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ツキ呼び王女の婚活  作者: 百七花亭
Ⅰ ツキ呼び王女の婚活
3/27

3 ツキ呼び王女、縁談の網を遠方に広げる

本日、三話目です。

 あのすぐあと、幼少の頃からずっと仕えてくれていた護衛が、王子を拳一発でたたき伏せて、マリエッタを奪還してくれた。

 遊技場に刃物の持ちこみは禁止だ。無論、魔法による攻撃も禁止のため、魔力ある者はすべて入口で魔力封じの腕輪をつけられる。

 マリエッタのように、ほとんど魔力がない場合はつける必要がないのだが。

 だからこそ、彼らには素手でも戦えるようにしてもらっていたので、王子はきれいに意識を刈りとられたようだ。

 王子の護衛たちが臨戦態勢にはいったが、支配人による指示で彼らは警備の魔法士らにとりかこまれ、強制的に退場させられた。

 王子の無体はその場にいた支配人、客である貴族たちの証言もあり、その非は王子側のみにあるとエッジランド国王は判断した。

 それに対する抗議を受けとったゾーン国王からは、「愚息が誠にすまぬ」と、まともな謝罪文がきたはずで──


「なのに、これはどうゆうことなの! 何故あの気色悪い王子の釣書が混じってるの! しかもこの調査書は何!? ──王子の私室にわたくしの肖像画が、四歳時から現在のものまで五枚も飾ってあるだの、わたくしが晩餐会に着たドレスが飾ってあるだの、いつのまにかなくなってたクマのヌイグルミが王子の寝台にあるだの、買ったばかりの夏の限定新色チェリィパールの口紅を毎日上着のポケットに入れて持ち歩いているだの──どうりで見つからないと思ったわっっ!」


「そのゾーン国王からも、王様宛に親書が届いてまして」

 頭から冷水をぶっかけられたように、熱溶岩のごとく噴き上がっていた怒りが一時冷める。

「……いやっ、なにかそれ聞きたくないわ」

 しかし、ディドは続けた。

「──愚息がどうしてもっ、マリエッタ様を正妃に迎えたいとごねてるので、できればご一考願いたいと」

「いやああああああっ」


 国王公認でのごり押し来た──っっ!!


「あ、そうそう、ヌイグルミと口紅を盗んだ犯人を見つけたので、地下牢に放りこんでおきましたよ」

「……誰だったの?」

「侍女のアリサです」

 マリエッタの専属侍女五人の内、一番若い娘だ。十五歳だったか。

 見目のよい王子にのぼせ上がっていたので、口車に乗せられたのだろう。


「主人より他国の王子の機嫌をとるなんて、嘆かわしい。しばらくネズミと仲良くすればいいんだわ。そのあと解雇。あぁ、それと、アリサが懸想している第三騎士副団長のお耳に、今回のことさりげなく入れておいて」


 第三騎士団は下の妹のためにある騎士団だ。そこの騎士副団長は忠義に篤く、また潔癖だ。己の主人を売るような馬鹿者など視線で串刺さんばかりに軽蔑するだろう。

 あの手の考えなしは城を出る前に最後のチャンスだからと会いにゆき、ついでとばかりに告白するはず。


 どうなるか見物ね。


「では、そのように」

「ほかの物を盗んだのは?」

「物が物ですし、運ぶのにも人目につかずは難しいでしょう。それで、もしやと王妃様にカマかけてみたところ……」



「あらもうバレちゃったの? ディドちゃんはほんと優秀ねぇ。リタちゃん、かってなことしてって怒ると思うから、できれば言わないでね!」※リタはマリエッタの愛称。



「と仰られておりました」

「お母様ああああああ!? 何やってるの! あの人!?」

「実は」



「だって、なかなかお婿さん選んでくれないんだものー。このままじゃ売れ残っちゃうわ。頭もよくて、ぼんきゅっぼんな自慢の娘なのに~。いいじゃないゾーン国の王子様! 一目惚れだって言ってたわよ! 正妃に迎えたら側室は作らないって! 愛が濃いってゆうのかしら? とっても情熱的な人だし、きっと、リタちゃんを幸せにしてくれるわ~」



「と仰られまして」

「いいえ、絶対、お母様の本音は自分好みの男だからよ!」

 母が結婚前に付き合っていた恋人は、豊かな水色の髪で腹黒かったという。

 若くして不慮の事故で亡くなったらしいのだが。ゾーン国第一王子も水色の髪だ。

 父のうすい頭を見てはため息をつき、お人好しで奸臣に足元をすくわれそうになっては、ため息をつきつつフォローする母。

 叶わなかった夢を、娘を通して叶えたいにちがいない。

「お母様はもう敵と思っていいわね! 釣書を通したお父様も敵ね!」

「いやいや、王様はかなり渋ってましたから。見なかったことにして捨てようとしてましたから」

 それを母である王妃が止めて、強引にこちらに流させたのだと想像がついた。

「とりあえずソレ、マリエッタ様の手元までは届いたんですから、見ないで捨てちゃってもいいんじゃないですかね」

「……お前、ほんっとうに適当ね」


 だったら、最初から持ってこないでちょうだい。


 自分の部屋のゴミ箱に入れるのもイヤだ。

 ぎゅうとねじり潰した王子の釣書を、うす緑のもさ髪にさくっと突き刺してやった。

 それから、朝までに近隣諸国からの釣書と調査書の山に目を通した。

 結論から言えばダメだった。

 父王の声掛けで、なかば義務的に犠牲の羊を選んだ感じがする。

 本人たちはマリエッタの噂を鵜呑みにして、会ったこともないのに蛇蝎のごとく忌み嫌い「こんなアバズレと結婚できるか!」と叫んでいるらしい。

 また、色よい返事をしてきた者は、黒い噂を背負っている。〈賭博の妖精マリー〉が可愛く思えるほどの───殺人、密売、密猟、強盗、恐喝等々、さまざまだった。

 おとなりの国々の深い闇を見てしまい、ため息がもれる。

 あそこの国は近い未来、臣下に下克上されそうだなとか、そちらの国の王は賢王と見せかけて宰相の木偶だったのかとか。


 有能すぎる諜報員たちよ。

 いずれ(きっと)国を出る第二王女が知るには、重すぎる情報だわ。


「これとこれと、これ、それから、こっちの調査書の束も全部。宰相殿に渡しておいて。お父様のもつ情報と被っちゃうものもあるかも知れないけど、知らない情報があるかもしれないから」

