塗りブスが!」

「王女様に不敬だぞ!」

 これが他国の貴族なら〈賭博の妖精マリー〉=〈マリエッタ王女〉だと、知らない人も多いだろう。だが、まさか、マリエッタも自国の貴族のくせに、それを知らない者がいるとは思わなかった。

 末端貴族ならば、まあしかたない。しかし、伯爵以上の家長ならば王族に関しての情報はもっているはずだ。貴族の次男は、普通ならば跡取りのスペア。よって長男と同等の知識や教養をたたきこまれるし、家長から貴族間にある重要な情報もあるていどは教えられる。

 それなりに大事にされるので、経済的に苦労することもない。

 女のヒモとなり貢がれるというのは一種、男のスティタスのようにも見えるが、これが平民の男ならば経済的な困窮をしのぐための手段ともいえる。

 つまり、このゴンザレス。ジーザス伯爵から王族に関する最低限の情報を知らされていない。〈賭博の妖精マリー〉への無礼が不敬罪になるということを。


 後継者スペアとしても、見限られているということね。

 それで経済援助してくれるシャロンド商会長夫人を失ったことが、こちらが思う以上の大打撃だったと。


 拉致、監禁はこれまでの人生にもあった。腕のたつ護衛も万能ではない。

 もっとひどい状況もあった。まだゴンザレスに貴族の矜持がカスほどにも残っているからか、いきなり襲いかかってこないのはせめてもの救いだ。


 まぁ、あれで、恐怖で追いつめてやるんだとか思っていたらお笑い草だけど。

10/20 あと一話更新します。

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