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ツキ呼び王女の婚活  作者: 百七花亭
Ⅰ ツキ呼び王女の婚活
4/27

4 ツキ呼び王女、お見合い候補をしぼる

 5月31日


 王都グライヒルを見下ろす小高い丘に、王城はある。


 さすが、わたくしの諜報員たち。調べが綿密だわ。


 マリエッタの自室に備えつけられたちいさな書斎は、たちまち書類の山で埋まった。

 大国と呼べるのは、クレセントスピア大陸百八ヶ国のうち、十ヶ国のみ。南へ向かうほど、なぜか子だくさんな王族が多い。プラス、王族の血を継ぐ大貴族の分もふくまれているという。

 最初に、年齢は問わず独身で、性格に難のない者を選り分けた。

 そこからさらに、マリエッタと歳が近く何らかの才能に秀でた者を選んだ。

 見てくれがよかろうと優しかろうと、マリエッタは基本的に無能な男が嫌いだ。

 自分の私財にぶら下がってヒモになりかねないというのもあるが……まあ、それ以前に、情熱を傾けるものがない男に魅力を感じないのである。ゾーン国の第一王子は論外だ。

 初対面の女性を視姦したり、なで回すヘンタイなどお断りである。

 下は十六歳から上は三十二歳まででしぼると、かなりの人数がふるい落とされた。

 ここまでの選定に二日かかった。


「さすがマリエッタ様、お目が高い。僕からのお薦めはこちらの三名です」


 マリエッタが選別した十二枚の釣書の中から、ディドが三枚を抜き出して彼女の前に並べた。ちょっと試された感はあるが、マリエッタが納得いくように、すべての書類を見せてくれたのだろう。


「中央諸国がひとつ、ハイバード国の第四王子ジークザット・ティム・ハイバード様。南方諸国がひとつ、エステラン国の第二王子ミスリィ・ハル・エステラン様。ターナ帝国の第三皇子レシェリール・ブラン・ターナ様」


 マリエッタは、その釣書と調査書にあらためて目を通す。

「たしかに……この十二人の中から三人にまでしぼるとしたら、妥当な線ね」

 歳幅も広すぎず、各自に突出した才能がある。性格も悪くない。

 有閑マダムとしてのんびり、これまで通り芸術を愛でつつ、未来の金の卵たちを支援しつつ生きたいので、王太子以下の地位であることも望ましい。王太子妃など面倒なので御免である。



 ハイバード国第四王子ジークザット・ティム・ハイバード。二十二歳。

 鳥使い。性格は少々荒っぽいが情に深い。


 エステラン国第二王子ミスリィ・ハル・エステラン。二十二歳。

 絵画や陶芸などの芸術分野に秀でた才あり。性格は物静かで知的。

 男色の噂があるが、フラレた令嬢による腹いせなので問題はない。


 ターナ帝国第三皇子レシェリール・ブラン・ターナ。十六歳。

 将軍。聖獣剣の使い手。性格は穏やかでまっすぐ。



「早速、この三人の方に見合いを申しこむ手紙を送りましょう。お父様名義で」


「いえ、それではダメです! 例え遠方だろうと、縁談相手の素性は調べるものです。また、噂を鵜呑みにされる危険性があります。特にこのお三方はお人柄が清廉で、その分、潔癖な部分が強いと思われますから。ここは慎重に」


 〈金欲の女豹〉などと報告されでもしたら、縁をつなぐ前に逃げられてしまうだろう。この三名はとても女性に人気が高く、結婚相手も選び放題なのだから。

「じゃあ、どうするの? 手紙すら送らないで交渉などできないわ」


「この中からお一方にしぼってください。先手必勝です。悪い噂が届く前に、僕がマリエッタ様のよい所をお相手の方にアピールして来ます。そして、すぐにお見合いの場をセッティングして、さらにマリエッタ様のよい所をお見せするんです! いつもの勝負ドレスはやめて、清楚を演出してくださいね。お化粧はうすめに、できれば落ち着いた青か緑のドレスで。赤、紫、桃色はダメですよ! 扇情的な雰囲気になってしまいますから」


「──なるほど、それはいいわね」

 マリエッタはうなずいた。

 厚化粧は彼女にとって己を守る鎧だが、素敵な旦那様を釣るためならば、多少うすめにしてもかまわない。

 それと同時に、やはりディドは手放せないわとも思う。

「ところで、一番のお薦めは? あなたの主観でいいわよ」

「……いずれも甲乙つけがたいですね。自ら芸術を生み出すという点では、ミスリィ様と気が合うと思いますし、お転婆なマリエッタ様を一番御してくれそうだと思うのは、ジークザット様でしょうか」