「かしこまりました」

 惜しいことに、ゾーン国の第一王子には、この手の暗い話は出てこなかった。

 執着したモノに対しては、腐った豆の菌糸並みにからみつく気質である、という以外は。

 母の独善的フライングが憎い。

 なぜ、娘のモノを初対面の男にホイホイくれてやったのか。


 取り返せないじゃないの!


 ──いや、冷静に考えてあの王子が手にしたものなど使えない。返されても燃やすしかない。

 マリエッタはそろそろ眠くなってきた。ディドもあくびをしている。


 今日は一日寝てしまうことにしましょう。


 ディドが退室してしまうと、やわらかい寝台へと体を投げ出す。

「そう……そうだわ、こうなったら、わたくしの噂がまったく届かない遠くの国に、縁談を持ちかけてみましょう……うん、いい考え」

 国によってはまちまちだが、エッジランド国では十六歳から二十一歳までが結婚の適齢期だ。このクレセントスピア大陸に住むすべての者が、新年ごとにひとつ歳をとる。

 マリエッタは来年、二十一歳になってしまう。あとわずか半年で。


 ──どうせ遠くに嫁ぐなら、大国がいいわ。


 エッジランド国はキャラベ軍国の属国で、何かと政治的な圧力をかけられているから。

 大国に嫁ぐことで、わが国の後ろ盾にもなってくれるだろう。

 大陸は巨大な三日月の形をしていて、北方諸国、中央諸国、南方諸国、砂漠の国、ターナ帝国に大きく分かれている。大小の国々は合わせて百八ヶ国ある。

 その中でも大国と呼べるのは北方諸国を属国に支配するキャラベ軍国、中央諸国に六ヶ国、南方諸国に二ヶ国、ターナ帝国。

 一番大きいのはターナ帝国だ。二番目に大きいキャラベ軍国より国土が三倍もある。

 でも最南端の国だ。気軽に里帰りなどできないほどに遠い。

 嫁いだら一生、故国の土は踏めないと思うぐらい遠い。

 かといって軍国など嫌だ。芸術に縁も理解もなさそうではないか。

 それに、やはり嫁ぐなら南方がいい。暖かい国。

 温室を建てて栽培した南国の果物から、マリエッタの支援する料理人たちが作り出した食べ物はどれも大変美味しかった。


 そう、南といえば海よね。

 わが国の東側は海岸だけど暗い色の海だから、あまり好きではなかったのだけど。

 南海を旅した画家の話では、海水が透き通るほどきれいで、魚はおどろくほど色鮮やかで、生きた宝石のように美しいのだと言っていたわ。女性の衣装は、日中は日除けベールをかぶるけれど、その下は、やはり魚のように鮮やかで軽やかな布をまとってて───


 そんなことをむにゃむにゃと考えながら、眠りに落ちていった。

 そのせいかも知れない。

 青い空の下、まっ青なかがやく海の広がる夢を見た。

 心が洗われるような、そんな清々しさが残った。





 5月29日


 翌日の昼過ぎ。宿で遅い昼食をとりながら、マリエッタはディドに、遠方にある大国の王族も視野に入れることを話した。

「そう言われるかと思いまして、大国の王族に関する調査も済んでますよ! マリエッタ様は大物ですから。そもそも、その辺の小国の小物なんかではお相手は務まらないんですよ!」


「……何かしら? お前のそのうきうきした顔。とてもうさんくさいわ。近隣諸国の調査依頼をしたときもそうだったわね。ひょっとして、わたくしが国を出るのがそんなにうれしいの? わたくしが結婚したら、わたくしの従者などお役御免とか思ってない?」


 目の前にいる彼をねめつける。

 洗練された意匠の上物ヴェストにシャツ、キュロットを着ているにも関わらず、ディドは中身が雑草男なのでどうにもダサイ。

「滅相もありません! あと、僕は宰相補佐で、王様からあなたが無茶ぶりせぬようにと、お目付け役に任じられただけですから。従者とは違いますよ」

「似たようなものでしょ」


「いえいえ、まったくの別物です。僕はいずれ家督を継いで、父の仕事も継いでこの国の宰相になる予定ですから! マリエッタ様のお嫁入りには、よく気の利く従者をつけますからね! 選定は僕に任せてください」


 国外に出る気はない。マリエッタのお供はしないと断っているようなものである。

 付き合いの長いマリエッタは、ここで激昂などしない。

 気持ち的には、扇子で千回ぐらい連続でひっぱたいてやりたい衝動はあるが。

 彼が頑なな性格だということはよく知っている。

「──そう、それは残念だわ」


 あれ? ここはひっぱたきに来るところでは?


 不穏に感じつつ、しかし、ディドはチャンスとばかりに畳みかけた。

「もちろん婿様探しは、全力で協力しますからね! 調査書の量は昨夜の比ではありませんから、一度、城に戻りましょう」

次話は明日投稿します。

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