「……ほんと、お前って遠慮ないわね。ターナ帝国の皇子様は?」

「彼については未知数ですね。一番お若いですし、十三歳で将軍になられた戦の天才で、気難しいと云われる聖獣剣の使い手でもありますから」

 聖獣剣とは、聖獣(=精霊獣)の魂がこめられた剣だ。

 ものによってはたった一薙ぎで、千の敵を屠る威力があると言われている。

 対極に、魔獣の魂がこめられたものを魔獣剣というが、どちらも武器としては凡人にはあつかうこと叶わず、その威力は桁外れである。

「これからまだまだご活躍されるでしょう──ただ」

「ただ?」

「ご本人はとてもすばらしい方なのですが、帝国という性質上、彼の周囲はごたごたが絶えません。一応、こちらの書類に帝国皇家の方々についても記してありますが……」

 いくつかの書類を新たに渡しつつ、彼は至極まじめな顔でつけ加えた。

「僕としては、帝国以外の王子に嫁ぐほうが、平穏無事な人生を送れると思っていますが……よく吟味なさってください」





 三人の中で誰を選ぶか。しばらくは書類を前に悩んでいた。

 彼らの経歴を見ると、たしかに甲乙つけがたい。

 それ以外で心惹かれる部分となると、やはり国の規模だろうか。

 実はハイバード国とエステラン国は大国とは言うものの、国土面積でいうならば、大陸二番目のキャラベ軍国の三分の二ほどの大きさしかない。

 ちなみにエッジランド国はキャラベ軍国の八分の一。まごうことなき弱小国だ。

 ターナ帝国が一番の大国なので、自分としてはそこに行きたい。きっと都の規模や華やかさは、王都グライヒルなど足元にもおよばないだろう。だが、ディドにああも言われてしまうと、やはりためらいが生まれる。戦に才能のある皇子。

 今の時代、大陸すべてにおいて大きな戦争というものはない。

 ターナ帝国だけ頻繁な小戦があるのは、隣接する広大な砂漠の民がおそろしく好戦的だからだ。豊かな帝国を侵略したがっている。


 行きたい。でも危険がつきまとう。


 ターナ帝国の皇家に関する調査書を読むと、かなり複雑だ。

 まず皇帝には皇妃のほかに、寵妃が三人、ほかにも後宮にたくさんの女性を囲っている。現在、皇子が五人、皇女が三十人。これだけですでに争いの火種を内包している。

 ただ、皇帝が「跡目争いを始めた者から文字通り首を切る」と宣言しているため、表面上は何事もないらしい。……表面上は。

 行きたいが、命は大事だ。マリエッタにいくら護衛をはりつけても、同じ城の中に敵がいるのでは気も休まりそうにない。

 現在、マリエッタを恨む者は多々いる。主に金をむしったり制裁を加えた相手だ。

 けれど、城の中にいるかぎりは安心して眠ることができる。


 ほかの二人のどちらかにするべきだろうか? 文化貢献を続けるなら、エステラン国の第二王子ミスリィ・ハル・エステランがよいかもしれない。

 筆をとる彼となら気が合いそうだし、穏やかに寄り添えそうな気もする。

 鳥使いだというハイバード国の第四王子ジークザット・ティム・ハイバードも悪くない。もふもふの可愛い鳥たちを操る彼との生活には、きっと、すてきな癒しがあるにちがいない。


 しかし、なかなか、答えは出ない。一人にしぼるための決定打がないのだ。

 それぞれに婚約者も恋人も皆無。その上で将来的にも有望。

 容姿の記述に、再度目をすべらせる。三人ともタイプはちがうが、見目よく女性の好む姿である……ということは分かるのだが。

「ねぇ、肖像画をとり寄せてくれる? 王族なら城下町で市販されているでしょう?」

「そういえば、いくつかは諜報員から送られてきたはずなんですが……どこにやったかな?」

「あんなかさばるものを失くしたの?」

「市販のものですから、サイズが小さいんですよ。便箋ぐらいの大きさなんです」

 きっと大量の書類にまぎれてどこかに落としてしまったのだろうと、ディドは自分の部屋へと探しにもどる。

「マリエッタ様、お手紙です」

 そこへ銀盆にいくつかの封書を乗せた侍女がやってきた。

 机の引き出しから銀のペーパーナイフをとりだす。アトリエの彫金師に作らせたものだ。鳥の羽を模してあり、アクアマリンのちいさな粒が朝露をイメージしてはめこまれている。

 お気に入りのそれで封書をあけながら確認していると、お茶会の誘いやら公爵家の舞踏会の招待状にまじって、高級宿〈霧氷亭〉のオーナーからの手紙があった。


 〈霧氷亭〉には遊技場がある。新しい魔法ボードゲームが完成したので、起動初日に来てほしいとのお誘いだった。

 〈霧氷亭〉は王都を出て、魔獣車を北西に五時間ほど走らせた中規模の街サドンにある。

 半年ほど前に行ったとき、オーナーから、新しい魔法ゲームを作らせているという話を聞いていた。そのときには一番に試して感想がほしいともお願いされていたのだ。

 かなり凝った造りのボードゲームで、上級者向けなのだとか。なんでも造りこみすぎたせいで、各魔法を作動させるための精霊石が十個も必要だったとか。


 精霊石とは精霊の体からとれる貴重な魔力の結晶石のことだ。宝石よりもずっと高価。

 しかも、親指とひとさし指で輪をつくったぐらいの大ぶりな精霊石を使っていると聞き、すこし心配になった。

 これまでのボードゲームでも精霊石は爪の先ほどの小さなものが二、三個使われるていどだった。あのときはまだ、ゲーム台へのはめこみは済んでおらず、隠し金庫に保管していると言っていた。

 その話は他言しないほうがいいと、マリエッタは忠告した。オーナーもそこは分かっているようで、この話はほかの誰にもしていないのだと答えた。


 招待日が今日になっている。今は午前七時。

 貴族街のアトリエ館にすこし顔を出してから、昼ごろに出発し、夕方に着くようにすればいいだろう。


 ずっと書斎にこもりっぱなしだったし。煮詰まってるし。

 ちょうどいい気分転換になるわね。


 その前にディドに声をかけるべく、王宮内にある彼の仕事部屋を訪ねた。

 中は書類が舞い、本やつみあげた紙束で足の踏み場もない。奥にある机までどうやって行けたのか不思議である。

「ディド、肖像画は見つかったの?」

「あ、はい。一枚だけなら」

 便箋半分ほどの大きさの、うすい額縁にはいったものを渡される。

「……ディド、わたくし、幼女とお見合いする気はなくってよ」

 どこをどう見ても、六、七歳ほどのあどけない女の子の絵に眉をひそめる。

「帝国皇子の中でも大人気で、現在のお歳のものは手に入らなかったそうですよ」

「じゃあ、これって……レシェリール皇子?」

 紅茶色の長い髪を下ろし、着ているものも桃色と藍色の紗を重ねたものなので、よけいに女の子にしか見えない。

「そうです。聖獣剣の使い手で、帝国の英雄ですからね」


 南の国は肌の色が黒くて、炭みたいな色の人もいると聞くけど、皇子様の肌色はうすいのね。ミルクをすこし多めにいれた珈琲のよう。

 しかもすごく可愛いわ。……なにか負けた気分。


「ところで、その格好は? お出かけになるんですか?」

 初夏らしく紗を使った淡い金色のドレスを見て、ディドはたずねる。

「〈霧氷亭〉のオーナーからお誘いを頂いたから、出かけてくるわね。帰りは翌朝になるから。お前は肖像画を探しておいて」

「護衛は十名以上お連れください」

「いつもの五名でいいわよ」

「〈霧氷亭〉なんですよね? いいから、必ず多めに連れて行ってください」

「なんなの?」

「嫌な予感がするんですよ」

 はっきりと言わない。でも、たぶん何かそう忠告せざるを得ないようなことを、掴んでいるにちがいない。ただ、確信がないから濁す。

 マリエッタはいつもの護衛たちに、さらに彼女専属の騎士団から七名を追加して出かけることにした。

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 当作品「ツキ呼び王女の婚活」は、現在、2chRead対策を実施中です。

 部分的に〈前書き〉と〈本文〉を入れ替えて、無断転載の阻止をしています。

 読者の方々には大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解の程よろしくお願い致します。 

  (C) 2016 百七花亭 All Rights Reserved. 

 掲載URL: http://ncode.syosetu.com/n1087dp/


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本日、あと二話更新予定です。

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